017 胃痛仲間
いろいろとご指摘を受けていることは確認しているのですが、まだ手が回りません。(修正の負荷が少ないものはたぶん対応しています)
データをいじりすぎて、若干先祖帰りが発生しています。バタバタで泣けてきます。
皆さんの感想励みにしておりますので、よろしくお願いします。
《天領窯》は多少のひび割れに補修で対処しつつも、おおむね順調に稼動中である。
すでに本焼成は3回目。窯の『癖』に通じ始めた職人たちも大分と手際よく動くようになり、製品の歩留まりも予想以上の上昇曲線を描いている。
窯自体の焼締りが安定してきたこともあって、各房の熱むらが計算できるようになったことが大きいだろう。なにより本焼成を重ねるほどに、窯の温度は確実に人の手による調整がしやすくなった。
(基準が何もないから、実質ぼくが決めたらそれが標準化しそうだな……JIS規格みたいな国内統一規格立ち上げようかな)
正確な温度は分からないけれども、草太の用意したゼーゲルコーンによって最適温度が模索され、帳面に筆書きではあるけれどもデータベース化も進められている。
そうしてマニュアル化することで、窯焚きをあいまいな『職人技』の領域から引きずり出し、再現可能な基礎技術として確立するのである。
窯内熱量の把握が可能となったことで、職人たちにも連結された各房の炎の循環がどのように起こっているのかがなんとなく分かったことだろう。各房ごとに温度の上がりやすい・上がりにくいの癖だってある。それらを知ったからこそ、職人たちは各房ごとに詰める器の種類選定など、基準作りを検討し始している。
「草太様、錦窯が焚き上がりました」
「わかった、いま行く」
むろん本焼成と平行して上絵付け工程も試行錯誤を繰り返している。
ろくろ小屋横の錦窯の周りには、上絵チームのほか窯頭の小助どんの姿もある。《天領窯》成功の鍵を握るといって過言ではない上絵付け技術の確立は、まさに焦眉の急であったからだ。
「…どうですか、出来具合は?」草太の問いに、
「見てみたらええ」小助どんはあまり機嫌がよろしくない。
錦窯の蓋はすでに取り払われ、鹿皮の手袋をはめて取り出し作業をしているのは小助どん本人である。他人に任せてなどおけないという心境であるのだろう。
窯出しされた完成品は、取り出される端からろくろ小屋の中の作業台へと運ばれている。それらをピストン輸送している牛醐を始め上絵付けチーム。そのとき小屋から出てきた周助ちらりと目が合って、それが悔しげに逸らされるのを見たときに大体の結果が想像できた。
「…草太様、どうでしょうか」
草太の検品が始まるのを知って、上絵付けチームのリーダーである牛醐が付き添った。
草太は焼きあがった器を一つ一つ手にとって、食い入るようにその具合を確かめている。まさに真剣そのもの。牛醐もあとは運を天に任すのみというふうに固唾を呑むばかりである。
「…線が太いね。にじんでるし」
若干の落胆がこもったつぶやきに、牛醐は弱弱しくため息を吐いた。
「色の塗り斑がある。赤の発色も悪い。…それになんかこう、地味?」
「言われとることはもっともやと思います。腕がうんぬんと言う前に、みばが悪いっちゅうのが救いがないですわ」
「絵柄そのものが悪いわけやないと思う。伝統的な花鳥図をうまくまとめとるし、こっちの有田もどきの帯模様とか、うまく決まれば様になると思うんやけど」
「思い通りの色が出えへんようではなんとも……ともかく『にじみ』と『斑』だけは何とかせえへんと始まりまへん」
「斑の出たところはもう一度絵具を盛って焼けばある程度消せるけど……にじむのは置いた絵の具が多すぎるのと、焼く温度が高すぎることやと思う。釉薬が融けてしゃばしゃばになり過ぎなんやろ」
「線は呉須で下絵に描いたほうがええかもしれません」
「線画を下地に持ってくのもありやと思うけど、有田のほうの『赤絵』は、ちゃんと上から筆で置いとるはずやよ。青や黒の色は鉄粉やし、量は少なくてもちゃんと発色するはずやし。筆先の液量の問題やと思う」
結果のほうは、なかなかに散々です。
絵柄のほうはプロが請け負っているだけに高いレベルで出力されていると思うのだけれど、塗りがそもそもダメなのだ。
幼児が丁寧に塗った『ぬりえ』、とでも評したほうが表現としては的確であるだろうか。まじめに塗ったのは分かるんだけれど、ムラムラだし発色の悪い濁り気味の配色も減点対象である。何か根本的に間違っている感じが拭えないのはどうしてなのだろうか。
(やっぱ、ノウハウがないと厳しいのかなぁ…)
