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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
244/288

038 異文化交流? イギリスとの接触②




一方的に蹂躙されかねなかった状況の天秤が、7歳児のたった一本の脇差によって大きく揺り戻された(・・・・・・・・・)

その場に居合わせた全員がそう確信してしまうほどに、7歳児の勢いに飲まれてしまっていた。


「こいつらをふん縛れ」


投げ出された武器を蹴飛ばして、颯太は周囲に命じた。

君沢型に乗り移っていた17人のイギリス人たちを次々に捕縛させながら、ちょっぴり血のついた脇差をイギリス艦に向けて、


「fuck off!!(失せろ!) go away!!(どっか行け!)」


あらん限りの大声でわめき散らした。

イギリス艦の上で海兵たちが色めき立ち、あまたの銃口がばたばたと向けられてもなお颯太はその怒りを納めなかった。恐るべき7歳児はさらにその後のわずかな一動作だけで、イギリス人たちの戦意を腰砕けにしてしまった。

おのれが捕まえている士官の側頭部に、いきなり頭突(ヘッドバット)きを食らわせたのだ。士官の悲痛な叫びが船上に響き渡った。

おのれの宝を奪われかかった7歳児の怒りがどれほど深甚なものであったのかの証左に他ならなかったが、『根本新製』というキーワードを共有しない者たちには、ただひたすらに『クレイジー』の一言に尽きてしまっただろう。

かくして気勢をそがれたイギリス艦が捕虜の安全のために距離を取り、事態はいったん収束の形を見せたのだった。




さて。

どうにか事態を膠着状態に持っていけたようなのだけれども。今回はただただ運がよかっただけであることは自覚できていた。


(…自分があちら側なら、多少の犠牲を払っても海兵たちに斉射させて、捕虜奪還のために乱戦に持ち込んだだろうけど……たぶん、そういう強硬手段が取れなかっただけ(・・・・・・・・)なんやろうな)


人質が、『大当たり』であったから。

その後の聴取で、こちらに乗り移っていたのは一番偉くても士官候補生にしか過ぎなかったことが明らかになっている。現実問題、士官候補生程度のことなら、航海中の絶対権力者である艦長の判断で生き死にを決断してもなんら問題はなかったのである。

それは比喩でもなんでもなく、人権思想の曖昧なこの時代、彼の国の法が明確にそう許していた。いったん港を離れて任務に着いた瞬間に、艦隊であれば艦隊司令が、単艦であれば艦長が、英国女王の代理人として自国艦船内という『海外飛び地』の絶対権力を握ることになる。そういう仕組みであるのだ。

ゆえに、あのとき艦長が決断を下せば、主への祈りを心の免罪符に捕虜となった17人を切り捨てて、圧倒的火力でなぎ払うこともできたのだ。

しかし、あの艦長はそれをためらった。ためらっただけでなく、『身を案じてしまった』のである。


(…運がよかった。今生のオレはツキまくってる)


颯太が最初に人質にした士官候補生の名は判明している。

トバイア・アレクサンダー・コクラン。タレ目の皮肉屋めいた顔つきの男で、まだ二十歳前の若造である。

名前を聞いて一瞬ピクリとして……戦いにおいて冷酷な鬼となるべき艦長を慌てさせたことを傍証として勘案するうちに、なんとなく『解答』らしきものが天から降りてきた。


(…コクラン? まさかあの『コクラン』の身内か)


イギリス海洋小説を愛好していたならば一度は耳にしたことがあるはずだ。

某有名シリーズに多大な影響を与えた、波乱万丈というしかない成功と失敗の連続、そしてあまたの戦功に彩られたイギリス海軍の英雄、トマス・アレキサンダー・コクラン提督。

颯太の都合上、英語に堪能な通詞はこの船に居ないことになっているので、詳しい取調べはできていないのだけれども……その想像は間違っていないといまでは確信している。ともかくこの若造、態度がいちいちでかいのだ。たったいまも、そいつのわがままを叶えるために飯を与えているところである。魚の干物に見向きもしないので、仕方なく鄭家にお願いしてふかしパンを手配した。


(…こいつがあの提督の……歳勘定からするとおそらく孫あたりなのかなぁ)


