第8話
食事を終え、店の外に出ると雪は止んでいたが、あたりは白く凍りついていた。
「今日は、君は車なの?」
と貴之はきいた。
「いいえ、アパートからバスで来ました」
「送っていこうか」
と貴之は言った。
「とんでもない。近いのでタクシーをひろって帰ります」
「そうか」
と貴之は言いながら、少し残念な気がしていた。
「それからこれを君に」
貴之は、由依子が選んだプレゼントを差し出した。
「だってこれは、どなたかに差し上げるのでしょう?」
「最初から君にプレゼントするつもりだった。俺の仕事を引き受けてくれたお礼だ」
「そんな、受け取れません」
「受け取ってほしい。君のために買ったんだ」
と言うと、貴之はプレゼントを彼女の手に渡した。
「ありがとうございます」
と彼女は言うと、軽く頭を下げた。
「それと・・今度の土曜日誘ってもいいだろうか」
と貴之は由依子の顔を見て言った。由依子は返事をしなかったが、彼女の目が大きく輝いた。
「ずうずうしいだろうか」
「そんなこと・・」
と由依子はためらいがちに言った。
「それなら、今度の土曜日の10時に君のアパートへ迎えに行くよ」
「どこへ行くのですか?」
と由依子がきいた。
「土曜日までに考えておくよ」
と貴之はこたえた。由依子は目を伏せた。
「今日はとても楽しかったよ」
と貴之は言った。
貴之はタクシーをつかまえると、それに由依子を乗せて見送った。
由依子との夕食の余韻を残しながら、貴之は代行で家に着いた。玄関からすぐに自室へ行こうとしたとき、居間から浩二が出て来た。
「お帰り兄さん、どこへ行っていたんだい」
「今日は取引先と仕事をかねての飲み会だ」
「兄さん、話したいことがある」
と浩二が言った。貴之はそのまま居間に入っていった。二人がソファに座ると、浩二が言った。
「今日、美沙の家に行って来た」
「美沙さんどうだった?」
「だいぶ元気になった。あれなら、また仕事に復帰できると思うよ」
「それは良かった」
「彼女の自殺、狂言だったよ」
と浩二が気が重たそうに言った。
「そうか」
と貴之がため息をつきながら言った。
「俺をひきとめたかったんだ」
「そうだろうな。彼女にはお前が必要だからな」
「しかし、これからどうしよう」
と浩二が言った。貴之もしばらく言葉が出なかった。
「まだ、彼女だって本調子ではないだろう。もう少し、お前がついてやらなければならないだろうな」
と貴之は言った。
「しかたないか・・」
と浩二は言った。
貴之は話を終えると、自室に戻って行った。由依子と逢ったあと、浩二と話すことは気がひけた。このまま由依子を自分が奪ってしまったら、浩二はどう思うだろうか。やはり恨むだろうか。だが、浩二は美沙にとって、なくてはならない存在だ。そしてそれこそが、上原機工にとって都合のいいことなのである。浩二にはその運命に従ってもらうしかないだろう。そしてその一方で、由依子はこの俺を愛してくれるだろうか。なんとしてもそうしたい。日ごとに貴之は、由依子を自分だけのものにしたくなっていた。多少浩二を傷つけることになっても。
由依子との約束の土曜日が、貴之には待ち遠しく感じられた。浩二と由依子を引き離すのが目的だったのにも関わらず、そんなことよりも自分自身が彼女に逢いたくてたまらなかった。ようやく彼女を誘い出すことができたのだ。貴之はもっと彼女のことを知りたかった。そして由依子に、貴之だけを見つめてほしいと思った。
土曜日、約束どおり貴之は、実家を離れ一人住まいをしている由依子のアパートへと向かった。駐車場に車を止めると、すぐに由依子がアパートから出て来た。
「今日はどこへ?」
と由依子が車の助手席に乗り込むときいた。
「少しドライブして、俺の家の別荘に行こう」
「別荘?」
「俺はときどき疲れて一人になりたいときに、そこへ行くんだ。冬枯れている時期で残念だけど、眺めがいいんだ。君に気にいってもらえると思うよ」
車は国道に出ると30分ほど走り、やがて山道に入って行った。山沿いの道を上っていくと、針葉樹林が林立する別荘地帯が広がっていた。冬のため、ほとんどの別荘は人気がないようだった。道をさらに行き、細い横道を右に入って行くと、めざす別荘があった。