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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【小天狗起業奮闘編】
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015 アウェイ真っ只中






まあ、毒を食らわば皿まで、とか言うし。

《天領窯株仲間》にとってアウェイにひとしい西浦屋に潜入したからには、最悪ぼこぼこにされて土岐川に投げ込まれるぐらいの覚悟はできている。


(さあ、ばっちこいや!)


敷居をまたいだ時にはすでに腹をくくっていたから、いまさら物怖じしない。

肩で風を切って歩く6歳児を見送る西浦家の家人たちも気の毒なものである。当主までぽかんとしている様で、ほとんど冷静な判断力を回復できないまま棒立ちになっている。

いっぽうで6歳児の腹黒いたくらみなど気付きもしない奔放で天然なご令嬢は、珍客の要望に軽やかに応じてくれてます。

名物の蒐集品を披露しようと西浦家の三つある蔵のひとつを開け放ち、客を招じ入れようとしたところでようやく再起動した番頭と思しき人に阻止された。


「お嬢さま! いかんて!」

「なんでやの。お父様の蒐集品を見せてあげるって、祥子約束しちゃったもの」

「やっ、約束って…そんな無茶苦茶な」

「どうせ減るものじゃないんだし、いいでしょ? …お父様はアレをいずれ祥子の嫁入り道具にくれるっていったんだから、もう祥子のものみたいなもんじゃないの。だから祥子がいいっていったらいいのよ」


なかなかに無理のある屁理屈をドヤ顔で言い放ったお嬢様がほんとに素敵に見えました。そうですね。約束があったんならそれはもうお嬢様のもので間違いないんじゃないでしょうか。

主人の娘に手を触れるわけにもいかず、結局押し切られてしまった番頭さん。少しだけかび臭い蔵の中にすたすたと入っていったお嬢様は、勝手知ったるふうに棚の奥にぎっしりと詰め込まれた桐箱群に手を伸ばした。

ごくり。

草太は生唾を飲み込んだ。ある程度予想はしていたものの、所蔵品はかなりの充実っぷりです。

これらが戦国時代の名物ならば、国がいくつ買えるのか……コレクションの積みあがった『壁』にため息が漏れる。

箱を封じている紐を唇をなめながら解いているお嬢様から目を外し、ついつい蔵の中のめぼしい『その他お宝』を探してしまうのは貧乏人の性というもの。ほとんど箱にしまわれているものばかりだが、その大きさや形で中身がある程度想像できる。


(棚の上のあれって全部掛軸だな……あの刺繍の派手な長細い袋は日本刀だろうし……あそこのやばげな高級オーラの漂う衝立の後ろっかわの箪笥は、たぶん一着ひと財産の着物とか畳んでしまってあるんだろうな…)


某鑑定番組の鑑定士たちに見積もりさせたら、驚愕の結果でスタジオお持ち帰りになりかねない雰囲気がむんむんと漂っている。

よそ見している間にも、お嬢様が開けた箱からは古い茶道具の類がごろころと出てくる。いわくありげな鼠志野の椀や布に包まれた肩衝(かたつき)とかが姿を見せると、俄然草太の注目は箱書きの内容に注がれる。名物とは物そのものよりも、生み出し、所有されたその来歴にこそ価値があるからだ。

そうして四つ目ほどの箱を開けたとき、草太も目を剥いてしまうような椿事が待っていた。蓋を開けた瞬間、予想もしなかった黄金色が現れたからだ。

おおっ! …って、小判じゃんか!

お嬢様も少し驚いたふうに固まっているところを見ると、偶然見つけてしまった『隠し財産』なのだろう。百両ぐらい入ってそうなその額にも正直驚かされたが……このときさらに彼を驚かしたのは、予想外の偶発事であったろうにその動揺をすぐに飲み込んで、何食わぬ顔でぱっと蓋をしてしまったお嬢様の胆力こそ誉めるべきであっただろう。

まるで親の秘蔵AVを見つけてしまった子供のように、ややはにかみつつ脇へ除けてみせる。


「どう? なかなかすごくない?」


自慢げなのに、若干疑問形なコメントありがとうございます。

たぶん焼き物の価値とかにはあんまり興味がないのだろう。名物個別に対する解説はまったくない。古くて価値のあるものなのは知っていても、それ以外の考古的価値に想いを馳せたこともなさそうな雰囲気である。

むろん、このとき草太は並べられた茶道具を有名鑑定士よろしく手にとってガン見中である。


(…絵付けとかはほとんどないけど、この侘び寂のよさはやっぱりひとつの文化的世界観だな……さすがに往年ほどの価値はないとしても、確実にひとつの美術品市場を形成してるのもたしかだし、いずれは商売につなげていきたいところやけど…)


貴重なコレクションではあるのだろうけれど。

いま現在草太が直面している『絵付け問題』に対するヒントのようなものはなさそうであった。

焼物の技術がまだ成熟していなかった時代の独特な美意識は、小手先の絵付けという『些事』にあまり価値を置いていない。たたら加工の向付けらしい四角い皿が一枚だけ、それだけが異色の『絵付き』であったが、草太は一瞥して関心も持たずに脇に置いた。

