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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【独立編】
147/288

019 震災始末③






この二の丸の一角で行われている話し合いは、のちに他の老中に諮る流れが避けがたいものであったとしても、幕閣を牛耳る阿部伊勢守が主導していることで事実上震災復興の最高会議といって差し支えないものだった。

大局的政治判断こそが老中首座たる阿部様の職分であり、復興計画の始まりから終わりまで、一本の背骨が通るまで阿部様の豪腕はとどまるところを知らなかった。颯太はもとより岩瀬様までが最後の一滴まで知恵を搾り取るように献策を迫られ、阿部様が納得するごとに計画の背骨は繋がっていく。

米が必要であることは大前提であったので、その確保と入手ルートの構築が真っ先に議論され、御家人の職にあぶれた次男三男連中を『臨時職』の餌で駆り出して江戸湊の護岸および断線した市中の橋の復旧工事、崩れた蔵前倉庫群の再建など、物資流通のためのインフラ整備を集中的に行うことになった。

同時に天下の台所たる大阪から物資を引っ張るために、幕府勘定方のラインにある大阪蔵奉行というあちらのお偉いさまに通達がなされている。市場価格を荒らさぬようにこっそりと掻き集めよとかなり無理めな内容の書状が送られたようだが、まあそちらのほうの苦労は颯太には知ったことではないので、心の応援団より熱いエールを送ってやるしかない。

大阪蔵奉行様、まあがんばれ。

西国の米が江戸にまでやってくるのは、推測するに早くとも半月後ぐらいのことであろう。

ひとつ方針が打ち出されるたびに書状と側近が飛び出していく。そのような流れが出来上がると、自然と手空きのお役人が『次の伝令役』になろうと廊下に並び始める。城中の皆が皆、何かの役に立とうと率先して動いている。


(…みんな自分の家が心配だろうに、徹底して滅私奉公する気だな)


御城全体の切迫した空気のせいもあったろう。

幕閣の最上位である阿部伊勢守が藩邸にも戻らず陣頭指揮を継続しているし、阿部様が掻き集めた『才能』たちは、各部署で領袖からの指示を受け奮戦していることもある。

がしかし、彼らのそうした心意気の原動力は、奉公を重んじ、私を捨てることも厭わぬ武士の美学、見栄であり清貧でもある彼らの『面目のありよう』に根差しているものだろう。

大災害時に他国とは違ってパニックを起こさぬ後世の国民性は、おそらくこの『武士道』の名残りなのかと思う。

まあともかく。

阿部様、岩瀬様、とりあえず打てる手は打ったとやり遂げた顔をしていらっしゃいますが、直近の窮乏は解決されていませんよと、颯太は内心で突っ込みつつ気力を振り絞って思案を続けている。

人の生活に最低限必要であるといわれている衣・食・住の『衣』はこの時代割合に高級品の類であるので、着たきり雀は庶民の常……ほとんど問題とはなってはいなかったので、次に押さえるべきは『住』である。

大原では村人たちでレスキュー隊を結成し、家屋の復興を早手回しに行った記憶がまだ新しい。単純な構造の住居が多かったから可能な促成の復旧であったけれども、そのやり方が適用されるかどうかは江戸のいまの状況を照らし合わせねばならない。


(かなり燃えてしまったんだよな…)


火事と喧嘩は江戸の華などという言葉が後世にも伝わっているけれども、これは別に江戸っ子が粋がって『火事』も『喧嘩』も江戸名物だと乱暴な論理を振り回したわけではない。頻繁に起こった江戸の大火の際に、火消し同士が腕を競ってぶつかり合ったさまを評したものである。

ガスもコンロもない時代、火種を残しておく家も多かったであろう。さらに悪条件であったのはその家屋の密集度合いで、一度火の気が生ずると瞬く間に燃え広がる街であった。

大原で火事の被害が少なかったのはひとえに家屋が密集していなかったために他ならない。隣家へ類焼することがあまりなかったのだ。


「町の人たちの避難はどのような状況になっているのでしょう?」


大原では家を失った住民たちを普賢寺や林家の屋敷に収容して凍死の脅威から守ったけれども、江戸の惨憺たる風景を眺めるに地震と火事の両方の難を逃れた家屋はあまりにも少ない。それも地盤のしっかりした台地などに固まって残る感じであったので、家を失った地区の住人たちの多くは避難先も見つけられずに路頭に迷うしかなかった。


