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あるハンターの一生  作者: 桃の木
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待ち伏せ

 湿った草の匂いが鼻を突く。

 

 やつらに感づかれない距離の限度で草むらに身を沈め、様子を窺う。どれだけ長いことこの体勢でいたのか分からなかった。腰がきつくなってきたが、まだ動くわけにはいかない。 

 

 餌を仕掛けてすぐ一匹が反応を示してくれた。餌はたっぷりと牛肉を用意したので、普段虫や木の実で腹を満たす彼らにとってはご馳走だ。群れを成して行動する習性があるため、餌の肉を発見したものはすぐ群れに戻り、仲間を率いてくる。そこを奇襲するのが今回の作戦だが、戻ってくるのが意外と遅かった。群れに戻る背中を追い集落を突き止めて襲う手もあったが、こちらは一人なので不利なのは間違いなく、また依頼主もそこまで求めてはいない。


 妊娠を疑うほど見事なビール腹の老人は畑を荒らされないようにしてほしいと依頼してきた。彼の畑からは多くの穀物が生産され、町にとってその存在は大きい。お腹の原因もその畑が生み出す麦だろう。荒らされているのを知ってすぐに柵を建てたが壊されてしまい、依頼の申請をすることにしたそうだ。当初は人の仕業も考えたが、畑は町から少し離れたところに位置しており、付近にやつらの糞や足跡と思われるものが残っていため、俺の出番となった。今回の依頼に装備はさほど重要ではなく、トラップが重要だった。逃げ足が速い連中を一気に討伐するにはコツがいる。そこでひと手間かけることにした。牛肉にしびれ薬を仕込み、魅力的な罠の完成だ。これなら逃げられても追うのが楽になる。

 

 計画は完璧だったと思うが、現実ではそう上手くいかない。群れを連れて帰ってくるのが遅い。しかも、待っているうちに視界の端に招かれざる客まで来てしまったのが見えた。オオカミだ。数は三頭。いつもなら見過ごすが、今回はそうもいかない。ちょうど飢えているのか、明らかに罠の肉に興味を示している。食いついてしまうのは時間の問題だろう。


「お前らではないんだよ」


 最近狩りの失敗が続き、金欠ぎみだった我が身に罠の費用は安くはなかった。食べられてしまっては仕掛けなおさなくてはならない。やむを得ず、オオカミの元へ飛び出た。小型の円盾を前方に寄せ、空いた右手でロングソードを下段に構えながら一気に距離を詰める。追い返すよりもここで狩る方が早い。幸いにも久しぶりに立った足の痺れもなく、標的は突然の襲撃に虚を突かれ攻撃に転じきれていない。


(やれる)


 手前にいたオオカミの首元を素早く切りつける。宙に血が跳ね、開戦を知らせた。深く切りつけることができ、一撃で無力化できたのは間違いない。


「Gruuuuuuuuuuuuu!」

 

 仲間を倒されたのを知り、吠えながら二頭がほぼ同時に左右から襲い掛かろうと踏み込むのが分かった。だが、遅い。すでに一撃目の後に駆け寄って、後方の二頭と距離を縮めている。跳躍を許さず、左手で盾越しに裏拳を食らわせた。円盾が獣の頭部をとらえる予想通りの感触が伝わったのち、左手のオオカミが二メートルほど飛ばされた。右手のオオカミも忘れていない。すぐさま正眼して、剣を突き出す。襲い掛かるも、剣に自ら刺さりにいく形となり切っ先が獣の左目に吸い込まれていった。オオカミは激痛に苦しみ、足元に転げ落ちた。目から血の涙を流してもだえる姿に慈悲は与えず、剣を引き抜き袈裟に振った。動きは止まり、断末魔もない静かな眠りにいざなう。


(残るは一頭)

 

 二頭を切り伏せ血が滴る剣を中段に構え直して殴り飛ばしたオオカミに視線を向けるが、すでに逃走を始めていた。二頭が葬られ勝算がないことを悟ったのだろう。とりあえず、罠肉を仕掛けなおす手間がなくなったことに安堵した。

 

 突然、鋭い痛みが背中に走った。いつの間にか小型の矢が刺さっている。その場に倒れこみたくなるのを必死にこらえて振り返ると、招待客がすでにそろっていた。群れの中に弓を持っているものが見えたので、やつが射たらしい。


 軽く舌打ちをする。せっかくの罠が台無しだ。加えて先手を打たれてしまった。矢は引き抜かず半分に折った。反撃の体制を整え、標的を見据える。


「遅いっての……ゴブリンども」

 

 つぶやきが聞こえたのか、多数の小さな鬼たちが次々に吠えて応じた。


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