確かあの提督は、東インド艦隊の艦隊司令もしていたから、係累が東洋に派遣されていてもおかしくはないのかもしれない。

しかしまさか英雄提督のよすがをこのような形で目にしようとは。

そりゃイケイケのフリゲート艦長でも見殺しは躊躇するわな。軍内にどれほどの信奉者がいるのか見当もつかないぐらいの英雄の直系である。

ちなみにこの孫は、さきほど君沢型を持ち帰れば艦長になれるとほざいていた奴であったりする。なにをたわごとをと思っていたのだけれども、そういう家柄で『便宜』が図られる状況があるのならば、おおいに可能性はあるだろう。


「I'll pay you back on this rudeness.!(この無礼の仕返しはきっとするぞ)」


はいはい、どうぞご自由にどうぞ。やれるもんならね。

思慮も足りなそうだし、たぶん船では腫れ物を触るように扱われてたんだろうなー。

おのれの血筋が海軍内でもてはやされていることになんら疑問を抱かず、その『特別』が無条件でそれ以外の世界でも適用されると信じているのだろう。

こちらに英語が分かるはずがないという油断もあったかもしれない。というか、颯太が英語を口走っていたことが彼の脳内では『なかったこと』になっているらしい。東洋人の子供がいきなり英語を使うなどとはありえないことで、アレは幻聴に違いないとほかの捕虜たちも揃って『なかったこと』にしている節がある。

まあ、こっちもそのほうが都合はいい。

…さて、これからどうしようかな。

イギリス艦には距離を置くように通告して、いまは100メートルぐらい離れた場所に併走する形で張り付いているのだけれども、彼らが捕虜奪還をたくらむのはもう鉄板であるので、そのための予防措置を講じねばならない。

このままイギリス人捕虜を抱えてニコラエフスクに行くわけにはいかないし、かといって捕虜を渡してしまったらそのとたんに復讐されかねない……危機を切り抜けたとはいえなんとも面倒なことになってしまった。

捕虜を解放しつつ、相手の脅威を暫減させる手だてが必要であった。しばし黙考したのち、颯太は小栗様の姿を探して首をめぐらせた。


「…あの小さな身体で荒事にも見事応じて見せるとは、まことたいしたもんです」

「末恐ろしいですな……あの歳であの覚悟を示せるとは。それがしもあの時は全身がビリビリと痺れてしまいましたぞ」

「あの気持ちのいい啖呵! さすが天狗様の御子と思いましたわ!」


小栗様と後藤さんたちが、甲板へと繋がる梯子のところで刀を杖のように突いてなにやら立ち話をしている。その会話に周りで休憩中の水夫たちも目を輝かせて聞き耳を立てている。

話している内容は、もちろん先の捕虜確保の騒動のことだ。

警護隊や水夫らの汗臭い面々にいろいろとリスペクトされまくったようで、あれ以来驚くほど颯太の指示に対するレスポンスが上がってしまっている。一言指示すれば全員ダッシュで従う感じだ。

おっさんたちの見えない尻尾がぶんぶん振られているのを幻視して、微妙にSAN値が削られていたりする。


「…小栗様。今後のことについてなんですが」


捕虜のところから颯太が歩み寄ると、全員の顔がこっちを向いて、にこにこにやにやおっさんらの気持ち悪い笑みが送られてくる。

小栗様だけが相変わらず涼しい顔をこっちに向けて、「場所を改めますか」と言った。

颯太はそれに頷いて、二人は甲板へと上がった。




…そしていまふたりがいるのは、幕府船の艫の場所である。

君沢型と捕虜を一気に奪われる愚を犯さないために、捕虜たちは幕府船の空きスペースの多い船底に収容している。君沢型はいまは元徒目付である永持にとりあえず監視と管理を任せている。帯同に警護が一人、鄭家の寄越した舵取りの人数が5人ほど置かれている。


「…いろいろと、危ういですね」


小栗様は、衒いもなくそう口にした。

まさしくそのとおりであるので、颯太はただ頷くと小栗様の目線を追って、君沢型を曳航している鄭家の船を見やった。鄭家にははっきりと同行を渋られ始めた。イギリス人の捕虜を捕まえたこと、そちらの危険は幕府が責任を持って取り払うと確約して、どうにか同行を承諾させている状況であった。

