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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
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037 異文化交流? イギリスとの接触①






さて、『葵のご紋』を見てやつらがどう反応するか…。

海兵たちから銃口を向けられたまま、もしもこのまま撃たれたら何発が自分に命中するだろうとか想像して、背筋におののきを覚えた。肉が破裂するほどの威力はなかろうから、文字通り蜂の巣になるのだろう。

イギリス艦の乗組員たちは、ちらちらとこちらの三隻を盗み見つつ、話し合いの成り行きを見守っている。純然たる和船の横腹に砲口が穿たれているはずもなく、こうして互いの声が聞こえるほどの距離にまで近付けば、彼らの大砲が狙いを外すことなど考慮する必要もなかったから、いま彼らは『約束された勝利』をどのような形で手にするのかだけを気にしている。

むろん拿捕するならば、無傷のほうがお高く買い取られる。

銃器類さえも数と性能で圧倒している現状、白兵戦でさえほとんどワンサイドゲームになるのは目に見えていた。

イギリス艦の乗組員の構成は、見た感じ銃を構えた海兵が小隊規模の30人ほど、残りの水兵たちは海賊映画でおなじみの短めの舶刀(カットラス)を携えている。その数が100人ほど。ちらほらと(パイク)らしきものも見える。

目に見えぬところで操船作業に従事している人数も想定すると、乗組員総数は200人を上回るだろう。よくぞあの限られた閉鎖空間にそれだけの人間を生活させられるものだと感心してしまう。

予想よりは、銃の数が少ない。おそらくは時代の流れで大砲の性能が劇的に向上して、火力戦で負けた側は沈没してしまうので、白兵戦などの決戦手段がとられなくなっているからなのかもしれない。

まあともかく。

相手が乗り込んでくるような事態だけは絶対に阻止せねばならない。

幕府船側の最上位者として、小栗様が立たれたので、向うも艦長と思しき人物が進み出てきて、仁王立ちして何か叫んでいる。小栗様も、それに怖気づかずに声を上げる。


英語と日本語。


はい、まあ予想されたことではあるのだけれども、交渉は最初からまったく成り立たなかった。

すぐに直接の対話は無理と判断した相手艦長が、たまたま乗船していたらしい中国語の分かる者を連れてこさせる。その通訳に対応すべく、こちらも鄭家の船から日本語に堪能な人間に来てもらう。要求したらあのひげもじゃ総官がやってきた。

会話のメイン言語は中国語(広東語)、それを双方が通詞を通してそれぞれの母国語として受け取る。伝言ゲームのような話し合いが始まった。


「貴戦の曳航する小型船に疑義あり! 形式を鑑みるにおそらくそれはロシア国に所縁ある船と見受けられる! 我が国は現在ロシア国と交戦中にある! 敵国に与する行為を見過ごすわけにはいかない! ただちにわが方の臨検受け入れを要求する!」

英吉利(エゲレス)、いま露西亜と戦ってる最中。船の中を見せろ、言ってる」

「……ッ、貴船の(おさ)である貴殿に申し伝える! 我々は公儀の特命を帯びた船である。その要求は受け入れかねる! すみやかに進路を開け、退去いたすのならこのたびの不調法、不問といたしてもよい!」


小栗様ががんばっている。

そうそう、幕府の権威をかさに着て、拒否の一点張りでいい。単艦で動いているフリゲートの艦長程度に、外交問題になるような大事に対しての決定権などありはしないのだから。

交戦国でない国の商船を略奪などしたら、相手国の怒りを買うことはもちろん、膨れ上がる軍事費に青くなっている海軍本部からも無用の戦線拡大行為についてお咎めを食らうことになる。むろん艦長は軍事法廷行きだ。

そのリスクを計算して、退いてくれるのならそれでいい。しかしこちらの行動が怪しさてんこ盛りであるのは明白であるので、ロイヤルネイビーの沽券にかけて利敵行為を暴きに来る可能性は捨てきれない。


