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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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016 炎の生み出したもの






草太はしばらくの間、《西窯》に足を運び続けた。

貞正様の書写を終え、次郎の剣術指南を駆け足でこなすと、未の上刻(午後2時過ぎ)ぐらいになる。そこから屋敷を飛び出して、多治見郷に向かう。

歩いていたらすぐに時間がなくなってしまうので、西窯につくまで駆け通しである。それでもついた頃には中刻(3時ごろ)になる。片道5キロぐらいあるしこればかりはどうしようもない。

夏場だったら暑さでへばったろうが、いまは秋も深まり10月も半ばに至っている。門をくぐったところで少ししゃがみ込めば汗はすぐに引いていく。


「またきたんか」

「きょ、今日は窯を開けるんやろ? 見逃さんて、絶対」


最初に窯を訪れてからすでに一週間ほどが過ぎている。焼きに4日、冷ましに3日。彼の読みでは、今日あたり窯を開くに違いないと踏んでいたのだ。

見るともうすでに、上のほうの窯から取り出しが始まっている。職人たちが服をたすきがけにして、窯の小さな穴にもぐりこんでは物を運び出している。


「あんま邪魔すんなよ。大原の庄屋の林様の孫だからって、旦那様が気を利かせてくれとるのもいまのうちだけかも知れんぞ」

「わかっとるよ、そんなこと」


じつはこの《西窯》にやってきたとき、ひと悶着があった。

焼物の技術は基本その窯ごとの秘伝とされ、よそ者の目に触れることはむろん禁忌であったらしい。が、名品をあまた生み出した桃山文化盛んなりし頃の美濃焼ならいざ知らず、有田や萩の後塵をはるか彼方で見物しているような体たらくの江戸末期の美濃焼に、それほどの秘伝が残っているはずもなく。

『大原の庄屋の孫が、物好きにも窯焚きに興味を持って押しかけてきた』と応対した職人頭から事情を聞かされた《西窯》の旦那は、少し思案顔をしたあと、「将来のお客様になるかもしれんし見せてやりゃあ」と意外とあっさり許可を出してくれた。

いずれ買いますとも。

焼物と言わず、窯設備ごと☆

美濃焼文化、いい具合に衰退して安く買えそうだな。うん。

…とまあ、冗談はそれくらいにして、美濃焼の技術的な衰退は職人たちの顔を見ていればよく分かる。

段々につながる焼き窯ひとつひとつから次々に運び出される成果物が、窯の脇に作られた土間のようなところに筵を敷いて並べられていく。

登り窯は下の大窯(燃焼室)に近い房にはさや詰めの高級品(さやという洗面器を逆さにしたような器で密閉して、薪の灰が釉薬に飛び移らないようにしたもの)が入れられ、上のほうは棚にして積むだけの廉価品(安い生活什器など)が入れられることが多い。今運び出されているのは上の房のほうなのでいわゆる安物の類なのだろうが、職人たちの扱いはあんまりなほど雑だった。

同じ形の碗を、かちゃかちゃと重ね合わせて積み上げてしまうのだ。

置くとき省スペースかもしれないが、あれじゃ傷が付くし崩したら粉々になってしまう。慣れているからいいという扱いではない。

職人たちは灰まみれになりながら黙々と作業を続けているが、製品に対してそれほど愛着もなさそうだった。


(せっかく苦労して焼いたってのに、安物感バリバリだよ…)


有力大名の庇護を得た有田や萩、それに瀬戸などと違い、幕領とされ充分な庇護も援助も与えられなかった美濃焼は江戸期を通して衰退の一途をたどり、『粗悪品』と言われて反駁もできないほどに社会的な評価も地に落ちまくっていたという。

まさに目の前の、職人の愛のなさが歴史の証明なのだろう。

山積みされている器のひとつを勝手に手に取ったが、誰も怒らない。


(だいぶ冷えてるけど、まだあったかい…)


