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いつぶりの投稿か忘れてしまいました。サボりすぎですね。
「この短刀で何をするつもりであったか。……言え!」
暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「俺が、恐いのか?」
メロスは悪びれもせず、残忍な王に、そう問いかけた。
王は答えない。もとより、メロスも答えを得るつもりなどなかった。
「自分を殺しに来た、と思ったのだろう?だから、王城に入り、ただ面会を乞うただけの俺の懐を警邏に探らせ、そんなものを探し当てた。……全くご苦労なことだ」
「違うとでも言うつもりか?現に貴様は、その短刀を持っていたであろう」
「いいや、違いはせぬよ。貴方の思った通り、俺は貴方を殺しに来た。――市を、暴君の手から救うために」
「救うだと? ……お前がか?」
王は、つまらない冗談でも見るような眼で憫笑した。
「仕方の無いやつじゃ。――お前には私の孤独が分からん」
「……黙れ」
メロスは、ふつふつと腹の底から怒りが湧いてくるのを感じた。
「人の心を疑うのは最も恥ずべき悪徳だ。貴様はーー民の忠誠さえ疑っている」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、お前たちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。ーー信じては、ならぬ」
暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「……わしだって、平和を望んでいるのだが」
「何の為の平和だ。自分の地位を守る為か」
今度はメロスが嘲笑した。
「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」
メロスには、王の言葉が下らない戯言にしか聞こえなかった。
「だまれ、下賤の者」王は、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。お前だって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」
「――できるものなら、やってみろ」
メロスは低い声で言った。
「何のために警邏の連中に捕まってやったと思ってるんだ。まさか短剣を奪った程度でこの俺を押さえつけていられるとでも?」
「ふん、両の手足を縛られて締め上げられてもなお、そのようなことが言えるのか?」
「――むしろその程度でこの俺を拘束できると思っているのか?」
その言葉と同時に、メロスの右手が不意に光を放った。縛り上げられた手の甲に浮かび上がるのは――青白い光でギラつく刻印。
「貴様の自信の源はその右手か」
王は、その不気味な光景を見てなお、ニタニタと笑った。
「では、その右手を頂戴しよう」
そうして、王が懐から取り出したのは黄金の短剣。王はそれを手にメロスへ近付き――一気に右手を刺し貫く。
「ぐっ、ガアッ――!?」
鮮血が飛び散った。
(……なぜだ?痛覚消去が効かないだと!?)
「さぞ痛かろう。これが、人に裏切られた時の痛みよ」
王は唇を禍々しい笑みに歪めた。
「どうだ。生身の身体で受ける痛みは。はは、もそっと啼け。もっとわしを楽しませよ!」
「……戯言を」
メロスは噛み締めた口で悲鳴を押し殺し、鮮血の散った手を見やった。そうして、意識を集中し、一言だけ呟く。
「――我が身に癒しを」
瞬間――メロスの手に変化が起こる。時を逆回しにしたかのように、抉られた肉が埋められ、傷口が塞がってゆく。そして、ものの数秒も立たないうちに、飛び散った鮮血はそのままに、メロスの手は、刃の突き刺さる前のそれへと戻った。
「……無駄なことを。俺の回復魔術を知らないわけでもあるまいに」
「いいや、無駄ではないぞ。……わしを殺したければ、刻印を発動させてみよ」
「無論、言われなくとも」
メロスはもう一度、手に刻まれた刻印に力を集中する。だが――
「な――……」
刻印が――開かない。
「ははははっ!さぞ面白かろう!これよ、この剣よ!」
王は手に持った黄金の短剣を見せびらかした。
「この剣は魔術師殺しと言ってな。魔術師の魔術回路を破壊するものだ。妙だとは思わなんだか?痛覚消去が効かなかったであろう」
(や、られ、た……。そういうことか……!)
メロスは、今になって己の迂闊さを悔いた。だが、もう遅い。
「さて、どうするメロスよ。死ぬか?それとも、尊厳を捨てて命乞いでもしてみるか?」
「……鬼神剣を封じた程度で、この俺をどうにかできるとでも? この程度の縄など素手で引き千切れるぞ」
「さてな。だがメロスよ。軽率な行動は控えるが良い。さもないと……貴様は後悔することになるぞ」
王の不気味な笑みに、メロスは悪寒を覚えた。何か――良くないことを企んでいる。
そして、王は告げる。
メロスにとって致命的な取引。
その、始まりを。
「――魔石工、セリヌンティウスをこれへ」