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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【小天狗起業奮闘編】
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030 体制を整えよう






いろいろな対応に追われた十日あまりが瞬く間に過ぎていった。

その間の《天領窯株仲間》は蜂の巣をつついたような慌しさのなかにあった。

セキュリティの再構築と、漏出技術の可能性についての検討と対策、そして人事の刷新……待ったなしのスピードでそれらを捌いていったのはむろんチート6歳児である。

いよいよその《異能》っぷりを周囲に見咎められつつも、もはやどこ吹く風と達観の域にまで達した彼のスルースキルは十全に機能していた。その肩書きにいつの間にか『株仲間相談役』『諸事改め役』などと不思議なものがいくつか追加されていたりするが、やらなければならないことの数があまりに多岐にわたるために彼自身「これでも肩書きが足りないんじゃね?」という状況である。

ただしやはり何事も自分の手でやろうとすると限界が見えてくるので、とうとう祖父に泣きついて何人かの人材を抜擢することになった。

《天領御用窯》周辺の警備関係は代官所役人の若尾様、物品管理を同じく若手役人の山田様に大筋のマニュアルを押し付けて一任する。山田様はあまり面識がないものの、与力衆の森様の身内で計数に強いと推薦を受けて抜擢した。与力衆の身内と言うことで、念のために補佐にうちの太郎伯父をつけることにした。性格の細かさなら普賢下林家一の逸材(?)である。

人事が発されて後、速やかに窯周辺の警備は強化され、敷地は急造の柵で囲い込まれようとしている。柵の設置には手の空いた村人が大勢狩り出されている。現状で5割ほどの進捗であるだろうか。

窯への入口である門柱もすでに復旧され、物々しい数の衛士たちが槍を片手に通行人たちを威圧している。窯場の出入りは《株仲間》の公認制とされ、職人とその関係者には勘合貿易のように割符が配布された。

この割符がまた現代知識が応用されており、二枚の合わせ紙の間に草太他数名しか知らされていないバーコード状の銀箔が挟まれていて、日に透かすことで偽物を暴く代物となっている。


「けったいなことを考えるものだな。が、確かにこれならば偽造などできん符が簡単にこしらえられるな」


『割符』を渡された代官様がものめずらしそうに眺めやっているのを横目に、草太は一覧表にされた『紛失物』をひとつひとつ言葉に出して、それぞれの『紛失』がもたらす損の可能性を論じている。


「型へらはまあどこにでもあるものやからまあ言いとして、造り置きの粘土がなくなっとるのは結構まずいです。素人目には分からんことでも、どこにでも変人みたいな人はおるし、『味見して判別』とかやる人もおるから」

「例の『粉』がなければ作るのが出来んのやろう? 一貫(約3.7キロ)一分(約13000円)とか、いす灰並みの値を出せる窯元がおるとは思えんが…」

「うしろに金のうなっとる商家が付いたらどうなるとおもっとるの? それよりも材料の出どこが知られんうちに、しっかりした『証文』を交わしとくのが先やと思う」

「捨て場の上に蓋を作ってみたが、あれで泥棒除けになるんかは疑問やが…」

「あれは蓋だけやなくて、『音』が出るように細工したるし。なんも知らんとあれに触ったら、吊り下げた鳴子が鳴ってまわりにも分かるようになっとるし」

「もう持ち去られとるやつから秘密が漏れたりは…」

「それはないと思う。既存の粘土をどれだけ混ぜ合わせても、あの透明感は再現できんし。それはわかっとるから大丈夫やけど、それよりも…」


技術漏洩はいまもなお刻々と進んでいると思わねばならないから、対応は待ったなし。延々と議論している場合ではないから草太がバリバリとチートぶりを発揮せねばならない。

おっそろしい子供やなあとやや引き気味の株仲間たちであるが、最近は素直にその意見に従ったほうが間違いが少ないと気付いたようで、反論のようなものは金勘定のとき以外にはほとんど出なくなった。

『株仲間相談役』と言う肩書きは、四の五のうるさい6歳児に圧倒されても沽券に関わらぬよう、株仲間の中から自然発生的に生まれたものであったりする。

腕組みする6歳児に気後れ気味に大人たちの視線が注がれる。


「例の『灰』を押さえとくのが、ともかく最優先みたいやね…」


株仲間の会合は、そうして6歳児の結論を最後に締めるのが半ば習いのようになりつつあった。

かくして鬼っ子伝説は本人のあずかり知らぬところで確実に広がり続けているのであった…。




「これが全量購入に関わる確約書と、手付けの資金。先に書状は送っておいたから、美濃の林家のものだと言ってくれれば通じるはずやわ。理由を知らなあの出どこの怪しい得体の知れん粉に大金出すおかしなのはおらんと思うけど、ひと通りの話が済んだあとで、この書状の判をついてもらって」


次郎伯父がゲンを伴って大阪へ行くことになった。

現在独占状態の骨灰の供給先と正式な専売契約を交わして囲い込むためである。大阪にある膠の独占商人、『柴屋』と直接書面を交わし、ふらちものの乱入を事前にブロックする。

京都での一件に立ち会った次郎伯父には、『柴屋』の名を出しただけでこちらの意図が汲み取れたようだった。


「たしか骨灰一貫について一分の買い取りやったが、たしかにあれは払いすぎやったからな。運び代もかかるんやから、一貫一朱(約6500円)はいい線やないのか」

「これは値引き交渉でもあるけど、真の目的は骨灰の全量独占契約を結ぶことやから。書状には一貫一朱と書いたけど、その値引きの裁量は伯父さんに任すし、相手の言葉を釣り出すのに必要やったら、多少の損も飲み込んで契約成立を最優先してね」