有田に産業スパイした磁租加藤民吉が、瀬戸での上絵付け普及を断念したのは、まさに同じ理由からなのかもしれない。いずれはいっぱしの職人に育つとしても、そこまで彼らを教育し続けるだけの余裕があるかどうかが問題なのだ。それに投資した分だけの金子が確実に回収できる『価格設定』を市場に認めさせられるかどうかも不透明といわざるをえない。成功への道を見出しうる草太だからこそ投資に踏み切れたのだけれど。
「色が線からはみ出したりしたやつはもう商品にならんから。小助どんが責任持って『処分』しといて。不用意に他人に任して、『もったいない』とか思われたら窯場の外に持ち出されてまうし」
「…やっぱり、割るんか」
「釉薬で失敗したやつは捨て場も別にしてあるから、ちゃんと分別して捨てんとあかんよ」
上絵付けチームと一緒に意気消沈の小助どんの気持ちも分からなくはないけど、ため息をつきたいのは草太のほうである。
その完成予想図というか目標の高級食器セットがあまりにも具体的に脳内にあるものだから、そこへと至る道の険しさも人一倍具体的に想像できてしまうのである。
もしかしたら瀬戸新製と同じように、下絵に呉須描きがいちばん現実的なのかもしれないとも思ってしまう。そんな後ろ向きな想像をしてしまったことに草太は自己嫌悪に陥り、頭をかきむしる。
(そんなんじゃ、また『二番煎じ』やないか! せっかくこんなわくわくする時代にトリップしてやってることは同じとか……そんな負け犬根性丸出しのばかばかしい発想しとったら、《天領窯》に未来はない!)
あんなふうに円治翁に啖呵を切ってみせたのだ。言った端から下方修正とか、恥ずかしくてまともに顔も向けられなくなる。
「…世界一」
あのときも、返答に窮した末に。
草太は大見得を切ってみせた。
「有田はもうとっくに磁器の南蛮輸出を始めとる。目が海の外にまで向いとるから、売るためにしのいでいかないかん宿敵の姿もはっきり見えとる。唐土の名窯、景徳鎮にだって負けんよう切磋琢磨しとるから、自然と有田は国内で一頭地抜けとるんや」
「唐土の磁器か…」
呆然とつぶやいている円治翁にかぶせるように、草太は勢いのまま胸のうちの言葉を吐き出した。
『男と男の話し合い』だったがゆえに、彼のたがも外れたのかもしれない。
「…この国にやってきとる南蛮人たちは、磁器のことを『チャイナ』と呼んどる。『チャイナ』は南蛮語で唐土のことやし。黒船を作り出す南蛮人たちに世界一等と認められとる唐土の磁器、そいつに伍するべく有田は日夜必死に呻吟しとるから実力がついた。有田が目指すんなら、美濃も目指さないかん。下見て満足しとったら、美濃はそこで終わってしまうと思う」
有田や鍋島がなぜあそこまで技術を伸張させることが出来たのか。
それは所在が九州であり、通商に聡い九州の諸大名が南蛮諸国との通商ルートを秘密裏に確保していたからだ。
彼らは品質の高い海外商品にいち早く着目し、これと競うためにおのれの腕を磨き続けている。研究も当然ながら進んでいるし、技術の導入も抜かりなくおこなっていることだろう。…ゆえに、かの地の焼き物は国内で最先端の高級品と位置づけられるを得たわけで、果報を寝て待ったわけではないのだ。
驚いたふうの円治翁を見るのは愉快であったが、偉そうなこと発言した人間は、すべからく等量の責任を負わされる。口だけ番長などといわれるのはふるふるごめんである。
(まず《天領窯》は日本一を目指す……世界はそれからだ)
最初の明確な目標は、オーバーTHE有田。
上絵付けがまだこの体たらくの《天領窯》には、なかなかに荷の重い目標であっただろう。だが目指さない怠惰者には、追いつくこともまた不可能。
「線画と塗りの練習やね!」
「むう…」
「上絵は何度も焼かないかんから手間の分だけ高く売れるんやし。錦窯も焚く回数多いんやし、試験塗りもやれるだけやること! …じゃあ、次の検品楽しみにしとるから!」
草太もこれだけプレッシャーに耐えているのだ。
職人たちも売れる商品作って何ぼなんだから、このくらいのプレッシャーははねのけてもらわないと。
それからしばらく後、《天領窯》の窯場には、お腹をさすりながら歩く人の姿が目立つようになったという。大原の鬼っ子が本当に『鬼』であったとまことしやかな噂まで流れたが、笑顔で反魂丹を分け与える草太にそれを気にするような気振りはまったくなかった。
焼物業界が厳しいのは当たり前!
塗炭の苦しみにあえいでいた零細企業の元社長にとって、社員(職人)の悪態などそよ風のように聞き流すスキルは必須であったりした。
リアルのお仕事が忙しくなってきましたので、もしかしたら更新のリズムが乱れるかもしれません。
ご了承願います。