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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
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022 騒動②






「…御用の向きをお聞かせ願えるでしょうか」


眼前に進み出た人物の背丈の小ささに、『渡辺様』が眉間に皺を寄せていぶかしむように首をひねった。

その瞬間に颯太に去来した既視感。この人物はどこかで見た覚えがあった。


「おまんはあんときの」


『渡辺様』からも同様の声が上がった。


「浅貞屋に『根本新製』を持ちこんどった小僧だがや」

「あのとき浅貞屋さんにむしられ……城の雑器を無心しとった……竹腰家の」


天領窯が生まれるための原資を得ることとなった、あの浅貞屋での最初の悶着に居合わせた……一方のお役人その人であった。たしかにあの時も『渡辺様』と呼ばれていたっけか。

竹腰家……御三家筆頭の尾張藩を監視するために徳川宗家が張り付けた、今尾3万石を所領とする実質大名クラスの御附家老(おつけがろう)である。

その竹腰様が、何用あってこんなところにまで乗り込んできたのか。想像をめぐらしつつ、颯太は目に力を込めて『渡辺様』と向き合った。


「口の利き方に気ぃつけぇよ! 職人風情が!」


渡辺様でない、護衛のひとりから発された恫喝に、窯場の職人たちが一斉に身体を竦めたのは仕方がなかったであろう。武家の怒りを買うことは、死に直結する時代であった。

むろんそのような安い脅しは颯太の分厚い(つら)の皮を通さない。

まったく取り乱すこともなく平然と……不審者に向けるような警戒の色を解かない颯太の眼差しに、ほかの護衛たちがいきり立つ。


「当家御使番であられる渡辺様の御前やって言っとるがや! 分をわきまええこのたーけどもが!」

「不敬千万やが!」


そうしていきなり高圧的な態度に出た一団であったが、まあこの時代のお武家の空威張りはまあお約束みたいなものであったろう。あわてて平伏し出す職人たちの行動もまあ、時代の空気感に沿ったものではあった。

むろん颯太と次郎伯父は平伏などしない。次郎伯父はまがりなりにも帯刀を許されている人間であり、武士が平伏すると言うのは『首を差し出す』という最上級の礼儀をあらわすことでもあった。ゆえに、時と場合、相手を選ぶ。

少し遅れて颯太の左右やや後ろに立った須藤さん角田さんの徒目付コンビも、阿吽像のように相手を睨んだまま構えを崩さなかった。彼らの最優先は警護対象の安全であり、むしろ警戒度が爆上げしただけであった。

颯太も当然のことながら、平然と相手の要求をスルーしている。

祖父を抱える牛醐先生に目配せして、早く家に運んでくれと合図したのだけれども、武士団の強面にすくんでしまってなかなか動けない。祖父の容態が心配な颯太は少し苛立って、目に見える形で偉ぶった客人たちに尻を向け、「いいから、おじいさまを運んだって」と言葉に出して指示した。

颯太の毅然とした様子に、この小天狗の帯びている肩書きを思い出した先生と職人の幾人かが再起動して、祖父の身体を普賢下の屋敷へと運び始めた。


「…そのようなじじいなど放っとけ! 何で言うことをきかんが!」

「御使番であられる渡辺様の…!」

「…だまっとれッ!!」


背中を怒らせて、颯太が一喝した。

動きを止めそうになっていた搬送の職人たちを手振りで叱咤して、そして振り返る。

意気を飲まれた武士団が条件反射的に抜刀しようとするのを、颯太の声が押しとどめる。


「…喧嘩売ろうって言うんなら、買ったる」


武士団にとって、それはありえない光景であったろう。

どう見ても年端もない子供である颯太が、彼らの信じる『権威』を正面から受け止め、押し返そうとしているのだ。しかもあろうことか、喧嘩を買うとまでほざいてみせた。


「竹腰様の用人で、御使番の渡辺『殿』と言われたか」


なにを言い出すのだこの小僧はと、目を(みは)っている。


「それがしは陶林颯太と申すもの。40石の小身ながらも宗家直参を許された陶林家の当主として、貴殿らに問いたい。ここ天領窯窯場はわが陶林領。その当主の許しもなく禁足とした窯場に乱入し、その操業に支障をきたさんとする……貴家の企ての真意やいかに!」

「…当主? …宗家…直参?」

「幕府御用を仰せつかるこの窯は余人の立ち入りを厳しく禁じでいる。入口の番役の制止も聞かず、力を持って押し通したのは竹腰様のご意思であると受け取った! それは我が家が秘伝とする『根本新製』の秘術を力押しに暴き、強奪せんとする企てであったと解すがよいか!」

「ま、待たれよ…」

「『根本新製』は幕府御用であることはもとより、尾張様の保護も受けている。このような粗暴な企て、後日きっと尾張藩公に申し上げ、罰していただく。尾張藩公の言葉が届かぬ御附家老のお立場を盾にするといわれるのならば、それがしが昵懇にしていただく幕閣御方々、首座であられる阿部伊勢守様より公方様にきつく申し上げていただく!」


