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風の誘惑  作者: 槇野文香(まきのあやか)
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第9話

車を止めると貴之が言った。

「これが別荘だよ」

 コッテージ風の古い二階建ての別荘だった。貴之は車のトランクから大きなバックを取り出した。

「これは今日のお昼の食材だ」

 と貴之が言った。

「何か作るのですか?」

「そう、君は料理は得意?手伝ってほしい」

 由依子は微笑んで言った。

「多少はできます」

「じゃあ、俺の方がうまいかもしれない」

 別荘に入ると、一階の天井は吹き抜けになっていて、黒い薪ストーブがあった。テーブルの上には、読みかけらしい本が何冊か置かれていた。由依子はその一冊を手にした。

「フランス詩集、ひょっとしてこれ貴之さんが読むんですか?」

 と由依子が言った。

「そうだよ」

「信じられない。貴之さんって、ビジネス書か推理小説しか読まないように見えるわ」

「それはひどいな。これでもランボーの詩が好きなんだ」

「本当?」

 と由依子が疑わしそうな笑いを浮かべて言った。

「うそをついていると思うのかい。君の気をひくために」

「ええ、演出かもしれないわ」

「そう思いたければそう思えばいいさ」

 と貴之は言うと、バックから食材を出した。

「今日はステーキとサラダとスープでどうだろう」

「いいですね。おいしそうなメニューだわ」

 二人は台所に立ち、料理を作り始めた。貴之がステーキを焼き、由依子がサラダとスープを作った。由依子は手際良く料理を作っていった。

 一階のテーブルで食事を食べながら、由依子は窓から見える、雪をまだら被った山並みの美しさに感動した。それは荘厳であり、静謐だった。

「きれいだわ」

「そうだろう。新緑の季節になると、また違ったすばらしさがあるよ」

 薪ストーブの中では火が赤々と燃え、二人の顔を照らした。

「君の料理、うまいね」

 貴之は、彼女の作ったものはどれもおいしく感じられた。

「私、料理が好きなの」

「君こそそんな風に見えない」

「あら、そうかしら」

「キャリア一筋で、料理なんて嫌いなのかと思った」

「それは心外だわ」

 と言うと、由依子は楽しそうに笑った。

 料理を食べ終わると、二人は薪ストーブの前の、布張りの長椅子に座った。

「君があまりに変わってしまっておどろいたよ」

 貴之は隣に座っている由依子の横顔を見ながら言った。

「いつまでも子供のままではいないわ」

「確かに・・でも、君は昔の君とぜんぜん違う」

「田舎の小娘だったから」

 貴之は由依子の肩に手をかけた。

「君がこんなひとになるなんて・・」

 由依子は貴之に顔を向けた。彼女の眼差しは魅力的で誘惑的だった。彼はその彼女にあらがえなくなった。

「君が好きだ」

 貴之は由依子を抱きしめた。貴之の体は次第に、彼女を横たえさせた。由依子も自然にそれにこたえていった。

「だめよ」

 由依子は突然そう言うと、彼の腕から体を離した。彼女の態度に、貴之は狼狽した。

「どうしたんだ由依子」

 冷めやらぬ熱情がまだ支配的な貴之は、彼女をもう一度抱こうとしたが、彼女は逃げるように長椅子から立ち上がり、乱れた服を直した。

「そんな気持ちになれないの」

 と由依子は言った。貴之は由依子を見つめた。

「浩二のことが忘れられないのか」

 由依子は黙って貴之に背を向けた。

「それなら、なぜここへ来た?」

 貴之は顔を伏せ、自分の髪をかき上げた。

「あなたには、私の気持ちはわからないわ」

 と由依子は言った。貴之は立ち上がると、由依子と向き合った。由依子の顔は言いしれぬ悲しみに満ちていた。

「君はわからない人だ。でも、いつか理解してみせる。俺には君が必要だ」

 と貴之は言うと、再び由依子を強く抱き寄せ、避けているようにも見える唇にキスをした。彼の腕の中で由依子はしどけなく、柔くなっていった。彼女は自分が無力になって、彼に従ってしまうのを恐れた。

「お願い。今日は許して・・」

 と彼女は、彼から苦しげに顔をそむけて言った。貴之は、彼女が素直に応じられないことを感じた。

「わかった。今日はこれで帰ろう」

 と彼は自分を抑えこむようにして、やっと言った。


 貴之は由依子をアパートまで送っていった。

「また、連絡するよ」

 と別れ際に貴之は言った。由依子は頷いた。

「今日はありがとう」

 と言うと彼女は車を降りた。貴之は由依子がアパートに入り、消えていくのを見ていた。


 貴之は家に帰り、由依子のことを考えた。自分はいつしか由依子を愛してしまった。だが、由依子の迷いは何なのだろう。やはり、浩二か。もし、そうだとしたら・・

 貴之は、嫉妬の炎で胸が焼け焦げていくような気がした。そのため、浩二の顔をまともに見ることができなくなっていた。

 たとえ弟でも、由依子は渡せない。と貴之は思っていた。

 


































































































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