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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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001 目覚め



最初の感想は、『乳臭い』であった。



永い眠りから覚めたと思った。

眠たいのか眠たくないのか、それさえも判然としない……永遠にも思われるような浅い眠りの中から、彼はそのときようやく浮上した。

重い瞼をこじ開ける。

手のひらを透かしたような薄赤くぼんやりとしていた光が、その瞬間眼底を圧迫するほどの閃光となって脳内にほとばしる。


(ここは……どこだ)


まるで前後不覚まで飲みふけって、記憶にない場所で目覚めたときのような半分狼狽した感覚。

目をこすろうとしても、なかなか手が思うように動かない。首をめぐらそうとしても、身体が思うように動かない。

声を出そうとして、そこで言う事を聞かないおのれの声帯に気付く。


「あ~、う~」


言葉を操ろうとしても、出てくるのはそんな声ばかり。

こうなったら恥も外聞もない。夏場には日本一暑くなる町であっても、まだ4月になったばかり。その冷え込んだ夜半ともなればエアコンもついていない事務所で寝ていたら風邪を引いてしまう。

大声を出そうとして、そのとき彼は盛大にえずいた!


「ケッ、ケポッ…」


胃から液体が逆流してきた。

すっぱさよりも先に、最前感じていた『乳臭さ』が口内いっぱいに広がった。何か吐いてしまったようだが、首が動かないものだから結果窒息する。


「わわっ! ソウちゃんがゲボ吐いとる」


最近味わったばかりの臨死体験をリピートしそうになった彼に気付いたような女性の声。すぐさま彼の背中に手が差し込まれ、身体ごとひょいと持ち上げられた。

ひょいって、自慢じゃないが健康診断でカウンセリングを受ける程度にはふくよかな体形のおっさんである。しかもこれはいわゆるお姫様抱っこ…。

ではなかった。

くるりとフライパンを返すように彼の体はつかの間宙を舞い、そして再び大きな手のひらに受け止められた。うう、目が回る。

身体の向きが変わるや、彼はとっさに口の中の吐瀉物を舌で口外に押し出した。急いで呼吸作業を回復!


「ひぱっ、ぴひゅ~っ」


わずかずつ肺の中に空気が流れ込む。呼吸は復活したのだが、おのれの健康状態に不安を覚えるほど息が弱い。

何かおかしい。自分の身体だというのに、受け取る感覚が違い過ぎる。


「ソウちゃん全部吐いてしまったなぁ。またオツルさんよばなあかん」


彼を抱き上げて、覗き込むのはまだ若い女性のようだった。

焦点の合わない視界はぼんやりとしたまんまだが、顔を近づけられるとようやくはっきりと見える。

くりくりしたどんぐり眼にまっすぐに通った鼻梁、ふっくらした唇がそのよく日に焼けた小顔に精妙に配置されている。きれいなお姉さんだ。


「わたしに乳が出れはよかったんやけど、ごめんなぁソウちゃん。役に立たん母親で」


母親!

どう見てもまだ十代後半だろうお姉さんが、なにゆえ母親だなどと!

しかもその台詞は彼を見ながら発されている。それはつまり、彼がその息子だと言うことに他ならない。

わずかに上がる腕を、わずかにしか振り返れない首を回してようやく確認する。肉球のようにぷにぷにした小さな指がそこにはあった。

ああ、赤ちゃんの手。

狼狽しつつもわきわきとしてみる。思い通りとはいかないまでも、意のままに動くようだ。つまりは彼自身の手だということ。

背中をさすられつつゆらゆらとゆすられているうちに、急激な眠気が襲ってくる。いろいろと考えなければならないのに、寝ちゃいかんだろうが、オレ!

まるで請求書の山を放り出して居眠りをするような罪悪感にさいなまれつつも、その抗いがたい眠りの淵に沈んでいく。

どうやら彼は生まれ変わったようだ。転生という奴なのだろう。まず頭に思い浮かんだのは恥ずかしながら一時期はまったネット小説である。

チート、まさかあるのか…?

あとで目を覚ましたら、いろいろと考えよう。

赤ん坊の眠りは圧倒的な拘束力を発揮しつつある。

彼の思考回路はそこでシャットダウンした。


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