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第一話 気づいた時には恋だった




「どうしよう、私…先輩のこと好きになってしまったみたい⁉︎」


「南雲先輩のこと?前からでしょ?」


 後ろの席の友人である霧雨雪に思いがけない感情をぶちまけた。


 霧雨雪は文芸部に所属する自称貴腐人である。


「そう言う好きじゃ無いんだって!ライクじゃなくてラブの方なの!」


「東海林ちゃんが先輩に一目惚れして家庭科部に入ったのは今年の春。今はもう秋だよ。」


 今年の春、南雲詩帆先輩を初めて見かけた時、長く癖のある髪をふわっとなびかせたその姿に目を奪われた。


 でもそれはアイドルを見てるそんな気持ちで、恋だなんて口に出せるようなものじゃ無い。


 ただ懸命に部員の勧誘をしているその姿が私の心を掴んで、気付けば入部していた。


 それからは心だけじゃなく胃袋も掴まれた。


 詩帆先輩が家庭科部で振る舞ってくれた料理はどれも美味しくて、温かかった。


 そのエプロン姿に、トントンとまな板から響く包丁のリズムが合わさって私の鼓動に響いていく。


 この胸の高鳴りが恋だと気づいて認めるまで随分と時間がかかった。


 本当はきっと一目惚れなのに。


「アドバイスが欲しい。」


「何の?」


「恋愛の。得意でしょ?」


「前にも言ったけど得意なのは男と男で、女と女は専門外。何なら異性との交際人数もゼロ。参考にする相手を間違えてる。でも小説の参考にはなるかもしれないから一応聞いてあげるわ。何が問題なの?」


「本多先輩。」


 本多橙子先輩とは一学年上で、私の恋する南雲詩帆先輩と幼馴染である。


 女子サッカー部に所属していて人気の高いイケメン…。


「えっ⁉︎三角関係⁉︎飯うますぎん?」


「不味いに決まってるでしょ‼︎しばらく前にカミングアウトされた。」


「それは敵だと認知されている証。」


「つまり?」


「脈あり。」


「まじかぁ〜私の脈が止まりそう。嘘じゃないよね?」


「私が東海林ちゃんに嘘ついたことある?」


「冗談ばかり言う。」


「そだね。でもそれだけじゃないんでしょ?」


「淑女協定。」


「それは男性向け作品で優柔不断な男を前にする女性陣の結託でしょ?」


「よくご存知で。」


「こう見えてカバー範囲が広いの。良いディフェンダーでしょ?理由は分かったから後は作戦よ。」


「一体何をすれば良いの?」


「恋愛はね、惚れたら負けなのよ。」


 という訳で我が友人である霧雨雪が立てた作戦は至ってシンプルだった。


 抜け駆け告白が禁止なら南雲詩帆先輩を私に惚れさせればいい。


 それだけだ。


 でも、それが出来れば苦労しないのも確かで土台無理な話だと思う。


 が、雪は言い放った。


「脈あり」と。


 私の一番のライバルである本多橙子パイセンが暫く前に詩帆先輩に対して恋心を抱いてると告白し、それと同時に淑女協定なる卑劣極まりない果し状を送りつけ、純情無垢な私を騙したのだ。


 何故そこまでする必要がある?


 本多パイセンは恐れている。私と詩帆先輩がくっつくことを。


 とんだ臆病者だ。本多パイセンは詩帆先輩の事を好きな癖に、メインの部活はサッカー部を選び、廃部寸前の家庭科部に掛け持ちで籍を置き、詩帆先輩の味方アピールをしている。


 本当に好きなら家庭科部をメインで活動したらどうなんだ。


 この私の様に。


 だから幼馴染のクセして未だに告白の一つもできない恋愛クソ雑魚ナメクジなんだ。


 だったらこの私が教えてやろうじゃないか真の恋愛強者を。


 これは戦争だ。


 私が詩帆先輩を絶対に振り向かせて見せると!


