青年は懐かしい夢を見る
とある青年のお話です。
時計を見るともうすぐ終電の時間だ。さすがに帰らないとまずいな。
まだ部署には人が残っているが、俺は帰り支度を始めた。
「笹田、ちょっといいか?」
「何でしょうか、課長」
「明日なんだが、お前にちょっと話があってな。
仕事は早めに切り上げて、時間を作っておいてほしい」
「承知しました」
一体何の話なのだろう?
気にはなるが、今日の所はひとまず帰ろう。
部署のみんなに挨拶をして、俺は会社を出た。
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終電に間に合って、無事に家に帰って来られた。
俺は、買っておいたビールを冷蔵庫から取り出す。
何の趣味も無い俺だが、ビールを飲みながら録画しておいたドラマを見るのが日課となっていた。
別にドラマが好きなわけではない。ただ、部屋が寂しいから何となく見ているだけだ。
つまみも用意しようと、スナック菓子の置いてある棚に向かう。
立ち上がった瞬間、少し胸の辺りがピリっと痛んだ。
少しさするとすぐに治ったので特に気にする事は無いが、筋肉痛だろうか?
そういえば、健康診断で判定があまりよくなかった気がする。
休みが取れたら一度病院に行っても良いかもしれないな。
ビールも飲み終わりドラマも終わったので、俺は寝る事にした。
時間的にはあと四時間ほどは寝れるだろうか。
酔いの眠気に任せ、俺はそのまま目を瞑った。
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翌日、俺はいつも通り定時よりも早く出社し、昨日の仕事の続きを行う。
データの集計結果を見て、まずはお得意先に電話をする。
その後は、新規顧客を獲得するための営業回りだ。
帰ってきたら、日報とデータをまとめて翌日へ備えなくてはいけない。
「笹田、今日は外回りが終わったら日報を上げるだけでいいからな」
課長に言われて、昨日の事を思い出した。そういえば、何か話があるって言ってたな。
リストラとかそういう話だったら勘弁してほしい。
この会社はブラック企業だとは思うが、俺にとってはやりがいのある会社だ。
何より、仕事に没頭していれば嫌な事も全部忘れられる。
……嫌な事って何だったっけ?
頭に靄がかかったようなスッキリしない感じだ。
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営業回りも終わって帰社する。
途中、自販機でコーヒーを飲んで頭をスッキリさせることにした。
コーヒーにそんな効果があるのか分からないけど、これもすっかり日課になっている。
デスクに戻り、本日の日報を纏める。
日報と言っても、成果が無ければほとんどただの日記だ。
さすがに○月×日(晴れ)みたいな内容を書く訳にはいかないが、そういう場合は一応反省点などを纏めて書いておく事にしている。
「笹田、今日は部長も一緒だけどいいか?」
「部長もですか?それは構いませんが……」
話があるというのは飲みに行く事だったのか。
課長は、時々こうして俺を飲みに連れて行ってくれる。
そこで俺の愚痴なんかも聞いてくれたりするので、職場では鬼の石川なんて呼ばれているけど、俺にとっては良い上司だ。
今回は部長も居ると言う事なのであまり愚痴れないが、課長と飲む酒は楽しいので良しとしよう。
「日報は終わったか?部長も待たせてるし、そろそろ行くぞ」
「はい」
俺と課長は帰り支度をして、部長の下へと向かった。
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課長はお勧めのお店があると、俺と部長をキャバクラへ連れて行ってくれた。
課長は馴れた感じで三人の女性を指名した。結構高そうなところだけど大丈夫なんだろうか。
「笹田君だったね。君の話は石川君からもよく聞いてるよ」
「こいつは頑張り屋で、どんな仕事でも嫌な顔一つしないでこなしてくれるんです」
「ありがとうございます。そんな風に言っていただけて光栄です」
思いがけず、課長と部長に褒められた。
とりあえずリストラの話は無さそうでホッとする。
「ほら、もっと飲んでください」
綺麗な女性が俺のグラスにビールを注いでくれる。
課長は指名した女性に、仕事の成果を話して楽しんでいるようだ。
こういう店で働いている女性達は凄いと思う。仕事の話をされてもわからないはずなのに、きちんとこちらの話を聞いて答えてくれる。
例えそれが彼女達の仕事だとしても、こういう姿勢は本当に立派だと思う。
営業をやってる身としては、俺も彼女達を見習わなくてはいけないな。
「そうそう、笹田君に今日は話があるんだ」
部長は急に真剣な顔になると俺に言った。
「そんな身構える事も無い。むしろ、君にとってのいい話だ」
「何でしょうか?」
「君に主任を任せたいと思う」
部長から話された内容は、俺の昇格の話だった。
課長が俺に向かって親指を立てている。きっと課長が推薦してくれたんだ。
「私なんかが良いんですか?」
「君は業績も悪くないし、勤務態度だって優秀なくらいだ。
これを機に、より一層仕事に励んでほしい」
「ありがとうございます、部長!」
課長はお祝いに、少し高いお酒を頼んでくれた。今日のお酒は本当においしく感じる。
女性達も、そんな俺を祝ってくれた。
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「すみません、ちょっと手を洗ってきます」
飲み過ぎたせいか、トイレへ行きたくなってしまった。
部長も課長もすっかり出来上がってしまったようで、女性達と楽しく話し込んでいる。
さて、トイレはどこだろうか?