その皿は『織部』であった。


(正直、織部は好きになれないんだよな…)


古田織部はなかなかに興味深い人物ではあるのだけれど、あの技術的な昇華もなく書きなぐっただけのような荒い絵付けは、正直なところ「下手な絵」にしか見えない。筆の走りもめちゃめちゃなものが多いし、なにがいいんだか毛ほどにも分からない。古田織部が変人であることは間違いないと草太は思う。

いつまでも鑑賞し続ける草太に、最初こそ得意そうに見守っていたお嬢様であったが、ややして痺れを切らしたのか、「はい、そこでおしまい!」と、鑑賞会を強制終了させてしまった。


「ほら、祥子が約束守ったんだから、こんどはあんたの番やよ」


世の中ギブアンドテイクだといわんばかりに、お嬢様は不敵に笑んで見せた。


「あんたの正体、きりきり語ってもらいましょうか!」


えっ?

それってどういう意味なんでしょうか。

きょとんとしている草太の腕をむんずと掴んで、お嬢様はふたたび移動を開始した。散らかした小判や出しっぱなしの名物はどうするの!


「平助、あれ仕舞っといて」


ああなるほど。お片付けは番頭さんの仕事というわけですか。了解いたしました。

蔵を出ると、ちょうどすぐ外に様子を見に来ていたのだろう円治翁そのひとと間近で目が合ってしまった。再びぎょっとしたふうの円治翁であったが、さすがにこのときは固まってしまうようなことはなく、暴走気味の娘に雷が落ちた。


「祥子ッ!」


ひゃい! と飛び上がったお嬢様の様子がおかしかったのはまあ置いておくとして。さすがに奔放なお嬢様とはいえ、当主である円治翁にはかなわぬものらしい。


「お客人を座敷にお連れしておきなさい」

「でも、お父様…」

「お松! この役立たずが! おまえをこの娘につけているのは何のためだ」


とばっちりがお付の女中さんに向った。

お松さんがすかさず地面に平伏するのを傲然と見下ろして、あたりに立ち尽くしていた人々に「見世物ではない!」と激しく身振りする。すると西浦家は魔法が解かれたように活動を再開した。

開け放たれていた商品の保管蔵は急いで閉じられ、帳場で書き物をしていた番頭たちはさっと帳面を閉じた。出入りの業者たちは興味津々なふうではあったが西浦家への手前、険しい顔を作って近づかれては困るところを守るように人垣を作った。


「お松は関係ないでしょ! この子を連れてきたのは祥子だし!」

「そうやって勝手気ままに振舞う聞き分けのない主人を持つと、責められるばかりのしつけ係は災難きわまりないだろうな」

「…うくっ」


本人を叱るのではなく周りの人間を責めることで、より心理ダメージを与えるやり方がこの西浦円治という男の流儀なのだろう。

反射的に最近の《天領窯》包囲網を思い出して、各窯元に回りくどく圧力をかけていく円治翁の姿が脳裏に浮かぶ。これが権力を効果的に利用するやり方なのかもしれないけれども。

やりようは効果的ではあるだろうけれど、こういうしつけ方は子供にとってトラウマになるのではなかろうか。

唇を噛み締め俯くお嬢様。背の低い草太からその表情はよく見えるが、父親をすっごい睨んでるし。親子の間の確執とか、正直ヘビー過ぎて関わりあいたくないんだけれど。

最初に動き出したのは円治翁だった。当主が背を向けたことで、ようやくお嬢様が呪縛から解放される。


「お松、ごめんなさい」

「そんな、お嬢様。もったいないです」


手と膝についた砂を払いつつ立ち上がった女中さんが、これ以上当主の怒りが聞かん気なお嬢様に向わぬよう、草太を『座敷』に誘導を始めた。

それに従いお嬢様が歩き出すと、腕をつかまれたままの草太もまた歩き出さざるをえない。少し指の力を抜いてほしいんだけど。

同情したわけではないけれど、まだ幼さの残る少女にあの御大の『毒』は強すぎるかもしれないと思う。


「叱るんなら直接本人を叱れってんだよ。クソじじい…」


ぼそっと、聞こえるようにつぶやいてみる。

先導する女中さんには聞こえなかったようだが、お嬢様の耳には届いたようで、掴む指の力が一瞬だけ緩んだ。

見上げれば、お嬢様が草太のほうを呆然と見下ろしている。

草太はにやりと笑って、


「がんばれ、祥子ねえ」


ねえ(姉)って。

言ってしまってから赤面してしまい、恥ずかしまぎれにどんとその背中をどやしつけたのがいけなかったのか。

最初きょとんとしていたお嬢様が、深く大きくアヒル口を笑みでゆがめて、握る指の力をさらに強めた!


「んなの、あったりまえ!」


草太の赤面が感染ったように、前を見上げたお嬢様も、なんだか赤くなっているようであった。


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