ちんまい7歳児の仁王立ちに、渡辺様の腰が明らかに引けていく。

ぽんぽんと飛び出す想定外の『名』に、権威という池の中でしか生きられないお武家たちは一気に酸欠状態に陥ったようだった。

しかも最後は恐るべき幕閣の名さえも飛び出す始末である。揺るがぬ大樹と寄りかかっている『竹腰家』さえも吹き飛ばしかねない大事になっていることに気付いた渡辺様が、最初に陥落した。


「そのような大それた企てなど我が竹腰家は…」

「無断で他領に侵入し、あまつさえ重要な家産を担う秘所にまで押し入ったんやから、もはや弁解など無用。何より許せぬのは、我が祖父に対しじじいなどと吐き付け、その命を塵あくたのように軽んじたこと。これほど腹立たしきことはいまだかつて覚えたこともない!」


得体の知れぬ7歳児の激怒がいかに深甚で危険なものであるのか、ようやくにして察した渡辺様が腰の大小を鞘ごと抜き、土下座する。その顔を玉のような冷や汗が滴り落ちる。


「…大変失礼つかまつった。お怒りはごもっとも。ひらに……ひらにご容赦を」


上役の豹変に、危うさを覚えたらしい護衛たちも次々に土下座する。

まさかこのような美濃の片田舎に、珍しく幕府の直臣が在していたというのも不運であったが、まさかそれが尾張藩公や幕閣最上位の老中首座とつながりを持った鬼子であるなどとは、悪夢を通り越して災厄レベルの不運に相違なかった。

ほんの少し前まで我が物顔で居丈高に振舞っていた武士団が、颯太の登場によって見事に『弱者』に転落する様を見ていた職人たちは、まさに狐につままれたような顔になっている。

天領窯という新参の窯をまたたくまに幕府御用に押し上げた大原の鬼っ子が、江戸にまで呼ばれてえらく出世したという話は彼らも噂として聞き知っていただろうけれども、それが現実にはどの程度の出世なのか、理解していた者はたぶんほとんどいなかったに違いない。

それがリアルな光景として目に飛び込んできたのだ、驚かないはずはなかった。


「…相手はどこぞのお大名の家臣様らなんやろ? 大丈夫やの」

「それを一発で土下座させてまったわ。おっとろしいなぁ」

「颯太さまがどえらい偉うなっとるとは聞いとったけど、ほんまのことやったんやなぁ」


職人たちのそうした囁き声を聞きながら、冷静さを取り戻していった颯太は手を叩いて職人たちを解散させる。

そうしてなかのひとりを捕まえて、祖父の容態を確認してきてくれるようお願いする。何もなければすぐにでも飛んでいきたいところなのだけれども、状況が状況である。この珍客たちを窯場に放置しておくことは怖すぎて出来ない。


「…次郎伯父さんも行ってくれてええよ。こっちには目付のふたりと代官所のお役人の方たちも残ってるし」

「…もう大丈夫なんやな?」

「…やと思う。この人たちに陶林家をどうこうする度胸はないやろうし。大丈夫、お大名の扱い方は江戸で覚えたし、はよ行ったって」

「…そうか、すまん」


踵を返すなり、窯場から駆け下っていく次郎伯父。その後姿を見送ってから、颯太はこちらの出方を上目遣いにうかがっている渡辺様に向き直る。

颯太が前に出るのに合わせて、目付のふたりも並んで前に出る。刀の柄に手をかけたままで。

渡辺様は土下座しつつも状況を理解しようと腐心しているのだろう、『目付』と物騒な役職で呼ばれたふたりの風体が鍛えられた生粋の武士そのものであること、その背後に並んでいるほかの番役たちも武士であろうということ、そして肝心の7歳児もまた、なりは小さいくせにしっかりと役人風の黒紋付姿で、職人たちを含めたこの場の最上位者として振る舞い、周囲もそれを受け入れている。

はったり、虚言の類でないことは歴然としていた。


「御用の向きを聞いてもええかな」


もはやどこかの建物で客として遇する気もない。せめてもの情けで、明らかに同業でない職人たちは見聞きせんようにしてやる。

渡辺様から1間ほど離れたところで颯太もまた膝を折り、地面に胡座を掻くように坐り込む。青空のもとでの対座である。


「うちがなにをどうやって、竹腰様を騙したのか、うかがおうか」


子供のくせに、あまりにも堂に入った泰然自若なその様子に、土下座から上体を起こした渡辺様が明らかに落ち着きを失い、おのれの居住まいを気にした。

この辺りは少し分かりにくいかもしれないのだが、渡辺様が大名格の竹腰家で重きを成す重臣だとしても、徳川家の治世ではしょせん諸侯の家臣、陪臣(またもの)に過ぎず、どちらが上位であるかといえばやはり直臣である颯太のほうであったりする。

しかも竹腰家はさらに特殊であり、3万石の大名格とはいえ尾張藩の家老として扱われるその殿様自体が『陪臣』扱いであり、この場合渡辺様は『陪臣の陪臣』ということになる。禄高が陶林家よりも高かろうと、その格の違いだけは覆せない。なんとも面妖な業界であった。


西浦親子が桔梗屋と弥生さんのオマージュだというのに気付かれてしまったようです(笑)

では将軍様は誰になるのでしょうか……アンサータイム。

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