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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
229/288

023 騒動③

改稿いたしました。





さて。

状況のまずさを理解した渡辺様が、こちらに問われるままに語った『騙された』なる内容はというと。


「…これがその『例のもの』であると」

「それがまさか偽物などとは、考えにも及ばなんだわ…」


渡された器を手にとって、じっくりと観察した颯太であったが……やはり判断は『偽物』であるとしか言えなかった。

それもあからさまに。


(…よう出来とるっていえばよう出来とる。上絵具でない染付物(下絵具)やっていうのがそもそも違うんやけど。…ていうか、こんな『急須』なんか作ったこともないし)


ものはたしかに磁器。

そして当たらずとも遠からずなティーセット。ただし和物。

入れ物は凝った造りで、たしか武家とかが花見とかに持ち歩く漆塗りの小箱みたいなのがあったはずだけど、それによく似ている。観音開きのふたを開けると薬種行李みたいに小さな棚が表れて、そこに茶器と急須が収まっている塩梅である。

パッケージだけを見れば、むしろこっちの方が高級であるのは確かである。


「…これを渡辺様のところに持ち込んだ人間が、名古屋の旦那衆のひとりだと」

「尾張様が先日、噂に高い『根本新製』を手に入れられたと聞いたもんで、ほんならうちも後れを取るわけにはいかんと上様(※竹腰様)がおっしゃられて、浅貞屋に注文をしたんだわ。…ほしたら『根本新製』は尾張様の御蔵会所にいっぺん通さなあかんとか言われてな、最初はおとなしゅう待っとったんだが、寝ても覚めてもいっこうに品が届かんがや。さすがに様子がおかしい……どうなっとんのやと浅貞屋に文句付けに行ったら、上の方から声がかかってその品が出荷差し止めになってまったっちゅうがや。どうみても尾張様の当て擦りやわ! …ほうして頭抱えとったとこに、どこぞに『根本新製』手に入れたもんがおるっちゅう噂が届いてな」

「…それ持ち込んだんじゃなくて、取り上げたんやないの?」

「200両も払ったったんやぞ。文句なんぞないやろ」

「…まあええけど。そんで、どこで分かったの? 偽物やって」

「浅貞屋が当家まで見に来たんだわ。他から手に入れたからもうええって断り入れたら、そんなはずなーとか疑われてまってな。ほんで後日浅貞屋が当家にやってきて、見てもらったら鬼の首とったみたいな顔して『偽物』やっちゅうし」

「…まあ、明らかに『偽物』やけどね」


和物と洋物をすかっと勘違いされて、むしろ気持ち良いくらいな『偽物』ではあるけれど。

おそらくは断片的に入ってきた『根本新製』の情報を繋ぎ合わせて、むりくり体裁を整えたのだろう……茶器一式というところがややかぶりしているだけで、キャッチャーが体勢を崩すほどの暴投なのだが、茶器の造形はしっかりとしているし、下絵付けのほうもかなり腕の立つ職人が筆を入れたのだろうなかなかの出来である。

地肌の色は、青味がかるほどに白い。この磁器の色合いからして、土は瀬戸のものを使っていることが推測される。

むろん原料が瀬戸でも、偽物の出所がそことは限らない。原料はある程度の金をかければ誰だって入手ぐらいはできるのだから。


(…まあ瀬戸の線はないやろう。あそこは瀬戸新製でいま景気がええし、本業(※陶器)主体の美濃のことなんかまず眼中になかったやろうし。第一、パッケージのこの漆塗りの小箱とか、明らかにこの辺では作りようもない職人技の高級品やわ。京都とか上方のほうから取り寄せとる可能性のほうが高い)


『根本新製』の希少性とその価値についての噂は、幕府御用になって以降、おそらく全国に拡散していることだろう。天領窯に怪しげな行商人たちが群がった記憶がまだ新しい。

思い返せば、最初のティーセットを世に送り出してから、まだ1年も経ってはいない。当然のことながら品自体がほとんど市場には流通していない。

1セット100両。その途方もない価値と、それを喉から手が出るほど欲しがっている蒐集家があまたある状況を見て、これは商売になると思った商人がいてもけっしておかしくはない。