「…臨検を受け入れられたし! 貴船にはロシア国要人が潜伏している可能性がある! 先立っても同海域において我が国の包囲を逃れた艦船にロシア特使が潜伏していた可能性が指摘されている! 女王陛下の名にかけて、大ブリテンに敵する悪辣なロシア人どもの暗躍を看過するわけにはいかない!」

「船の中を見せろ。悪い露西亜人、前も取り逃がした。王后の名前、大きいブリテン、露西亜許さない」


相手艦長を睨んだまま、小声で問う小栗様。


「…ぶりてん、とは?」

「…たぶん、王后に仕える将軍?」


大ブリテン将軍がここに爆誕する。

本人たちは必死なので笑うわけにはいかないのだけれども、それよりも気になる情報が……悪いロシア人を取り逃がした? それってまさか、プチャーチンのことか? そのあとの大砲をかっぱいだボリス何某の可能性もあるっちゃあるが。


「そのぶりてん将軍にしかと伝えよ! 我々は公儀の特命を帯びた船である。メリケンの黒船が我らの査察を拒絶したように、我々も貴国の要求に対しこれを拒絶する!」


ブリテン将軍と言われて、相手が少し混乱している。異文化交流って大変だよね。

そのあとも丁々発止と話し合いが続き、ようやく相手が論点としたいところがはっきりとしてくる。

どうやらあちらの艦長の言うところ、君沢型が前に取り逃がしたという悪いロシア人の乗った船に酷似しているのだという。そりゃ、ロシア人監修のもとに作られたのが君沢型なのだから、似てるのは当たり前である。

ただ、君沢型と同形艦だというのなら、取り逃がした相手はロシア全権のエフィム・プチャーチンであることが確定した。そりゃ悔しかっただろうねえ。

現状を見るかぎり日本海においてはイギリス側の制海権が確立しているようで、そんななか怪しげなロシア船を何もせず通すわけにはいかない、と相手の艦長は考えているらしい。

これはもうらちがあきそうもない。

颯太は小栗様にいったん交渉を打ち切ってもらい、今後の方針のほうを手早く話し合う。あまり手間取るようだと鄭家の不審と侮りを買いそうだし。徳川幕府の力を低い方に見積もられると、今後の付き合いにも影響を及ぼしかねない。


「…それではこの船には立ち入らせない、検査は君沢型のみと限定して受け入れると」

「物を見せて手っ取り早くお引き取り願いましょう。見てもらえば船乗りならすぐに分かるはずです。ほとんど使った形跡もない新造船であることぐらいは」

「いちゃもんをつけられてそのまま船を奪われるようなことは…」

「あとは交渉次第でしょうねえ……何とかいたします」


そう言い切ってから、なんとも肝が据わってしまった今生のおのれに呆れてしまう。そんな言いきってしまうほどの自信など現状はないのだけれども。

少しでも糸口が見つかれはそれにしがみついて状況をひっくり返す自信ならある。変な場馴れをしてしまったものである。




さて、双方の歩み寄りで、君沢型にのみという限定をして臨検を受け入れることになった。

本当は幕府船だけじゃなく鄭家の船も臨検させろと迫られたのだけれども、ここは『守ってやれる』ところを示さねばならないので、小栗様には頑張ってもらった。まああのクソ商人のことだ、調べられたらまずい荷の一つや二つは抱え込んでいるだろう。そもそもこれだけの騒動になっているのに、ひげもじゃを寄越したのみでおのれはばっくれたままなのも、顔を見られたくないのだろうかと勘繰りたくなる。

君沢型への受け入れ人数は当然のことながら制限した。

銃を持った海兵5人と士官っぽい制服の二人。それに丸腰の水兵が10人ほどだ。士官の二人は銃身が半分ほどの短銃を握っている。

どうぞ存分に探してくださいと自由に調べさせたのだけれども……5分ほどして下に潜っていた誰かの「Great!(やったぞ!)」という声が聞こえてきた。

一瞬何が起こったのか分からなかった颯太であったが、すぐに彼らが何を発見したのか思い当り、ぎくりと身を震わせた。


(まさか…)


曳航するだけの君沢型は、現在荷物の仮置き場みたいな感じに使われていて、水食料など不足したら困るものなどを当初から積んであった。多少の荷がないと船の重心が安定しないということもあった。