近くに居た女性に聞いてみる事にした。
「すみません、トイレはどこにありますか?」
「トイレでしたらそちら……に」
女性は俺を見ると、顔を伏せてしまった。
何だ?俺の顔に変な物でも付いているのだろうか。
ふと俺は、この女性にどこか見覚えがあるような気がした。
「もしかして……明川さんか?」
俺は、小学校の時同じクラスだった女の子の名前を言った。
すっかり大人っぽくはなってしまったが、この優しそうな目には見覚えがあった。
「……人違いではないでしょうか?」
明川さんと思われる女性は、俺の言った事を否定してきた。
「失礼、あまりにも昔の同級生に似ていたもので」
人違い……なわけは無いと思う。
俺を見て、顔を伏せてしまったのが何よりの証拠だろう。
でも、彼女が知られたくないのであれば、俺はそれ以上何も言わない事にしよう。
「幻滅……しますよね?もし同級生が水商売をしていたりしたら」
「そうかな?俺は立派な仕事だと思うけど」
「え?」
「俺達サラリーマンの愚痴を聞いて、それでも嫌な顔一つしないで答えてくれるんだ。
そのお陰で、俺達サラリーマンは仕事をがんばれているんだと思う。まさに、縁の下の力持ちって感じだ」
「そう……ですか」
女性は、少し嬉しそうに笑った。
「そういえばトイレ行く途中だったんだ。それじゃ、そちらも仕事がんばって下さい」
俺は女性に礼をし、その場を後にした。
****
家に帰って来た俺は、久しぶりに小学校の卒業アルバムを見てみる事にした。
懐かしいなあと思いつつ、明川さんを探してみる事にした。
明川由美────彼女の名前を見つけ、確認する。
そこには、やはりあの女性の面影があった。
そういえば、働き始めてから同窓会に一度も顔を出していなかったな。
ああ、西田琢也とか居たっけ。ガキ大将みたいな奴だったけど、話してみると良い奴だったような気がする。
もし今度同窓会があったら、課長に頼んで出てみる事にしようか。
懐かしい面々に会うのもたまには良いかもしれない。
俺は、冷蔵庫を開けてビールを取り出した。
さっき飲んできたばかりだけど、何だか無性に飲みたい気分になった。
明日も早く出勤だ。あと三時間くらいは眠れそうだ。
その日、俺は懐かしい夢を見ることができた。
どんな夢かは忘れてしまったが、小学校当時の夢だったと思う。
夢の余韻に浸りながらも気合いを入れ直し、今日も俺は仕事へと向かう。
~To be continued:少女が過去を取り戻すまで~
お読みいただきありがとうございます。
少女が過去を取り戻すまでに続くお話を書いてみました。
未だにブックマークもいただいておりましたので、お礼の意味も兼ねて書きました。
その為、このお話に関しては、検索除外対象にしています。
もし、本編を見ていなくて興味をもたれた方は、下のURLから続きをどうぞ。
【少女が過去を取り戻すまで】http://ncode.syosetu.com/n9315cv/