「…当然最初に融通させた旦那に事情を尋ねたんでしょう? それでどうやったの?」

「…屋敷に呼び出してきつう問い質したんやが、結局その主人もすっかり騙されとった口やったわ。なんでも『とっておきのがある』とか囁かれて、怪しげな行商にひっかかったらしいわ」

「…怪しげな行商ですか」

「いろいろな産地の焼き物をときおり持ってくる『知った間柄』やったらしく、そんときもほかの品を見ながらの流れやったようや。ようある話でその行商は近江商人やったらしい……その行商が自信満々に言ったそうやわ。『天領窯で仕入れたまっとうな品で間違いない』と」


ここで渡辺様の思考は『理解しやすい方向』で短絡したらしい。

天領窯とかいうぼったくりの胡散臭い窯元は、浅貞屋で売っている正規品とは違う『偽物』を、行商人をだまして売り払って大儲けしている、と。

浅貞屋に売ると買い叩かれるので、こっそりと裏で汚い商売をしているのだと思い込んでいたようであった。購買の責任を負っていた御使番の渡辺様は、『偽物』を掴まされたことで殿様の勘気に触れて、相当に焦ってここまで乗り込んできたらしい。


(…顛末は、まあ了解はしたけども……はやくも偽物が出回りだしたか)


ふう、とため息をつく。

予想はしていたのだけれども、分かってはいてもやはり腹立たしい。

まあこういう事態を想定して、『尾張藩』という番犬を仕立てあげておいたわけで、さっそく尾張藩認証違反ということで摘発に動いてもらいましょうか。

御三家筆頭の尾張藩の怒りを買って、その企んだ近江商人の将来はどうなることやら。職人仕事なパッケージのせいで、商人自体はすぐに足がつくような気がする。腕自慢の職人はよほどの理由がないと影でこそこそするようなものではないし、工芸職人で近江商人に品の発注を受けた者をしらみつぶしにすれば意外に簡単に模倣者のもとに届くような気がする。

職人というなら、こちらの方もどうにかしとかねばならない。

颯太は花鳥図を染め付けた湯呑を手に取り、その造りをしげしげと眺めた。


(…磁器焼、というだけでもう産地がかなり絞られる。有田はもとより、砥部(※愛媛)に九谷(※石川)、瀬戸ぐらいやし。…まあ美濃も磁器焼に移行しかかっとるから候補には入るけど……って、胡散臭い行商の誘いに乗るとか、返って最有力って感じじゃないの? 資金繰りに行き詰って必死だし…)


ぎゅっと目を凝らして、染付の具合を視線でなぞっていく。

なんだろう、この既視感は。


(絵柄の細い線の入り具合が異様に細かいのに、『線』としての勢いが弱い……筆の運びが遅いから、呉須の絵具が多く乗って色が濃くなる。ぼかしもやや濃い目で、全体に柔らかさが弱い……なんか引っかかるな)


どこかで見たことのあるようなないような。

そこでようやく何に引っかかっているのかに気付いた颯太は、思い切り咳込んで器を取り落しそうになる。

見たことあったわこれ!


(弥助…ッ)


あの時のことが鮮明に脳裏によみがえる。

天領窯の土を譲ってくれと、なけなしの貯金をすべて差し出した弥助。

自分よりも年下のガキんちょが成し遂げた天領窯の奇跡……その輝かしい景色に魅入られた西窯の見習い職人は、狂おしいほどの情念を描きつけたぐい飲みを颯太に見せ、論評を迫った。

ぐい飲みのわずかな白地にこれでもかと込めた弥助の手仕事に、面影をはっきりと感じだ。西窯は磁器をわずかながら焼いている。


「…それがしも頭に血が上っておったようだわ。陶林殿、知らぬこととはいえ貴殿の膝元に騒ぎを持ち込んだこと、平に御容赦を。…すべてはそれがしの一存にて行われたこと、責めあるならばそれがしひとりの命にてお許しいただきたく…」

「渡辺様!」

「そもそも門番の制止を振り切ったはそれがしらでございます! 責めを負うならばわれらが!」


颯太が考え事をしている間に、竹腰家の用人たちの間で責任問題がやり取りされ始めた。

いやまあたしかに話の持ってきかたひとつで竹腰家が吹っ飛びそうな雰囲気ではあるのだけれども、そんな大事にしても天領窯にはデメリットしかない。放っておけばいずれ誰かが腹を掻っ捌きかねないと察して、慌てて止めに入る颯太。マジで切腹とかほんと勘弁して!