そして颯太はその船底倉庫に、石を隠すなら石の中とばかりにスペシャルな荷物を隠し置いていたのだった。

むろんそれは商売する気満々の『根本新製』のケースだった。


「ちょっ…」


色めき立つイギリス人たちが、大手柄とばかりにそれを大事そうに抱えてきた水兵を迎えた。念のためにと積んであったのは3ケース。千両箱よろしく角を金具で補強したそのケースは、まあたしかに典型的な『宝箱』に見えないでもなかった。

これがただの立ち入り検査だということを失念して、そのまま持ち帰ろうとする馬鹿なイギリス人たちにほとんど反射的にとびかかった颯太。そこで遅ればせながら荷物を強奪されかかっているのに気付いた警護隊が一斉に抜刀した。

それに自然と反応する戦い慣れた海兵隊員たち。この時代イギリス海軍の正式銃はエンフィールド銃(ミニエー式)である。先込めであるため連射は利かないのだけれども、射程距離の驚異的に伸びた新型銃である。

ケースを持ち去ろうとした水兵にタックルした颯太であったが、それを水兵が足で蹴飛ばしてきた。ほとんど容赦のない蹴りに颯太の小さな体はくの字に折れて、甲板を転がった。

いってえええ!

マジかこのクソ野郎ども!

うつ伏せになってもだえる颯太の耳に、好き勝手騒いでいるイギリス人たちの会話が飛び込んでくる。生半可に言葉が分かるものだから、その無教養ぶりに怒りが止まらない。


どうせ東洋のサルどもだろ。

まずけりゃ沈めちまえばいい。

こりゃ新造船だぜ、これ持ち帰ったら手柄で艦長に…。


まさに海賊以上に質の悪い手合いである。

転がった颯太を見て、小栗様が射殺しそうな目でイギリス人たちを睨みつけている。後藤さんたちも奴らの行く手を阻むように刀を向けているのだけれども、そんな武器での抵抗ぐらいでは奴らは止まらない。見ればフリゲートの甲板ではこちらの状況が分からない海兵たちが殺気立って銃を構えている。

さすがにそのまま押し通るわけにいかなくなったイギリス人たちは、銃を構えて固まりだしている。

こいつらは……少なくとも今この船に乗り込んでいるイギリス人どもは人道の観点など毛ほどにも持ち合わせていない『馬鹿ども』だ。

馬鹿相手に言葉など通じない。

このままだと問答無用の流れで君沢型まで奪われるだろう。下手をしたら同乗する日本人は皆殺しにされるだろう。遠洋で船が沈むことなど日常茶飯事である。誰がその犯罪を立証できるというのか。

幸いにして、倒れている子供のことなど誰も警戒していなかった。ゆらりと立ち上がった颯太は、フリゲートからの射線を逃れるようにイギリス人たちの背後から近づき、形ばかり帯刀していた脇差(わきざし)のほうをそろりと引き抜いた。

そして探す。

この中でのもっとも上位の人間は。


「throw the gun(銃を捨てろ)」


膝裏を蹴飛ばして、腰砕けになった士官のひとりの襟首を掴んで刃先を当てる。

突如おのれの首筋に突き付けられた鋭利な刃物に、その士官が目を見開いた。腹が立っていたので、遠慮なく薄皮一枚切ってやった。流れ出した血を見て士官が手にしていた短銃を放り投げた。

そうして彼が見たのは、口から血を流して立っている小さな子供だった。

年端もない異国人の子供の……マジギレした目を見てその士官は引き攣れたような悲鳴を上げた。


「son of a bitch!!(くそったれが) You guys are all morons!!(このクソ間抜けども)」


事態を把握して動き出そうとしたほかのイギリス人たちも、そのあまりに汚い悪口雑言に固まってしまった。

人質に選んだ士官は、大正解のようだった。颯太が「武器を捨てろ」と命じると、全員が迷うように視線をさまよわせた後、おとなしく両手を上げたのだった。

『投降』を命じたのは船に残っていた艦長だった。

彼は真っ青になっていた。


勢いで書いてますので、あとで改稿するかもです。

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