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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
227/288

021 騒動①






『大工房』の敷地は陶林領内に作る。むろんその経営に他者の介入を許さないためだ。40石と小さいながらも、その領内では颯太が『領主』として振舞える。

美濃エリアでカオリンが手に入る見込みが立ったため、原料土を粘土にする水簸作業を行うための設備も考慮に入れねばならない。猫の額のような陶林領にも、幸いながら川が流れている。後の世でも一級河川として扱われる大原川であり、川幅は狭いながらもその水量は安定している。

その水を水車動力として引き込むためにはやや長い水路が必要となるため、取水口は根本郷のはずれあたりに求めることになるだろう。田圃(たんぼ)と違って取水して無くなってしまうわけではないので、交渉相手が林本家であるならそれほど問題にはならないだろう。

水車から取り出した動力で杵を()き、石臼を回す。採掘したばかりの状態では石のように硬いことの多いカオリンは、そうした施設で磨り潰し、粒子を細かくして粘土原料としていく。使用量が多くなることを想定すると、臼と杵を各6個ぐらい同時に動かせるようにしたいから、水車もそれなりに大きいものにしたほうがいい。

材木は入手できそうなので、後は木工職人を引っ張ってきて作らせるのだけれども、やや専門性が高そうなので考えをめぐらせる。構造的には簡単なものの、動力用に長時間稼動させることなどを考えると摩擦にさらされる軸関係を金属製にしたほうがよさそうだし、部分的には鍛冶屋にも当たったほうがいいだろう。なんならエッチング用の銅板を巻くことで対処してもいいかもしれない。


「…また何か始めるようやけど、おまん、せっかく郷里に戻ってきたんやし少しぐらい休んだらどうや」

「ちゃんと昨日も寝たし。こっちにおれる期間は短いし、貴重な時間は無駄に出来ん」

「…そういうところは親父に似たのかも知れんなぁ。村のことならなんにでも責任負って、脇目も振らんと仕事に没頭しとったからなあ。オレらが大きくなってからは指図するほうが多なったが、若い頃の親父は仕事馬鹿だったわ」


若かりしころの祖父の様子を思い出したように語る次郎伯父は、西浦屋から帰って以降、動き続ける颯太を心配してか付いて回っている。


「おーし、そこに縄打ったってくれ!」

「ここでええんやな!」


陶林屋敷を作っている最中の大工さんも巻き込んで、『大工房』の縄張りが始まっている。むろんついてきている次郎伯父も人手として使われている。

木の杭を川の土手近いところに木槌で打ち込んだ次郎伯父が手を振ると、伸びる縄の向こう側で大工さんが同じく杭を打ち込んだ。おのれの屋敷の完成を遅らせてでも新しい事業に手を付けようとする颯太の貪欲さに呆れつつも、「おまんはそういうやつやった」と次郎伯父は仕方なしというふうで協力的でいてくれる。


「…おじいさまもそんなやったんや」

「動いとるほうが楽やとか、いっつもおかしなこと言っとったわ」

「あれこれ考えすぎると辛くなるし、こうして動いとるとたしかに鬱屈がなくなって楽な気はするね」

「…おまんはやっぱ親父に似とるわ」


祖父に似ているといわれて、なんだかくすぐったいような、嬉しいような気分になった。


「…須藤様! そこで杭を立てたってくれんか! 角田様! もそっとあっちへ! あと二歩ほど下がって……そうそこで杭を突いたってくれ!」


颯太の目付であるふたりも、大原川の川床の砂利を歩かされ、ちゃっかり縄張りの人手として使われている。

お侍が大工風情に使われて、しかめっ面もはなはだしいのだけれども、ここに滞在しているあいだ住と食を負担している颯太が『お願い』すれば、礼儀的に彼らが断るのは難しい。このど田舎で警護対象が危険にさらされることなどほとんどなかろうと、ふたりが悟ってくれたことも頼みやすくなった一因にはなっていたりする。

ふたりは主に、大原川との高低差を調べるために手伝わされている。むろん引いてくる水路の長さを確定するためだ。


(この時代、川床がどこも『浅い』んだよなぁ)


前世での大原川を知っている颯太的には、ずいぶんと浅いところに川床があると感じられる。後世の治水が進んだ時代ならば、堤防もコンクリート製で高くされているし、川床も適当に浚渫されていただろうから、この時代の大原川にあまり高低差がないのは当たり前ではある。

まあだからこそ、水車に引っ張ってくる水路の長さが短く済みそうなんだけれども、この事実は『水害の起こりやすさ』も同時に示している。

まあ西浦屋のある本郷(多治見郷)にたびたび水害をもたらしている土岐川に比べれば大原川など流域も狭いし水量も知れているから、まあそれほど警戒することもないだろう。いちおう水路と水簸小屋までの区間は、石積みで護岸しようかな。石なら川床に腐るくらいあるから。