助さん格さんや代官所のお役人たちも巻き込んで、すったもんだの末になんとか竹腰家の用人たちを取り押さえることに成功する。

そこで改めてろくろ小屋に案内して、出がらしの茶でなんとか気持ちを落ち着けてもらう。詫びはもう十分であるとこんこんと説明してどうにかとどまってもらったのだけれども、ようやく一息ついて冷静になった颯太は、切腹ゼスチャーが単なるパフォーマンスだったことに遅まきながら気づいた。自分も江戸城で同じようなことをしたことがある手前、文句を言える義理ではないのだけれども……お武家ってけっこうこのパフォーマンスを常套手段にしてんのかな。責任問題が完全に有耶無耶だわすげえな。

そうしてしばらくして渡辺様たちは帰ることになったのだけれども、案の定、渡辺様の失点フォローのために本物の『根本新製』を無心されてしまった。

武士は食わねど高楊枝って都市伝説だったの? ちょっと厚かましいとか考えんのかな。お代は支払うというのだけど、むろんそんな簡単に売り渡しなど出来ないししたくもない。祖父の心臓に過大なストレスをかけた挙句、目の前で倒れた老人を平然とスルーしようとした者たちというのならなおさらでもある。

颯太はその点については毅然とお断りした。渡辺様の進退問題にも関わると捨て犬のような目ですがられても知ったこっちゃありません。とりあえず偽物を取り上げた旦那に返却して、お金を返してもらったらいいんじゃないですかね……突き放すようにいわれて、渡辺様も颯太の心証が最悪の状態のままであることに気付いたようで、それ以上は何も言ってこなくなった。

欲しいならしかるべき手順を踏んで購入すればいい。その道筋を天領窯が簡単に乱していてはおかしなことになる。あとで浅貞屋さんに連絡しておかないと。尾張様ともいろいろと行き掛かりのある御附家老の竹腰家が相手であるから、交渉次第ではいろいろなものが毟り取れるだろう。


「…偽物を売りつけた犯人については、尾張様が厳しく追及していただけると思うので、竹腰様のほうで独自に動かれぬようお願いいたします。そういう取り決めとなっておりますので念のため」

「…承知いたしました。……それでは失礼つかまつる」


竹腰家用人一行は、来たときとはまったく真逆な、地の底にめり込みそうなほどの意気消沈振りで帰途に着いたのだった。

渡辺様を見送る颯太の肩が小刻みに揺れている。自然と起こる膝下の貧乏ゆすりが止まらないのだ。

いろいろと配慮すべきことが多すぎて、ストレスがひどかった。


(西窯が関わっとるのなら何とかせんと……弥助のたーけが)


渡辺様たちの姿が見えなくなった瞬間に颯太は踵を返して、普賢下の屋敷へと全力で駆けだした。

弥助のこともあるけれども、まずは祖父の安否を確かめなくては。

胃がきりきりと痛んだけれども、むろん薬を飲んでいる暇などなかった。


基本的に社会人な作者ですので、どれだけ腹が立とうとうやむやに出来てしまう自分規準で書いて、『ヘイト管理が』とよくご指摘を受けます(^^;)

身近に何人も伝説級の常識なし経営者がいましたし。父親が死んだ葬式の当日に喪主(社員)を遠い九州から名古屋まで呼びつけた社長とかもいましたし。(用件は『何で会社にいないんだ』であったという)

不感症気味な作者ですが、対応することもままあるのでご指摘よろしくお願いいたします。

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