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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
21/288

020 上げ潮の予兆?①





説得は、どうやら成功したらしい。

草太は目をきらきらとさせながら祖父が言い出すであろう林家の出資計画を前のめりで待ち構えていたが、突然祖父が笑い出したので思わず腰を浮かせてしまった。


「そんな余裕は、ない」


その一言を紡いでから、また何かがツボにはまったのか、ぷっ、くくくっ、とこらえきれぬようすで肩を揺らした。

ウケた理由は分からねども、この真剣な話を冗談にされてはたまらないので、草太は正座したまま祖父のほうににじり寄って、着流しのすそをとらえた。


「大原には金を生み出すものがほとんどありません! ただ、土はきっとあるはずなのです」

「だから、そんな窯などを作る金など、この家にはないと言っているのだ」

「お爺さま…ッ!」


ようやく笑いの発作がおさまったように、祖父は掴みかかる孫の頭を抱え込むように撫でて、あやすように背中を叩いた。


「…金はないが、それならばいい話がある」


楽しそうに、祖父は口を開いた。

じたばたともがいてハグから脱出した草太は、やや真剣みを欠いたような祖父の目を物問うように下からのぞきこむようにした。一大決心して吐露した提案をうやむやにされてはたまらないから、孫の親愛という名のプレッシャーをかけるのだ。

わずかに乱れた襟を整えてから、祖父は孫の目を真正面から見据えた。


「おまえはまだ、この林家の領内について知らぬことが多かろう。明日、習い事は休みにする。一日、わたしについて回りなさい」

「……ッ」


祖父はその日、それ以上のことを教えてはくれなかった。

明日のサプライズ、ということなのだろう。



***



翌日。

母屋の框で待っていた草太の前に、祖父の貞正様は紋付袴の姿で洗われた。

目を丸くする孫の頭に手を置いて、祖父は目線を合わすように腰を落とした。


「よし。ゲンに言いつけて置いたが、その格好ならばまず問題はなかろう。では、出発しようか」

「いってらっしゃいませ」


大奥様に見送られて外に出た祖父と草太は、ゲンの先導で林家の家を出た。振っていた木刀をぶらんと下げて、驚いたように見送る長男の太郎。父親の外出を聞かされていなかったのだろう。


「父上はどちらへ?」


問いに、祖父が答えた。


「根本の代官屋敷まで行ってくる。留守は頼んだぞ、太郎」


そこで判明したのは、これからの行き先。

根本の代官屋敷……江戸の林家の現地行政拠点として、根本郷に建てられた屋敷である。

現在、林家領の庄屋を束ねる代官は、坂崎様という。

坂崎源兵衛。坂崎氏は先祖伝来の広い山林、田畑を有したなかなかに有力な地付き豪族である。江戸の林家がこの地に所領を得た200年前、家臣の不足から現地採用されたのだろう。

いずれは普賢下林家の男として挨拶にうかがうこともあるだろうと思って情報を集めていたのだが、まさかそれが今日になるなどと思ってなかったものだから、内心けっこう焦って少ない情報を何度も脳内で反芻した。


(代官……って、そちも悪よの、ぐらいしか思い浮かばないんだけど。うああ、やっぱりチョー偉いんだよね? あーでも旗本の領地代官なんだとしたら、…え? 陪臣程度ならそんな偉くないの?)


そういえば前世でも、取引先に『坂崎』という名が多かったことを思い出す。イメージ的に多治見の旧家でけっこうなお金持ちが多い、と言う印象の苗字だな。


「…坂崎様は、どんなひととなりのお方なのですか?」


限られた時間しかないが情報収集にあがいてみる。

敵を知らねば百戦は危ういとあの孫子先生も言ってることだし。どんな話の展開になるかも分からないが、挨拶だけで済まなかった場合、気の利いた会話のひとつでもしなくては顔と名前を覚えてはもらえまい。


「なかなかに骨のあるお方だ」


説明は、たったそれだけ。

そんな殺生なとそれ以上の情報をねだってみても、


「おまえに先入観を持たせるのはあまり面白くなかろう。その目で、耳で、あの方をおまえの中の杓子で計ってみろ」


なるほど、これは『試練』系のイベントなんですね。分かります。

どうやら初対面で彼と代官様との間でなにがしかの事件が起こることを期待しているらしい。実はこの謹厳な祖父が、『林家の秘蔵っ子』を自慢しまくっているのは大原では有名な話になっている。どうやらここでも、代官様をほほうっ!とか感心させて喜びたいらしい。

高いハードルだな、おい。

大原郷と根本郷との行き来は、大原川まで下れば堤沿いの平坦路なのだが、普賢下の林家、根本代官屋敷ともに高社山にほど近い南側にあり、最短ルートは自然アップダウンのある雑木林の踏み分け道になる。

枯れ葉の積もる踏み分け道をさくさくと歩きながら、3人はやがて根本郷の田畑を見下ろすところまでやってきた。


「あれが代官屋敷ですよ、ぼっちゃん!」


ゲンがはしゃいだように先のほうを指差した。そこにはうっそうと茂る竹やぶがあり、そのなかに瓦葺きの立派なお屋敷が建っている。

遠目にも分かるが、玉石を敷き詰めた白い庭が、まるで奉行所のお白洲のようだ。ザ・武家屋敷というところであろう。

残りの距離は、だいたい2町(約200メートル)ぐらいである。

まずゲンが先触れとして小走りに駆けて行った。健脚の祖父はすいすいと足を繰り、草太は純粋に倍の歩数で忙しくついていく。林を抜けると、道はすぐに平地になって、大原郷と同じようなあぜ道になった。

見渡せば、根本郷の牧歌的な風景が目に入ってくる。

すでに冬も間近なので田畑で働くものの姿はほとんどなかったが、いつでも元気な子供たちはそこらじゅうを駆け回っていたし、隣家を訪れるのだろう大人の姿も道端に見える。

と、そこで遠目の利く草太が、いやに見慣れたものの姿をとらえた。


「あっ、父上だ」


おそらく大原川側からやってきたのだろう、袖の中に腕をたくし込んで、いそいそと歩いているのが見える。彼の指摘に、祖父もそちらを見た。


「あのばか者が…」


案の定、父の姿はそのあとそそくさとどこぞの家のなかに消えた。

最近通い詰めている娘の家なのだろう。

あまり見たくないものを目にして、草太はその事実を消し去ろうと父親のいたあたりにふうーッと息をはいた。息は冷え込んだ外気に触れて、真っ白い煙になった。


「旦那様、ぼっちゃん! 坂崎様が面会していただけるそうです!」


ゲンが手を振っている。

根本代官所は、黒々とその無骨な威容を見せていた。


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