 雪と二人で考えたこの作戦…。


「好きよ好きよ大好きよラブラブちゅっちゅデンジャラスイチャイチャ大作戦‼︎」を〜。


「って、何だそりゃーーーーーあ⁉︎」


「それでは説明しよう。」


「ナゼナニ雪ちゃん⁉︎」


 雪はメガネをクイっとしてから作戦概要を話し始めた。


「このラブいちゃ大作戦とは…。」


「約すの早すぎるやろ。もうちょい正式名称で粘らんかい‼︎」


 私の指摘を無視する様に雪は喋り続ける。


「えーこの、当たって砕けろ大作戦とはー。」


「玉砕なんて私嫌だよ⁉︎」


「押してダメなら押し倒せ。それがこの作戦の肝であります。」


「そのまんまじゃねーか。」


「東海林ちゃん聞いて。好きな気持ちを相手に伝えるのは大切な事なの。無言で察してなんて恋愛クソ雑魚ナメクジがやる事で、真の恋愛強者は好きな人の耳元で愛を囁くの。好きと言われたり褒められたりしてドキドキしない人はいないんだよ‼︎」


「なるほど⁉︎」


 つまり私は詩帆先輩に会うたびピロートークを繰り広げればいいのか。


 告白せずに好き好き大好きオーラを出しながら詩帆先輩に甘えまくるこの作戦…いける‼︎


 それから早速先輩に愛を囁きに行こうと家庭科室に向かう途中で私は捕まってしまった。


「向葵、愛してるよ。」


 そう言って抱き着いて来たのは一条光先輩。


 演劇部に所属しているせいか会う度に芝居掛かった台詞で私に絡んでくる面倒臭い人。


 校内の女子生徒からの人気が熱く、彼女が主演の公演はいつも黄色い歓声が止まない。


「背後から抱きつくのやめてくれませんか一条先輩。後何で私の下の名前知ってるんです?」


「好きな人の名前くらい知っているさ。」


「わざわざ調べた…と。キッショ。」


「どうして君はいつも私に塩対応なんだい?私が愛を囁いて喜ばない娘はいなかったのに。」


「そういうところですよ。恋愛をゲームだと思ってる軟派野郎の言葉を間に受けるわけないでしょ。狼少年みたいな生き方してたら本当の恋を逃しますよ?」


「そうかもしれないね。でも私は向葵のそう言う所が好きなんだ。伝えないままでいるくらいなら、伝えて嫌われる方がずっといい。」


「先輩は強いんですね。」


「そうありたいだけなんだ。」


 一条先輩がもう少し私に強く抱きつくと、聞き馴染みのある声がかかる。


「二人は付き合っているの?」


「付き合ってはいないよ。」


 南雲詩帆先輩の言葉に反論したのは私じゃなくて、一条光先輩だった。


「ただ、向葵を口説いていただけだよ。」


「光は向葵ちゃんが好きなの?」


「そうだね。」


「向葵ちゃんは?」


「私は詩帆先輩が好きです。」


「え?」


 私をみて驚いている詩帆先輩をくるっと回して、背後から抱き着いてみた。


 なるほどこれはいいものだ。


 一条先輩も私のことを抱き止めたくなるわけだ。


「これじゃあまるで列車だね。」


 と一条先輩。


「本当!ラブラブトレインね。このまま部室に行きましょうか。」


 何故か南雲先輩もノリノリである。


 私は釈然としないまま先輩二人は意気投合してそのまま部室へと向かう。


「さぁ一条先輩、着いたので連結解除ですよ。」


「もう少しこうしてたいんだけど…。」


「部活有りますよね?」


「しょうがない…。」


 一条先輩は私を解放してくれた。


「それで、向葵は詩帆を離さないのか?」


「離しませんよ、二人を死が分つまでは。」


「それはロマンチックだね。本当は私も君と同じ気持ちだけれど…もう行くよ。」


「いってら〜。」


 私は一条先輩を快く送り出すと、詩帆先輩と二人で家庭科室に入り、暫く私は詩帆先輩を離さずにぎゅっとしていると、五分位で詩帆先輩は音を上げた。


