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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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023 内政ターンきたかも






うふ。うふふふ…。

いろいろなことを想像して、しのび笑いが止まらない。

これから身近に接していくこととなった天領窯を見ているだけで、まるで通販のカタログを見ているように何だって手に入るような気がしてくるのだ。


(まずはなにを焼こうか……もう磁器とかは技術が出回ってしまってるから、そのままじゃ面白くないし)


とりあえず焼物でも有名どころはおそらく再現が可能だった。


(この地域でかつて大発展した古陶を再現してみようかな。…たしか瀬戸黒とかは弥助が作ってたし、桃山時代の志野とか…)


想像は広がるばかりである。

まさに処女地。数百年間続いた幕藩体制という旧弊が産業の発展を抑圧してきたために、この時代の窯業は中世のレベルで硬直してしまっている。

全国各地の有名焼物をコピーして売り出しても儲かるだろうが、そういった安直な展開は面白くないと思う。悲しい話だが、前世の美濃焼産業界も、儲かれば何だってありの無節操経営で、コピー商品を作りまくって安価で大量にばら撒くものだから、他地方の窯元にはけっこう嫌われていたりする。

現代チート知識を活用するからには避けて通れない『コピー商品ルート』だが、できたら時代初、国内初的なオリジナル商品で勝負したいものだ。


(実際にこの時代、瀬戸もののご本家たる瀬戸の窯元が、コピー商品万歳商売を盛んに行ってるしなあ……瀬戸黒に黄瀬戸、志野なんかも『オレんとこ本家やで!』的にぶち上げちゃってるし……あとで美濃焼起源説が荒川先生や魯山人とか有名どころに発表されてぶっとぶんだけど……他人事とはいえ傍で見てると前世の美濃焼とかぶって少し痛い)


実はこの窯に出入りするようになって、いろいろな情報に接することができるようになった。

たとえばこの付近一帯の窯で、どんな焼物が作られているのか、その商品ラインナップが研究資料としてこの天領窯据付の掘っ立て小屋で収集されていたりする。

この時代、『瀬戸』と名のつくものはたいてい瀬戸で作られている。実際に『瀬戸黒』や『黄瀬戸』などの名称は、それを盛んに作って売り出していた瀬戸と言うコピー産地を見てなんとなくついた名称であり、時代の生んだゆがみともいえる。


(…どうせなら、海外の新商品とかに手を出してみるか)


時代的にいうなら、西洋磁器。

磁器そのものの技術はすでに江戸の諸藩に拡散しているし面白味はないが、それならば変化球を狙ってみるのもいい。


(イギリス焼やってみるか…)


ヨーロッパの焼物といえば、マイセンなんかが有名である。

あれは西洋人が中国の磁器を何とか国産化出来ないか苦闘した結果、カオリン【※注1】を発見して実用化したのが始まり。

ヨーロッパ亜大陸には、それからいくつかのカオリン鉱山が発見され、磁器技術は一般化していった。

が、しかし。

白い宝石とまで言われた高価な磁器を国産化に成功させた大陸諸国を、指をくわえてうらやましそうに眺めていたひとたちがいた。

イギリスである。

イギリスには不幸にもカオリンを産する鉱山が発見されなかった。で、彼らは産業革命を成功させた奇跡の精神で、手に入らないカオリンの代替物を自らの手で作り出してしまったのだ。

それこそが。


《ボーンチャイナ》


である。

どんな焼物か想像できない人のために、とっても分かりやすい例を挙げてみよう。

それは純白で滑らかなお皿。

某国内大手の製パンメーカーが、決まった季節にポイントシールと引き換えに大衆にばら撒くあの白い皿だ。

厳密には違うのだが、あんなような質感の焼物だと思ってもらいたい。


(《ボーンチャイナ》を見たら、西浦御大もたまげるに違いない…)


すばらしい出来に仕上がった《ボーンチャイナ》を、多治見郷の庄屋、西浦円治翁に見せびらかしている様を想像して、ニヤニヤ笑いが止まらない。


「…気味の悪いガキやな」

「こいつまったく働く気がないがや。ほんにえらいの押し付けられたぞ、小助どん」

「最初からなんも期待せんとけばいいんやろ。そんなチビガキひとり、どうせやらせることなんかほとんどないし」


天領窯の開発チームは、ビン底メガネの小男小助どんと、ガタイの大きい力自慢の山田辰吉、小助どんの息子で周助という名の寡黙な若者3人である。

彼らはパレットのような木板に土をこねた泥を盛り、窯のいたるところに出来たひび割れに塗りこめる作業をしている。

どうやらこの登り窯は、高温の焼成に耐えられずひび割れを起こしてしまったらしい。おそらく窯を作ったあと、充分に乾燥させないまま窯焚きを断行したのだろう。

粘土はいわずとも知れるだろうが、大量の水を含んでいる。

そして温度を上げて焼いていくうちに水分が飛んでいき、やがて『無水』状態になる。そうしてガラス質に焼き固まっていくのだが、むろん蒸発していった水分の分だけ縮んでしまう。収縮、という現象だ。

窯もまたレンガや粘土など土由来の材料で出来ているため、作った当初は幾分水を含んでいる。窯は火を入れていくうちに乾燥が進み、水分が完全に抜けると安定した強度を得るのだが、水分の偏在が適切に処置されないといろいろなベクトルに収縮が発生し、結果ひび割れが出来る。

ひび割れた窯は、当然ながら焼成には怖くて使えない。強度が足りなくなっているのでいつ天井が崩落してもおかしくないし、酸化・還元【※注2】の調整も難しくなる。

それになんといっても。


(これじゃあ、窯の温度が満足に上がらない…)


熱カロリーが漏れてしまうので、窯の中の温度が上がりにくいのだ。

それは土を焼いてガラスにしようという窯の本来機能としても不十分すぎた。

《ボーンチャイナ》を焼くにしても、窯内の温度は1300℃以上必要になる。《ボーンチャイナ》を含めた『磁器』は、ともかく陶器よりも各段に高温が必要になる。


「あの…」


声をかけてみる。

だがしかし、返ってくるのはハブという名の静寂ばかり。

小助どんも、辰吉どんも、若手の周助さえも、大原郷からきた招かざる5歳児を空気としてスルーする決意のようだった。

そのハブられっぷりに涙目になったのは秘密である。


「塗りこめる土の水分をもっと少なくしてみたら……どうせ隙間に詰め込むだけなんだから」

「………」

「………」

「………」


ま、負けないもん。

鼻水が出てきた。


「土のなかに割れ瓦とかを砕いた粉を混ぜてみたら…」


それはシャモットと呼ばれる収縮率を抑制できる材料である。現代の耐火レンガとかには必ず入っている。


「………」

「…なんか言ってるけど」

「…聞こえんふりしとけ言ったやろ」

「………」


草太は遠慮がちに鼻水をすすった。






【※注1】……カオリン石のこと。磁器の素地に必須の材料。中国の江西省高嶺(カオリン)でその土が採れたことに由来。

【※注2】……酸化・還元(さんか・かんげん)。焼成中の窯の中の酸素量を調整することによって焼き色などに多様な変化が出るため、酸素の流入量を調節するのは窯焚きに必須の技術。ちなみに【酸化】は窯内酸素多め。【還元】は反対に少なめのこと。


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