「この粉にまわりが気付くのも時間の問題やしな。その前に独占してまわなあかんのは分かっとる。そのぐらいの理屈なんぞ履き違えるものかよ」


下田へ行ってからまだ間もないと言うのに、嫌な顔ひとつせず次郎伯父は草太の遣いに応じてくれた。このいまだ落ち着かぬ《天領御用窯》から草太が抜けられないことを分かっているのだ。そしてその小さな両肩に普賢下林家の存亡がかかっていることも弁えているようである。

元来の旅好きであるのも確かであったが、次郎伯父のそうした協力的な態度にどれだけ草太が救われていただろうか。旅立つ彼らの姿が見えなくなるまで見送った草太は、その足で池田町屋に向かい、旦那を借りる礼として嫁のところに次郎伯父の名で見繕った櫛と簪を届けた。

普段からよほど構ってもらえないのか、嫁は感激しきりであったけれど、旅籠であるその実家で次郎伯父はとうに戦力外通告を受けているようで、男手を奪ったことへの詫びはあっけらかんとした笑いで応じられた。


「あの宿六が人様の役に少しでも立つってんなら、どうぞどうぞこき使ってやってくださいまし!」


次郎伯父さん……そのうち家庭でもがんばろうか。

池田町屋から戻った草太は、いま村人総出で急ピッチで作られている《窯》のある丘をぐるりと囲む柵を見て回り、ねぎらいの言葉をかけていく。

《天領御用窯》のあの無防備っぷりはもはや過去のものとなりつつある。

《天領御用窯》が半ば領主の持ち物であると認識が共有されたことで、代官所の正式な警護対象となったからだ。《窯》のある丘をめぐるようにそこここに槍を持った衛士が立っている。《窯》への入口である正門には関所よろしく頑丈そうな門柱と物々しい衛士の槍が睨みを利かしており、その様子を折りたたみ椅子に座って監視している警備役の若尾様の姿もある。その神経質そうな硬い顔が、草太の姿を見つけてほんの少し血の気をのぼらせた。


「草太殿!」


警備役を任せるに当たって、《株仲間》の名で藍染めの真新しい羽織を贈ったのは草太であったが、その『特別感』が若尾様をすっかりと張り切らせてしまっていた。むろん《株仲間》からは月の特別手当てとして二分(約26000円)が支給され始めたことも理由の一つであっただろうが、その半端ないやる気は草太への奇妙な『忠義』めいたものに現れるようになっていた。

警備役の態度に引きずられるように、草太に気付いた衛士たちが、まるで直属の上役にでも出会ったように槍を下ろして左右に別れた。


「草太殿、いまのところ警備に異常はありません」

「大変だと思うけれど、お役目がんばってください」

「お任せください!」


この代官所の役人がただの6歳児に嬉々として従っている奇妙にやり取りは、正門の前でたむろしていた村人たちの口からまたぞろおかしな風聞となって拡散していくのだろう。

そのとき近くの木立に腰を下ろしていた見覚えのない男が弾かれたように立ち上がり、草太のほうに駆け寄ってきた。


「そん童が『草太様』かい! わしは伊勢の…ッ」

「まだいたのか! 草太殿にそいつを近付かすな!」


どうやら物陰で張り込んでいた行商らしかった。

槍を向けられひるみつつも、そのぎらぎらした目は草太のほうにへばりついたように離れない。


「名古屋の旦那衆が目の色変えて捜しとる『根本新製』やら、どうかわしにも売ってくれんか!」


最近近隣の大名や豪商と呼ばれる富裕層が、噂ばかり高まって実際には現物ひとつ見かけることの出来ない『根本新製』を物色しているらしい。

むろん実際にひとつとて市場には流れていないのだから手に入れることは不可能なのだが、無類の好事家というものは手に入らぬものほど渇望するものである。金には糸目をつけないとでも言われているのだろう、男は「1個1両でどうやッ!」と景気のいいことをわめいたが、ほんとに物を知らぬというのは幸せなことである。彼が「破格」と信じているその値ですら『根本新製』の公認価格にすら届いていないという現実。

すぐに取り押さえられた男がなおも睨みつけてくるので、草太は仕方なく男の傍にまでやってきてしゃがみ込んだ。


「うちは『浅貞』さんと専売契約しとるから、他の誰にも売ったらあかんし。そこに書いたるやろ」


草太が指で示した場所には、最近ここいらでよく見かける高札が差し掛かっている。そこには『浅貞』との専売契約の件や、「公認なき者の立ち入りを禁ず」と、この地での禁則がはっきり書かれている。むやみに立ち入ろうとすれば、代官所にしょっ引かれて牢屋にぶち込まれることもありえる物騒な内容が書かれているのだ。


「そんなかたいこといわへんと! 焼いたもんが少しでも高う売れるのはええことやないか。『浅貞』はんみたいな大店がひとつふたつのことで目くじら立てるわけあらへん! なあ、せめてひとつだけでもええんや」

「『根本新製』が欲しかったら、ぜひ『浅貞』さんで買ってください。…代官様が世話に手間がかかるからしょっ引いてくるなって言ってたし、村の外まで連れてって放してあげてやって」

「ちょ、少しは話を…!」

「ここには二度と来たらあかんよ」


連行されていく男を見送りながら、草太は掲げられた高札の内容を矯めつ眇めつ眺めやって、「脅しが足りんのかなぁ」と首をひねった。


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