「そろそろ良いかな?」


 なので私はそのまま先輩の耳元に囁く。


「先輩のこと大好きなので、ず〜と抱き締めていたいです。」


「えぇ⁉︎」


 詩帆先輩は頬を赤ながら驚いてくれる。


 あぁ、やっぱり先輩は可愛いなぁ。


「その…向葵ちゃんは私のことが…好きなの?」


「はい!とっても大好きです‼︎」


「んんっ⁉︎だから私に抱き着いたままなの?」


「それも有りますが、こうやって人を抱き締めていると、その人の温かさを感じて幸せな気分になれるんです。詩帆先輩もやってみます?」


「え⁉︎あぁうん。」


 私は詩帆先輩から手を離して背を向ける。


「さぁ先輩どうぞ!タイタニックの名シーンが如く抱き締めて下さい‼︎そして溺れましょう、愛の大海原に‼︎」


「ふふっ。向葵ちゃんは面白いね。この前まで大人しかったのに。」


 詩帆先輩はそう言って私を優しく抱きしめると、私の後ろ髪に顔を埋めて大きく息を吸った。


「スゥウウ…」


 ちょっとくすぐったい。


「向葵ちゃんの匂い…私好きだなぁ…。」


「ちょっ…ちょっとぉ⁉︎」


「うふふ。本当にこうやって抱き締めてみると、向葵ちゃんって温かくて柔らかくて気持ち良いんだね。照れた顔も可愛いし。」


 ぐ〜⁉︎なんか一瞬で立場が逆転された…。


 本当、詩帆先輩はこういうことを自然とやってのける。


 私はこんなにも気合を入れて一条先輩の真似をしているのに、背伸びをする私の一歩先を行くように、自然に微笑みかけてくる。


「向葵ちゃんの言う通り、幸せな気分になれる。光も本当に好きなんだね。向葵ちゃんのコト。」


「それでも私は詩帆先輩が好きです。」


「うん。分かってる。でもね、自分のことを好きでいてくれる人を蔑ろにしてはダメだよ。思わせ振りなのは私も良くないと思うけど、礼節を軽んじるのはもっとダメ。誰からも愛される人になれなんて言わないけれど、好きな心を憎しみに変えてはいけないの。例え思い合えなくても、向葵ちゃんが困っている時は必ず手を差し伸べてくれるから。だから光にはもう少しだけ優しくしてあげて。」


「分かりました…。どうして先輩はそんなに大人なんですか?」


「それはね…私も光も格好つけていたいんだ。特に、好きな人の前では。」


 それってどういう…。


 私が尋ねようと思った瞬間、ガラッと家庭科室の扉が開いた。


「二人で何やってんの⁉︎」


 入ってきたのは本多橙子先輩だった。


 少し泣きそうな目で私と詩帆先輩を見てくるその姿はまるで負けヒロインだ。


 私は詩帆先輩に抱かれたまま「どうだ〜羨ましいか〜?」という視線を送ってやるとズケズケと近づいてきて、私の首根っこを掴んで無理やり詩帆先輩から引き剥がした。


「南雲、ちょっと東海林のこと借りるわ。」


「いいよ。」


 って詩帆先輩もええんかいな⁉︎


 詩帆先輩はニコニコしながら私に手を振った。


「そんなぁ〜先〜輩⁉︎」


 そのまま引き摺られて家庭科室を出ると本多先輩に詰め寄られた。


「東海林!抜け駆け禁止って言ったでしょ!」


「本多パイセン、安心して下さい。抜け駆けはしてませんよ。」


「ウソだ⁉︎さっき詩帆と抱き合っていたじゃないか。」


「違いますよ。詩帆先輩に背後からハグされてたんです。私は詩帆先輩と仲が凄くよろしいのでこの程度日常茶飯事ですから。」


「何をぬけぬけと…。」


「パイセンも詩帆先輩とハグすれば良いのでは?」


「はぁ⁉︎」


「できないんですか?そうですよねー。陰では下の名前で呼んでるのに、いざ本人の前になると苗字で呼んでしまうヘタレパイセンには詩帆先輩とのハグなんて夢のまた夢ですよね〜。」