いくら心臓に毛の生えていそうなクソ商人であっても、何でもありのイギリス人たちとの揉め事は本気で忌避したい雰囲気だった。クソ商人からは自分は絶対に表には出ないと宣言までされてしまった。


「彼らを引き止めておくためにも、あの英吉利(エゲレス)船をどうにかせねばなりません。…その方策が陶林殿にはおありですか」

「…上手くいくかどうかは分かりませんが……まあ、いくつかないことはありません」

「もし支障がなければ、参考にお聞かせいただけませんか」


小栗様のほうも、打開策に頭を悩ませているらしい。もっとも、どれほど小栗様の知性が高くても、近代の海洋戦闘をまったく知らなければ判断の下しようもなかったろうけれど。

妙な知識を所持していた颯太の中のおっさんの、こればかりは紛れもないチートであった。


「…その説明は申し訳ないですがのちほどにさせていただきます。……その前に取り急ぎご相談したいことがありまして…」

「…? 何か大事でも…」

「…その、これはそれがしの予想でして、『おそらく』と言うしかないのですが……今晩にもあちらから『夜襲』が仕掛けられるものと予想しています」

「夜襲…ッ、…まことですか」

「…目的はむろん、捕虜奪還です。あの士官候補生は、予想以上に有力な権門の出であったようです。…小栗様もあちらの船頭(艦長)のうろたえっぷりは見たと思います。あの者をこちらに捕らえられたことは、おそらく相当な失態……痛恨事であったに違いありません。それはもう身を焦がすほどに、一刻も早く救出したい……名誉挽回したいといまもじりじりと焦っているのではないでしょうか。…そして悪いことに、捕虜がいるために事態解決にあの大砲は使えない。こっちに足元を見透かされてもいる。……ならばもう解決手段は、船に乗り移っての白兵戦しかありません。…ゆえに『夜襲』は今夜、状況が変わるのを待たず拙速を持って、捕虜奪還の潜入者を夜陰にまぎれて送り込む形で行われると想定されます」

「…こういう捕虜返還交渉などの場合は、普通相手を刺激せぬように、ゆるゆると交渉から始めるものでは」

「小栗様……イギリス人たちは、いま尋常ではないくらいに焦っているのです。彼らは『黄色人種』を未開な蛮族と考えています。その知性に乏しい蛮族が、いつ気まぐれで同胞を血祭りにしないとも限らない。それが死なすわけにはいかない大切な人間であるとするなら、そうとうに焦るでしょうねえ」

「………」


小栗様がおのれの腕の肌色を見て、「黄色…」とつぶやいている。

侮辱を感じた、というより知的好奇心が勝っている感じである。


「…彼らはどうやってこちらを襲うのですか」

「夜の暗がりを利用して小船を近づけ、兵を水中から侵入させるでしょう。…こうやってカギ爪のついた縄を舷側に引っ掛けて、よじ登ります」


颯太のジェスチャーに、小栗様が興味深そうに「こうですか」、と小さく真似て見せる。


「夜陰に乗じて侵入したやつらは、捕虜の居場所を探して船内を探索するでしょう。その侵入に気付かずに眠りこけているようだと……こう、寝首をかかれて皆殺しでしょうね。捕虜の奪還だけを目指してくれればまだしもですが、与し易しと見られて甲板制圧後に船ごと接舷されたら……あとは数に踏み潰されて、草を刈るようになで斬りにされるでしょう」

「彼らは船上での制圧戦にも長けていると」

「敵とみなした船を分捕って俸給を得るのが仕事ですから、恐ろしく手馴れていると思いますよ」


ただでさえ幕府船の乗組員は少ない。

もしも白兵戦をまともに仕掛けられでもしたら、まずひとたまりもないだろう。


「……そういう事態を招かないように、とりあえず小細工を弄そうかと思います」


日はすでに傾き、朱の色を強めている。

危険な夜は、もうすぐそこまで迫っていた。


反応がいいようなので趣味に走っちゃいますよー(笑)

ちなみにスラングはあくまで颯太が知っている範囲でのことなので、正確に伝わっているかどうかは考慮されていません。たぶん、子供からののしられた! という程度の伝わり方をしているのではないでしょうか。

作者は外国語に堪能ではないので、英文とかの不備については報告していただけると助かります(^^;)


10/09 さっそく添削いただきました。反映いたします。

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