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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

姉妹話

作者: あこ

 姉の口癖はこうだ。「ああ、なんて出来損ないの妹でしょうか」と嘆く。

 変わって妹の口癖はこうだ。「申し訳ありません、お姉さま。不出来な妹をお許しください」と懇願する。

 大きな家の真ん中で、毎朝毎朝飽きるほど姉は妹を軽蔑し、妹は自虐し姉を慕った。それが二人の間柄であり、それ以下の関係もそれ以上の関係もない。姉妹でありながら、彼女ら一つ上、一つ下のお互いを『姉』『妹』の役割の元過ごしていた。

 一見にして軽蔑する姉は歪で不快ではあるものの、妹はそれを望んでいた。軽蔑とは単に見下ろすのでなく、姉の軽蔑は身体を執拗に触れる『体罰』であった。

 また自身を不出来だと自虐する妹は心苦しい姿であるもの、姉はそれを合図だと認識していた。懇願する姿に一切の哀れみなどない。あるのは高揚に心を躍らせる淡い吐息であった。

 ならば妹の望みどおり『体罰』をしてやろう、と姉はまず手始めに妹の太腿をなでて指を一本立てる。指先はスカートの中に入り込んで、片方の手は妹の肩をつかんだ。

 姉の焦らす態度は献身的な妹にはいかに興奮するものではあったが、真に求めているものではなく吐息を漏らし続け唇をぬらした。

 妹の淡いピンク色の唇を見て「ああ、そう。お前は本当に卑しいわ」と姉自身も興奮してきてスカートの中に入れ込んだ指先を抜いて妹の唇に当てた。そして、ほしがりの唇に自分の唇を当てた。

 ああ、なんて甘美なんですか。そう思うのは妹である。身体をまさぐられたり、くすぐったい場所をなでられたりするより、接吻をされることが何よりも至福であった。それは、妹だけでなく姉もそうである。嗜虐心がそそる妹の献身的態度は襲わずにいられない。責める言葉など所詮、口実でしかないのである。

 しばしの接吻を終えて、姉は妹を離して床に落としたかばんを拾い上げる。至福を満喫していた妹は呆然と虚空を見ていた。妹の視界にかばんを入れて、早く持ちなさい、と意思を見せた。妹は間を持って気づき姉の親切に目を伏せて感謝を示し、そのかばんを手に取って率先して玄関のほうへ小走りで行った。

 静かな足音を鳴らす。ここには姉と妹しかいない。だから、誰かが音を立てれば誰のものなのかはすぐに判断がつくもんだ。小走りで玄関のほうに行く妹を自分のペースで歩いて向かう。妹は玄関につくやいなや、髪を玄関先についてある立ち鏡を前にして手で梳いた。廊下のほうからその妹の姿が見えるわけだけど、姉はそれをほほえましく微笑んだ。

 二人とも先ほどのことなどなかったように、きっとどこでもいるような姉妹かのように振舞っていて、玄関にそろう二人の姿は他愛の世間話をしているだけで、一緒に家から出るのもどこでもいるような姉妹のように思える。

「おや、いつも仲がいい姉妹ではないか」

 近所に住む通勤途中の女性がいった。毎回同じ時間に出るために、自転車で通勤している彼女に遭遇するのは毎度のことだった。遭遇するたびに、彼女は仲のよい姉妹だとほめた。

 そんなことないのだと、姉妹そろって否定する。

 笑ってやり過ごして、信号の変わった道を自転車に乗車している女性は一つお別れをいって先にいった。ふと、姉妹を前方から後方に見てみる。不意に、女性は笑みを零した。

 そんなことのない姉妹が、仲睦まじく手をつなぐだろうか。ふむ、手のひらを互いに握るのがつなぐというが、あれは――。

 女性はいつまでも後方に注意を惹きつかれてはいけないと自転車を走らせた。

 それを見送った姉妹は、学校のほうへまた歩み始めるが妹が急に足を止めた。どうしたの? と訊く。しかし、その質問は野暮なのだと妹の顔をしかと見ればわかった。

「本当に、なんて出来損ない妹でしょうか」

 妹ははっとして姉の顔を見る。姉は意地の悪い顔で見下げていた。

「は、はい。不出来な妹をお許しください」

 妹の期待に満ち溢れた瞳が見上げた。

「今日は学校に行けないようですね。しっかりとしつけなきゃいけません」

 姉は冷静にいっているつもりではあったがはやる気持ちが抑えられず、つないだ手を強く握った。それに、妹も握り返す。

 姉妹は学校のほうから背を向けて家に戻る。あの信号の場所からくるぶしを返している姿は、忘れ物を取りかえろうとしていた自転車に乗った女性が目撃していた。――ああ、思い出した。あの手のつなぎ方はあれだ。恋人つなぎだ。

 姉妹はお互いの指の隙間に入れ込んでしっかりと握りこんでいた。意地悪そうな姉の顔と、何かを期待している妹の顔が見える。女性はそれを見てくすっと笑い、また自転車を走らせる。

 きっとあれが最近の姉妹のあり方なのだ。随分かわい気があるじゃないか。しばらく、その姉妹が頭から離れなかったが、会社に到着する頃には忘れる。また翌朝、姉妹に会うとそのことを思う。その度に、思うだろう。その姉妹は――仲が良いのだ、と。

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