「このやろ〜煽りやがって‼︎私にだってハグの一つくらいできラァ‼︎」


 そう言って本多橙子パイセンは何故か私を正面から抱き締めた。


「パイセン?ハグする相手が違…」


 私が指摘しようとすると、家庭科室の扉がガラッと開いて…。


「二人ともそろそろ部活なんだけ…あらあらうふふ。二人とも仲良しさんなんだね?」


「えっ、あっ?ち、違う‼︎」


 詩帆先輩に見られたパイセンは焦っているので私はここぞとばかりに追撃した。


「照れないでくださいよぉ〜橙子先輩!私達ラブラブですよねえ〜。」


 私は目の前の本多パイセンにニヤニヤと笑いかけるとパイセンは私の耳元で囁いた。


「向葵、覚えてろよ。」


 それからの私事を離すと恥ずかしそうにその場を後にした。


「向葵ちゃん、橙子のことはもう良いの?」


「えぇ。どうやら用事で部活に来れないみたいなんで、お別れの挨拶をしてました。」


「それは残念。それにしても今日は向葵ちゃんモテモテだね。」


「まさか三人の美女からハグされるなんて思いませんでしたよ。」


「それで向葵ちゃんは誰が一番好きなのかなぁ?」


「もちろん詩帆先輩です!」


「何だか全員に言ってそうで信用できないわね…そうだ!文化祭に向けた書類作りをやってくれたら私の信用が上がるかもな〜。」


「そんな⁉︎私の愛を試すんですか⁉︎」


「私ね、橙子のこと見て少し嫉妬しちゃった。」


「全力で頑張ります!やらせて下さい‼︎」


「私も向葵ちゃんのこと大好きよ。」


 詩帆先輩は優しく微笑んで、何というかめんどくさい書類作業を上手いこと押し付けられてしまった。


 もう文化祭が目の前のせいで各部活は大忙し。


 うちの学校は奇妙な事に学年クラスに加えて部活でも出店が可能で、出し物が被っても問題ないのである。


 ちなみに今回の文化祭で家庭科部が何をやるのか私は知らない。


 どうやら先輩にはやりたい事があるらしくサプライズと言うわけだ。


 どうして私に隠すのかは分からないけど…。


 その後、書類を仕上げた私は生徒会に提出しに行く事にした。


 階段を歩いているとまた見知った人物が現れる。


「よぉ、向葵!」


「げぇっ…川崎先輩。こんちゃ。」


 金髪元ヤンの川崎英美里先輩だ。


「んだよいきなり、失礼な奴だなぁ。俺とお前の仲じゃねぇか。」


「それで、何か用ですか?」


「んだと?用がなきゃからんじゃダメか?随分とご機嫌に見えたから声かけたんだよ。」


「そう見えます?」


「見える見える。なんかにちゃにゃしてんもん。何かいい事でもあったか?」


「今日は美女三人とハグしたんですよ。」


「あぁそれでか…お前らしいな。それじゃあオマケに俺もハグしてやるよ!」


 そう言って川崎先輩は背後からハグしてきた。


「これで美女四人目のハグだ!どうよ?」


「いやぁ〜もう少し強めにお願いします。」


「こうか?」


「あぁ良い感じですねぇ〜これでノーブラなら完璧ですよ‼︎」


「お前なぁ…それ、セクハラだぞ。」


 川崎先輩の胸は大きくて気持ちいいのだ。


「何言ってるんです?英美里先輩と私の仲じゃないですか!」


「ここぞとばかりに下の名前で呼ぶな。」


「良いじゃんエミリィ〜私達同学年で友達だよねぇ〜。」


「学年は同じだが俺の方が一個上だ!そんで、これからどっかに行くんだろ?」


「忘れてました。書類を生徒会室に出しに行かなきゃなんですよ。」


「生徒会…か。分かった。俺もついてってやるよ。お偉い方に会うんだ、少しは気まずいだろ?」


「え?まぁ。お願いします。」


 気まずい…?