「颯太様―っ」


そのとき呼ばわる声がして、振り向くとお幸が手を振りながらこちらへと駆けてくる姿が見えた。

その少女の様子のおかしさから、何かあったのだとすぐに察した颯太は、次郎伯父に目配せを、川床にいる御目付ふたりには手振りで戻って来るように合図する。

そうして颯太に抱きつくように飛び込んできたお幸からもたらされた報せは、たしかに緊急性の高いものだった。それもふたつ。


「…おじいさまが倒れられたって!?」


ひとつ目の報せは、祖父貞正が倒れたというもの。

胸を押さえながら苦しむように倒れたというから、心因性の急病であるのは間違いなかった。

そして祖父が倒れた原因をもたらしたに相違ない、もうひとつの報せが予想外のものだった。


「窯場に突然大勢のお武家様がやってきて…」


何の前触れもなくやってきた10人ほどの武士団が、よくも騙したな、責任あるものを連れてまいれ! と非常に物騒な雰囲気で息巻いているのだという。


「…たまたま近くにいたおじいさまが、騒ぎを聞いてあいだに入ろうとして倒れたんやね」

「次郎様もおられんし、お武家様の相手は誰もようせんかったから、庄屋様が…」


次の瞬間には颯太は猛然と駆け出していた。そのあとに次郎伯父が、やや遅れて土手を這い上がってきた御目付のふたりが続く。

なんで自分が帰郷するたびにこうも問題が起こるのか……おのれの厄病神っぷりに歯噛みする。太郎伯父に続いて祖父まで、おのれの事業が運命を狂わせるとかもう呪われている。

灼熱する意識の片隅で心配蘇生術の手順はどうだったかと思い返しながら、颯太は村の緩やかな上り坂を駆けていったのだった。




窯場へと続く門柱のところでうろたえている奉行所のお役人たち。

颯太は騒然としている窯場のほうを仰ぎ見て、「ここはいいからついてきて」とお役人たちを急き立てる。10人ほどの武士が相手なら、こちらも人数を並べておいたほうがいい。

丸太で組んだ段々を駆け上がって飛び込んだ窯場で見た光景は……職人たちの人垣と牛醐先生に抱きかかえられる祖父の姿、そして広場の中心で円陣を組んで刀の柄に手をやっている黒紋付の武士団だった。


「颯太様ッ」


颯太の姿に気付いた職人たちが、やや安心したように人垣を割った。

その出来た一本道を駆け抜けて、当然のことながら武士団になど目もくれず祖父にすがりついた颯太。


「やっと現れたな! 貴様がこの窯場の頭であるな!」


武士団のほうから声が上がったが、颯太は完全スルーである。

祖父の手首の脈を取り、胸に耳を寄せる。

呼吸が、脈拍が止まっている。


「そのようなじじいなど放っておけ! それよりもまずしかるべき場所に案内いたせ! 渡辺様をいつまでもこのような場所に立たせたままとは…」

「少し黙っとって!」


もう一刻の猶予もない。

颯太は牛醐先生に祖父の身体を地面に横になるようにさせると、心臓マッサージを始めた。

口から息を吹き込み、心臓を押す。

無心に繰り返す。息を吹き込み、心臓を押す。どんどんと力を込めていく。

その心臓を押すやり方が、なんだか粘土を練り上げるそれに非常に似ていることにいま気付く。菊練りするようにテンポよく、かつ力強く繰り返す。


「…貴様いい加減に」

「いいから黙ってろッ!」


いまが切迫していることに気付いた次郎伯父が、祖父と颯太の前に仁王立ちになって武士団をねめつけた。

次郎伯父は丸腰であったが、その物腰と鍛えられた腕の太さから、侮り難い相手だと目され一瞬にしてヘイトを集めることに成功する。

もう少しだけつっぱっとって。伯父さん。


(戻れッ)


次に胸を押し込んだ瞬間、心臓の鼓動が戻ったことに気付いた。

かはッ!

祖父が唾と一緒に咳こんだ。呼吸も戻ったようだ。


「おじいさまッ」


呼ばわりながら頬を叩くと、祖父貞正がぼんやりとまぶたを開け、その灰色の瞳が颯太を捉えた。節くれだった手が上がり、颯太の腕を捕らえる。

そしてゆっくりと撫でてくれた。

その瞬間ぽろぽろとこぼれ出した涙を慌てて拭って、軽く抱擁した颯太。


「少しだけ待っとって…」


つぶやいて、祖父の身体を牛醐先生に預けた。

怒りが突き抜けすぎて、頭が冷えた。


「親父は……助かったのか」

「ありがと。後は任せて」


颯太は次郎伯父に譲られる形で、武士団の前に立った。

ちょうどそこに、相手の円陣から割って現れた恰幅のよい武士。上役らしき人物。


「…御用の向きをお聞かせ願えるでしょうか」


颯太の温度の低い問いが、静まり返った場に響いた。


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