表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の誘惑  作者: 槇野文香(まきのあやか)
3/12

第3話

貴之はひとり応接間のソファに座り、弟の二階に上がる足音を聞きながら、苦々しくウイスキーを飲んでいた。いつまでたっても浩二が非協力的であることに内心憤慨していた。あんな勝手気ままな生活が許されるのも次男であってこそだ。長男の自分は、会社と従業員のことで頭がいっぱいということがわからないのだろうか。しかし、これからはそんな甘いことは許すまい。浩二はもう大人である。責任を負う義務があるのだ。

 貴之はさらに、コップに琥珀色のウイスキーを注いだ。


 上原貴之は工学部の大学院を卒業してから、八年ほど大手電機メーカーの研究室に勤務した。それから父の経営する町工場に戻ってきたのである。そのときすでに、父の会社は傾いていた。リストラを行い、銀行に頭を下げ、苦しい状況を生き抜いてきた。父は時代の波にのれるような、革新的な技術についての知識はなかった。親子は激しい対立を繰り返してきた。その父も五年前に亡くなり、ようやく会社を、自分の考えのもとに軌道にのせることができたのだ。それは彼にとっては血のにじむような努力だった。上原貴之はこれまで会社の再建のみに、自分のすべてを注いできたのである。それに比較すると、弟の浩二は彼の時間を人生を謳歌することができたのである。浩二も兄の苦労を理解しているつもりだが、兄弟の間にはやはり微妙な価値観のずれが生まれていた。


 翌日、浩二は目が覚めると、昨日のことが気になっていた。その気になることというのは、他ならぬ澤田由依子のことだった。その由依子から浩二は、これからの仕事のことで相談にのってほしいと言われたのだった。由依子は税理士の資格を有しているが、アメリカから帰ってきたばかりなので、現在は仕事に就いていないのだった。そして浩二は彼女の顔を思い浮かべると、もう一度逢いたいと思わずにはいられなかった。幼い頃の彼女は知っているのに、今の彼女は未知なる女性として彼を惹きつけてやまない。ある意味ずっと変わらない北川美沙とは大違いだった。美沙は北川家の娘として、愛らしいお嬢さんとして生きている人だった。おそらく彼女は今後もそうであろうと思われた。しかし、由依子はどこかつかみどころのない魅力をたたえている。少し上目づかいの眼差しは昔のままなのに、何かが違う。浩二には由依子は新鮮に思えた。


 貴之は浩二が美沙の家のパーティに行ってから、今までとは違う変化がみえるような気がしたが、たぶん美沙との結婚のことを浩二なりに考えているのだろうと思った。また自分がいろいろと言えば、浩二はたぶん反発をして、事態は悪い方向に行くとも限らない。ここは黙って静観していたほうがいいだろうと考えた。とにもかくにも最終的には、浩二には北川美沙と結婚してもらわなくてはならないのだから。


 それから二ヶ月がたった。貴之が会社で仕事をしているときだった。窓の外では雪が降り始めていた。貴之の携帯が鳴った。携帯に出ると、美沙の父の北川だった。

「上原さん、昨日美沙が自殺をはかって、今病院にいるんですよ」

 と北川が沈痛な声で言った。貴之は驚いた。

「どうしたんですか」

「命には別条はないのですが・・電話ではちょっと話せないんですよ。すぐに病院に来てもらえますか」

「わかりました。今すぐ、そちらへ行きます」

 貴之は秘書に用があると言って会社を出ると、病院に向かって車をとばした。

 それにしても美沙が自殺をはかるとはどういうことか。まさか浩二とのことがうまくいかなくなったとでもいうのだろうか。

 病院に着くと、北川美沙のいる個室の前に、彼女の父の北川がひとりたたずんでいた。いつものエリート銀行員としての彼とは思えぬ、くたびれた様子だった。

「北川さん、どういうことですか」

 と貴之が言うと、北川が貴之に向かって言った。

「それは、こちらが言いたいことですよ」

 北川の表情は厳しかった。

「浩二に連絡しましたか」

 と貴之が言った。

「彼は、女房と一緒にこの部屋の中にいます。美沙は意識を取り戻し、しっかりしています。今点滴をしているんですよ」

「そうですか」

 貴之はほっとした。

「上原さん、美沙は睡眠薬を飲んで死のうととしたんです。幸い発見が早くて大丈夫でしたけれど」

 貴之は言葉に詰まった。

「美沙は浩二君に別れ話を持ちかけられたそうですよ」

「そんな、ばかな・・」

 信じられなかった。なぜ、そんな大事なことを浩二は一言も自分に相談しなかったのだろう。

「浩二君に好きなひとができたそうです」

 貴之はさらに驚いた。

「浩二にそんな女性がいたとは、僕もきいていません」

「上原さん、美沙はああいう感じやすいやさしい娘です。ずっと浩二君だけ信じていたんですよ。ひどい裏切りではないですか」

「おっしゃるとおりです」

 貴之は、我が弟ながら浩二は許せない気がした。

「北川さん、この件は僕にまかせて下さい。美沙さんを傷つけて申し訳ないと思いますが、弟は必ずおもいとどまらせますから安心して下さい」

 と貴之は言った。すると北川の疲れのにじんだ顔に、いくらか笑みがみえた。

「上原さん、お願いしますよ。美沙と浩二君は似合いのカップルですよ。つまらんことで別れることになってはいけない」


 美沙の精神状態が不安定であるということで、貴之は北川と話しを終えるとそのまま会社に戻っていった。

 この事態をどう収束すべきか、貴之はいろいろと考えた。そのため、その日は仕事が手に着かず、早めに会社を引き上げた。

 会社を出ると、だいぶ雪が積もっていた。今年一番の雪になりそうだった。

























































 





















 
















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