 緊張はするけども気まずくはない。


 ただこの人が付いてきてくれるなら心強いのは確かだ。虎の威を借る狐になろう。喧嘩を売るわけでは無いけれど、少しは堂々としていられるはずだ。


 先輩が問題を起こさなければ…。


「それで疑問なんですが、一番お堅そうで先輩と縁遠い様に見える生徒会室に行くのに何でそんなに乗り気なんですか?」


「まぁ、居るんだよ。知り合いが。」


 そう答えて川崎先輩は私の前を歩き始める。


 生徒会室の前に到着するとノックも無く「邪魔するぜ」と扉を開け、中に入ると会長の椅子に座っていたのは茶髪のギャルだった。


「よう!ギャル会長‼︎」


「何しに来たのよ田舎ヤンキー。」


 相生純恋会長…ギャルの身でありながらその圧倒的なカリスマ性で学校の頂点に上り詰めた才女。


 しかも川崎先輩とは対照的にめっちゃガン飛ばしてくる。


 川崎先輩に因縁でもあるのか?

 

「コイツの付き添い。ついでにお前の顔を見に来た。」


「どの面下げて私の前に…。そんで、君は何用?」


「あっはい。家庭科部の書類を提出に来ました。よろしくお願いします。」


「家庭科部…詩帆の所の。名前は?」


「はい、東海林向葵です!」


「それじゃあ向葵ちゃん、書類貰うからこっちおいで。」


「はい!」


 私は会長の近くに寄って書類を手渡した。


 会長さんは書類を受け取ると私のことをジッと見てから川崎先輩の方をチラッと確認する。


 それからもう一度私を見直すと、ニヤッと笑ってから私を背後から抱きしめた。


 ほほぉ…本日五人目のハグは会長さんか。


「英美里、この子意外と可愛いから私が貰っても良い?」


 なるほどなぁ〜私を人質に川崎先輩を煽ろうとしているのか。


 さて、川崎先輩はどう出る?


「クックック…。」


「何がおかしいのよ英美里。」


「純恋、知らないなら教えてやるよ。今日そいつがハグされたのはお前で五人目だ。そして…。」

 

「そして…?」


「向葵は巨乳ノーブラバックハグじゃないと興奮しない変態だ。」


「えっ…?」


 いやいや、決して生乳の感触がないと興奮しないとかそんなんじゃないですよ。


 もちろん普通のハグでも興奮しますとも。


 どちらかと言えば生乳の方が興奮するだけで。


 後、私は変態じゃないです。


「今のそいつの目を見てみろ。お前みたいな美人にハグされたってスンとしてやがる。」


「本当だ⁉︎」


 あれ?


 顔に出ちゃってます?