釉薬もなにもかけていないのに、うっすらと緑がかった色のガラスが付着している。これは薪の灰が表面に付いて、焼かれるあいだにガラス化したもので、『灰釉』【※注1】という。


(意外とたくさん灰釉が付いてるし、できは悪くないんだけど、なんていうか味わいが足りんなあ)


器の形状なのか、釉薬の付き具合なのか、それとも『粗悪品』という先入観に惑わされたのか。こうして手に取っても、それほど『欲しい』っていう気持ちが湧いてこない。

焼物といわず、芸術品と呼ばれる類の物は、人の『所有欲』を掻き立てる力のある物ほど価値が高くなる。彼のセンサーが反応しないということは、少なくともこれが価値ある工芸品ではありえないことの証明であった。

ほんとにつまらない什器だ。

窯の中からは、


ピキン……ピチッ…。


軽くガラスにひびが入るような音がしてくる。

外気が入り込むことで急速に冷やされ、収縮率の違いから焼物の表面のガラスに細かな間入【※注2】が入っているのだ。焼物の神秘を感じる瞬間だ。

恐るべき灼熱にあぶられて、ようやくこの世に生を受けた焼物たちが、製作者たちの愛情の不足から『粗悪品』のレッテルを貼られていく。


(…悲しいけど、大量生産ってのは、愛がなくなってくものなんだよな。ひとつひとつのものにそそぐ愛情が希薄になりすぎて)


職人は弥助を入れて7人ほどだ。

全員が窯出しに加われば、作業ははかどり始める。上のほうの房からの取り出しが終わると、残るは下の2房だけになった。

口を塞いでいたレンガを取り去り、職人が2人中にもぐりこんだ。

そうして待つ彼の前に、さや詰めの製品が運び出されてきた。それまで黙り込んでいた職人たちに、軽くどよめきが起こった。


「成功しとるかどうか不安でたまらんわ」

「だからもっと長石【※注3】を少なくしとけって言ったんだわ。素地の色が赤く発色しとるからって、鉄粉混ぜるたーけもおるし」

「あの土はわざわざ久尻から持ってきたんやぞ。ぜぇったい成功しとるはずや」


草太は突然交わされ始めた活気ある会話に目を丸くしたが、その様子を見て弥助がふふんと得意げに鼻を鳴らした。


「オレだって、とっておきのもん焼いとるんやぞ」

「とっておきって…」

「まあ見てのお楽しみってとこやろ。オレのは一等熱くなる一番上の奥のほうにある。…あんだけ熱いとこで焼いたんやから、さすがに長石も溶けとるやろ」


どうやらこのふたつの房には、釉薬をずぶがけした高級品と一緒に、職人たちの試験的な作品が焼かれているらしい。

俄然草太のテンションも上がってくる。

さっきから「長石」という名称が飛び交っていることから、試験的な作品がどんなものかおよそ想像できる。灰釉と違い、長石は鉱物なので溶かすのに非常な熱量が必要になる。使い辛い材料のはずだが、それをあえて使ってくるとなると、なにを焼いて見たのかうっすらと思い描くことができる。


(まさかこの時代に、荒川豊蔵【※注4】よりもさきにアレを研究してるやつらがいたとは…)


窯の中が次々にさや詰めの入れ物が運び出されてくる。

それを見守る職人たちが、いい笑顔で頷きあっていた。






【※注1】……灰釉(はいゆう)。燃やした薪の灰が器の表面についてガラス化したもの。大昔の人がそれを見てアハ体験して、釉薬の原理を思いついたらしい。

【※注2】……間入(かんにゅう)。焼物の釉薬(ガラス膜)に入る微小なひび割れのこと。ガラス質の厚いところにはたいてい入ってるのでよく見てみてね!

【※注3】……長石(ちょうせき)。石英のこと。砂の中に混ざってるガラスみたいな粒。

【※注4】……荒川豊蔵(あらかわとよぞう)。とっても有名な陶芸家。それまで瀬戸産と思われていた超有名焼物の真の産地を特定して、その復元に成功した。


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