「大火の折であるなら近所で無事なところがあれば肩寄せ合って寝起きするものと聞きますが……地揺れも重なって無事なところが少なすぎますね。相当数が路上で凌いでいることでしょう」

「まだそれほど冷え込んでおらぬのが幸いだったな」

「…打つ手が遅くなると冬なんてすぐにやってきますよ」颯太はにべもなく言った。


米の手当てもそうだけれど、雨風をしのぐ避難場所の手当ても待ったなしである。

先ほどから違和感を感じて気持ち悪い、米不足に危機感を募らせているという町奉行所にじかに顔を出したい気持ちがどんどんと強くなってきているのを押し殺して、目の前の『老中首座様』を説き伏せることに神経を集中する。


「大原では近所の寺に住民たちを集めて、そこを救済拠点として利用しました。気持ちが追い詰められているときほど、人は集団に安心を覚えます。人の数が集まれば復興の人員を揃えるのにも苦労は少ないですし、炊き出しや救護も避難民の自助で運営が可能になります」

「無事な寺などが近くに残っておればそれを使えばよいが、つぶれたり焼失したりしておればどうしようもない。ひとところに集めすぎると、人が溢れて収拾がつかなくなるだろうしな」


颯太は束の間思案してから、すぐに結論を口にする。


「…在府藩邸に追加で指示を出してください。まずは住民の非難小屋を真っ先にでっち上げてもらいましょう。これだけ大きな町ならば大工も大勢いるでしょう。とくに持ち主が拒絶する場合を除いて、廃墟から廃材を徴発する許可を与えて、それで大勢が横になれる仮設の小屋を建てましょう。小屋は柱と屋根がしっかりしていればとりあえず十分です。壁は筵で二重に覆い、風を通しにくいようにすればそれなりに暖かいものにはなるはずです。…床はそのまま地面になってしまうので、雨のときぬかるまぬように排水路をあらかじめしっかりと作るようにします。設置場所は後の復興作業の障害にならぬように、寺の境内を利用することにしましょう」


ぽんぽんと出てくる颯太の言葉をやや驚いたように聞いていた岩瀬様が、「ところで…」と軽く問いを返そうとして口をつぐんだ。

颯太の言葉がそこで終わらずに、さらに被せられたのだ。


「もともと財貨の豊かな商人たちは自分で何とかするでしょうから置いておくとして、まず庶民の住居から復興は手をつけていきましょう。…たしか庶民の住居は長屋だと聞きます。同じ長屋なら、規格を統一して建築の簡素化が可能だと思います。材木の集まりやすい場所に工作所を設けて、資材も一括して大量生産といきましょう」

「小僧」

「お布令を出して、市中の大工を集めてください。どうせこういうドサクサは材木やら工賃やらが不当に高騰するんでしょう? 材木と工事作業者を幕府で一括管理して成果物を吐き出す格好にすれば、ある程度はそれへの対策ともなるのではないでしょうか。この国の建物はだいたい『間(けん/約1.8m)』を基準に作られているはずです。柱の接合部分も筋交いの入れ方も規則性があるわけですから、共通部材化がとても容易です。一定の材料をすべて規格化して、それを繋ぎ合わせるように家屋を拡大していく方法なら、当然面白みはありませんが値の嵩むみばの美しさとかの冗長性もなくてかなりお安く『結果』を得られると思います……それとですね」

「少し止まれ、小僧」

「…阿部様?」

「もそっと噛み砕いて話せ。よさげな献策であるのは分かるが半分も理解できん」


瞬きして、ため息とともに颯太は頭をかいた。

論議はひとりで突っ走っても仕方がないのだ。

…要は仮説住宅の要領であるのだけれど、もちろん組みばらしに何度も耐えられるような金属のフレームを作れるわけでないので、現代のようなプレハブは無理である。作ったらそのまま常設となってしまうわけで、ならば工法を簡素化すればどうだ、という提案なのであった。