 そんなハズは…。


「分かったか?お前のまな板みてぇな乳じゃ向葵は落とせねぇよ!」


「誰が貧乳だこの乳牛ヤンキー!上等よ、やってやるわよ!」


 乗るな、会長ぉおおおお‼︎


 私の心の声も届かずに川崎先輩の煽りに乗せられま純恋会長は制服の下から己のブラジャーを剥ぎ取って見せた‼︎


 私が会長からブラジャーを受け取り、そっと自分の頭に乗せると、会長は私を背後から優しく、そしてしっかりと抱きしめた。


「あ、あの会長…当たってます!」


 もちろん何がとは言わないが。


「当ててんのよ。」


 あひぃ〜気持ち良い〜。


「いや、お前ら頭おかしいだろ⁉︎ってか向葵も興奮してんじゃねぇよ‼︎」


 役得役得〜。


「川崎先輩は知らないと思うから教えて上げるけど、乙女の乳輪からは人を幸せにする波動が出てるんですよ‼︎」


「そんなわけねーだろ‼︎」


「良いんですか先輩?このままだと会長に負けますよ‼︎」


「何でお前が煽るんだよ⁉︎」


「ほらっ!ブラジャー外して生乳で私をハグするチャンスですよ‼︎」


「そんな恥ずかしいことするわけないだろ!人に要求するなら先ずはお前がやって見せろよ‼︎」


 フッ…そこまで言われちゃあ仕方ねぇ。


 私は己のブラを外し右手でかざして見せた。


「なっ…デカい⁉︎」

「嘘でしょ⁉︎」


 驚く様を見た私は左手に握ったブツをトランプの手札の様に見せつける。


「「えっ⁉︎⁉︎」」


「パッドが六枚…」

「盛り過ぎだろ…」


 どうだ見たことか!


 これが私の虚乳マジック‼︎


 あ〜一度ブラジャー見せつけて「デッ」って言われたかったんだ〜なんかしょうもない夢が叶って嬉しい。


「クックック…先輩達、違いますよ。このブラ、盛れるブラでしかも肉厚パッド入りなんです‼︎」


 そう、今日の私のパッドの総数は八枚‼︎


 見たかこの巨乳への憧れを…って二人ともマジでドン引きしてる。


「なんかすまない…。」


 と川崎先輩が申し訳なさそうに言うので。


「先輩、同情するなら乳を出せ‼︎」


 私は痛烈なメッセージを送る。


 それから私は左手のパッドをスカートのポケットにしまい、右手に持っていたブラを会長の頭の上に丁寧に載せた。


 すると会長は川崎先輩に聞こえないくらいのトーンで私に喋りかけてくる。


「まさか君もこっち側とはね。後でそのブラとパッド借りても良いかしら?」


「ええ。お安い御用です。」


 この瞬間、私と純恋会長の間に奇妙な友情が生まれたことは言うまでもない。


 そしてノーブラになった私は生徒会長を抱きしめる。


「どうですか、会長?」


 私に胸を当てられた純恋会長は驚愕する。


「計ったな⁉︎向葵‼︎」


 更に私は自分の胸を強く押し付ける。


「そんな…私も仲間だと思っていたのに…。」


「ええ。残念ですがパッドはブラフです。そして…。」


 そう、手に持って見せただけで自分が使っているわけではない。


「やめて‼︎お願いだからその先は言わないで…‼︎」


 しかしブラはどうだ?


「今、先輩の頭の上にあるブラは…脱ぎたてです。」


「いやぁあああああ‼︎」


 残酷にも私と純恋会長の友情は一分も持たなかった。


 裏切られた会長は呆然としている。


 これは闘い、女の闘いなのだ。


「さぁ今です!川崎先輩‼︎」


 コレはチャンスだ‼︎


 純恋会長が怯んでいる内に倒すしかない‼︎


「今って何⁉︎」


「ブラをとって会長に抱きつくんですよ‼︎」


「何で俺が⁉︎」


「私に脱がせておいて今更怖気づくんですか?」


「ハァ…ったくしょうがねぇな…やってやるよ‼︎」


 私の安い挑発に乗ってくれた川崎先輩はするりとブラを外して、私が背後から抱き着いている会長を正面からハグする‼︎


 巨乳に挟まれた純恋会長は戦意を喪失した。


 見事なトドメだ。


「やりましたね、川崎先輩!会長に勝ちましたよ‼︎」


「えっ⁉︎まぁ…うん?」


 せっかくの勝利だと言うのに、英美里先輩は微妙な表情だ。


「会長、どんな気分ですか?」


「屈辱感でいっぱいに決まってるでしょ。」


「本当は?」


「悔しいけどオッパイに挟まれて凄く気持ちいい。」


 純恋会長は温泉に浸かるカピバラの様な表情でうっとりとしている。


「そうなんです‼︎オッパイは自分を幸せにしてくれませんが、誰かを幸せにできるんです‼︎」


 チラリと見ると、私の力説に川崎先輩は全く共感してなかった。


「恥ずかしいからそろそろ離れてもいい?」


「ダメよ英美里。もう少しだけそのままが良いわ。」


 純恋会長は少し真剣なトーンで言うと川崎先輩は黙ってただ抱きしめる。


「何だよ、俺のことまだ怒ってんだろ?」


「怒ってるわよ‼︎」


「なら…。」


「でも感謝してるの。」


「そうか。」


 私が会長を離した後も、ほんの少しだけ長く川崎先輩は抱きしめていた。


 この二人には私の知らない何かがある。


 でもそれは私なんかが立ち入っては行けない神聖なものだ。


 留年している川崎英美里先輩と方や全校生徒からの圧倒的な信頼を得ている相生純恋会長。


 同い年なのに違う学年。


 でも先輩後輩じゃない二人。


 ヤンキーとギャル。


 真逆の二人。


 今、二人の世界がここにあって、きっと私とは違うモノを見つめている。


 眩しくて羨ましい。


 私の知らない一年の積み重ねが二人にはあって、その差がまるで私と南雲先輩の距離の様に感じてしまう。


 私が一歩進む度に先輩達も一歩進む。


 永遠に埋まらない道程の先に何を見るのだろうか?




 書類提出の用も済んだので、去り際にブラとパッドを試してみますか?と会長に尋ねたら断られた。


「もう大丈夫よ。私の…私だけの巨乳を見つけたもの。」


 その言葉を聞いて私は会長のことをまな板だと思って侮っていた自分を恥じた。


 純恋会長は貧乳なんかじゃない品乳だ。


 それも中世の騎士の様に高潔な心を持つ品格ある貴賓乳である。


 生徒会室から出ると川崎先輩が私に尋ねてきた。


「お前は聞かないのか?俺と純恋の関係。」


「興味ありませんよ。知ってどうするんです?」


「ま、それもそうか。そんなことよりそのパッドどうしたんだよ?」


「あぁコレですか?今度家庭科部で文化祭の衣装を作るのに必要なので、南雲先輩に頼まれて持って来たんです。」


「なるほどな。お前がパッドを出してきた時、流石にビビったぜ。パッドの枚数で威嚇して来る奴は初めて見たよ。」


「先輩知ってます?パッドは盛るだけじゃなくて形を整える為にも使うんですよ。」


「そんぐらい知っとるわ…ってそう言うことか。わりぃ気を使わせたな。」


「そう思うならお礼に乳揉ませて下さいよー。」


「やに決まってんだろ。」


「純恋会長なら断らないんでしょ〜どうせ。」


「お前のそう言うところほんと嫌い。」


「私は好きですよ?先輩の素直なところ。」


「うっせ。そのセリフは詩帆のやつに言ってやれ。」


 もう言いましたよ先輩。


 でもそれを先輩に言ったところで何かが変わるわけじゃ無い。


 そんな捻くれた態度でいたら先輩は私の頭をポンポンと叩いてくれる。


「ま、頑張れよ」


 本当に察しのいい人だ。


 見えてしまうから真っ直ぐに歩きたくなる不器用さ。


 何故か私の周りには恥ずかしいくらい自分に素直で真っ直ぐで、好きな事に一途な人間ばかりいる。


 打算的なのは私だけ。


 少しでも気を引こうと駄々をこねる子どもの様に私は囀るのか。


 私が一番じゃなきゃ嫌だ

 私だけを見てくれなきゃ嫌だ

 私を好きでいてくれなきゃ嫌だ


 南雲詩帆先輩…あなたはどんな人が好きですか?


 私はまだ…それすらも知らない。







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