現代にも通じる話なのだけれど、この国の建築物は間(約1.8m)・尺(1/6間)・寸(1/10尺)で支配されていて、家の間取りとかはほぼ『間』単位で決められている。畳が1間(6尺)×0.5間(3尺)の寸法であるのも、この建物の寸法に合わせられた結果だったりする。

1間×1間×1間のブロックを単位として建て増しを考えれば、贅沢言わなければ簡素化は可能なのだ(使わないホゾ穴とかに目を瞑れればだけど)。

焦れる気持ちを抑えつつひとつずつ説明を重ね、江戸版プレハブ構想をふたりに理解させる。ふたりの目から鱗が何枚も剥がれ落ちるのを幻視した気がするのだけれど、それはたぶん気のせいであるのだろう。

この案のメリットは、材料の材木と作業者である大工を幕府が一括管理できることで、購入費も人件費も幕府の威光で適正に維持できる。さらに単純作業に特化させ効率化を進めれば生産性の向上も見込め、その出力品であるパーツは準完成状態であるため現場では組み付けるだけで完成はかなり早くなる。

デメリットは多様性のなさと必要外の穴が柱などに残ってしまうことか。まあ所詮は『長屋』であり、使わない穴にはおがくずを練りこんだ漆喰でも塗りこめてしまえばよいだろう。


「…よい案だ」


阿部様がぽつりと漏らした。

手のひらで扇をぱちんと鳴らして、それからなぜか小突くように颯太の額にも打ち下ろされた。


「痛いッ」

「おまえの頭の中身を一度覗いてみたいものだ。ぽこぽこと物の怪が何匹か飛び出してきそうだわ」

「大火のたびに、お上が布令を出しても材木と大工の手間賃高騰を阻止できておりませぬゆえ、それを一括してお上の手元で行うのは非常によいことです。長屋の大家には融資の形で下げ渡して、その家賃から回収することにすればこちらの取りっぱぐれもなさそうですしね」

「誰ぞ、布令の用意をいたせ。…目ざとい材木商どもはとっくに動き出しておろう。江戸に持ち込ませて言い値を触れ回らせる前に押さえさせねばならん」

「あのものどもは大火のたびに身代を肥させますからな。窒息しない程度に首を絞めますか」


無言の笑い声が聞こえてきそうなふたりの様子に、ああこれが権力者の喜びなのだろうなと他人事のように思っている颯太であったが……彼にもその素養が十分に備わっていることはロシア人たちを泣かせたあの交渉時に証明されているのだが、むろん本人に自覚はない。

文を書き散らして茶坊主に投げ渡している阿部様を眺めつつ、颯太はおのれの決意を固めて唇を湿した。ここでの議論はこのあたりでもうよいだろう。

もういまとなっては気になって仕方のない町奉行所の炊き出しをこの目で見に行きたい。感じ続けている違和感の正体がそこにあると勘が告げている。


「…阿部様」


むやみに叩かれた額をさすりながら、颯太は文机から顔を上げた阿部様に正面から相対した。


「一度現場を見てきたく存じます。…先ほどのお奉行様の件、いささか気になることがございますので」

「…お上は義倉には手をつけぬぞ」じろりと釘を刺すように睨む阿部様に、

「いえ、そういうことでは……何かおかしなことが起こっているような気がいたしますので、この目でじかに確認いたしたく…」颯太は唇を噛んで言葉を継いだ。

「嫌な予感がいたします」

「…連れて行ってやれ、忠震」


文机を押しやり、胡坐に脚を崩しながら、阿部様が言った。

颯太に投げられたその眼差しが「どこまで使える奴か証明して見せろ」と値踏みするように細まっている。

ちらりと垣間見えた老中首座の凶悪なプレッシャーに、颯太は負けん気を振り絞って歯噛みして耐えた……が、胃が痛い。阿部様はきっとドSだ。確信せざるをえない。

潰瘍がComing Soonしそうな気配だし……颯太は好んで火中の栗に手を伸ばしているようにしか見えないおのれのドM疑惑を振り払うように、深々と一礼したのだった。


すいません。急用が出来ましたので今日の更新はこれだけです。

明日も微妙なので、ご了承ください。

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[一言] 語彙力なくてすみません、 どちゃくそおもろい
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