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6話 契約


「おい貴様、起きているか」


 ベッドに横たわっていると、誰かに起こされた。

 腹が何か柔らかいもので突かれる。


「ロカ……」


 翼が生えた黒猫。

 その肉球が俺の腹を踏んでいた。


「一週間ぶりだな。改めて、契約書だ。禁止事項やその他諸々が書いてある。目を通しておけ」


 俺はどこからかロカが出現させた書類を受け取り、目を通す。

 内容は地上で魔法を使うことを固く禁じるということが主。また、使用が認められる場合の例外について事細かに書いてある。だが、まあ基本的に使った場合は法的処罰があるということらしい。


 それからこちらは個人情報の保護等々についてだ。一応軽く目を通しつつも、よく見る普通のやつだった。俺が魔法を使用できる事などは書類上は記載されるが、基本伏せてくれる方針らしい。過去、魔法使用者を対象にした魔女狩りのようなことが起きた事件が起因だろう。


 そして最後に──探索者として活動する場合の契約書。


「貴様は、どうする気だ?」


 問いかけられ、即答ができなかった。

 口を閉じて思案する。


 正直なところ昨日までなら、少なくとも確実に断ると答えていただろう。

 でも今は──。


 俺は黙って契約書に目を通した。

 内容は以下の通りである。


 ・探索者はダンジョンの攻略深度によって階級(ランク)付けされる

 ・探索者は年に一定数のダンジョン探索及び、スタンピードへの参加が義務付けられる。

 ・報酬(給料)は固定給+成果で支払われる。

 ・階層踏破の際、【願い】の権利は協会側に寄与される

 ・情報保護を遂行することを義務付ける。

 ・ダンジョン内にて【神の眼】がない所での暴力、殺人、窃盗等の問題が起きた場合、自己責任として処理される場合がある。


 と、このような話だ。

 契約書から目を離すと、ロカがこちらを眺めていた。


「あのさ、ロカ。この固定給っていうのは契約した瞬間から貰えるのか?」

「いや。契約してから一ヶ月後だな。何だ? 金が入り用か?」


 疑問を投げると、ロカにその意図を探られた。

 俺は押し黙ってどう答えるか悩む。するとロカが先んじて言った。


「探索者になってすぐでも金を稼ぐ方法はあるぞ」

「本当か!?」

「ああ。一つは成果報酬だ。魔石を売ったり、後は配信でもらったりだ。まあ初めてすぐは微々たるものだがな」


 昨日の会話を思い出す。俺はあの時、亜美に失望の混じった目を向けられた。もし、俺が彼女に誕生日プレゼントを用意できたなら。その考えから、俺は話に食いつきつつあった。


 だが、微々たる金ではダメなのだ。


「……もし大金が欲しいなら、一階層を攻略しろ。二階層に行くと、探索者等級が上がってボーナスが手に入るぞ」

「それっていくらなんだ?」

「大体二十万ほどだな」


 二十万。それだけあれば亜美のためにそこそこ良いパソコンを用意できるだろう。

 希望が見えて、俺は目を輝かせる。そんな俺の様子を察知してか、ロカが釘を刺すように言った。


「言っておくがな。一階層の踏破は決して簡単じゃない。探索者のうち、凡そ四割が一階層すら踏破できずに七等級探索者として留まっている。金に目が眩む前に良く考えろ」

 

 浮かれていた気持ちが、一気に沈んだ。

 だが同時に当然だとも思う。金がそんなに簡単に稼げたら誰しも苦労したりなんてしない。


「ロカはさ。俺に探索者の才能ってあると思うか?」

「……吾は他人の才能を測るような悪趣味は持ち合わせてないのでな」


 俺は、沈黙する。

 探索者は、決して楽な世界じゃない。


 趣味として止めるならともかく、仕事にするなら話は別だ。


 ダンジョンの探索単体で金になるものと言えば、宝箱やレアドロップに遭遇した時くらいである。後はちまちまと魔石で小銭を稼いだりするくらいしかない。


 だからこそ、事務所に所属したり、大会へ出場したり、配信したりといった行動が推奨されているのだ。

 

「……なぁ、なんで俺ってもっと早く魔法に目覚めなかったんだろうな」


 ふと浮かび上がった思考が口から溢れた。


 いじめられている時、何度願っただろう。

 もし魔法が使えたら。こいつらを全員ひれ伏せてやるのにって。


 俺が魔法を使えたら、きっと俺はあのまま順風満帆に過ごせていた。

 あの時、取り囲まれて殴られて写真を撮られて脅されることもなかった。


 あの時魔法が使えていたなら……今もこうして、怯え続ける必要なんてなかったのに。

 

 どうして神は、苦しむ俺にもっと早く手を差し伸べなかったのだろう。


 ロカは俺の疑問に返答しない。

 代わりに、独り言のように呟いた。


「……吾は他人の選択に口出しはしない。だが、貴様は探索者になれ。……その方がいいと吾は思う」

 

 ロカが俺の薄暗い部屋を見渡す。

 そしてベッドから飛んで、カーテンを口に咥えながら引っ張った。


 俺の部屋に光が差し込む。

 朝の日差しだ。眠気のあった目が覚める。頭がスッキリする。


──今からでも、変われるのだろうか。


 あの時。

 腹を撃たれて血を流した時、死が近づいて初めて自覚した。


 俺は見返したいのだ。

 妹を、両親を、いじめた連中を、世界を。


 そのための地位と名誉と自信が、欲しい。


 迷いはもう消えていた。

 机からペンを引き出して、契約書にサインする。


「なあ、俺、やるよ。探索者。今からでも、全部ひっくり返して見せる」

「……そうか。なら、貴様は今日から探索者だ」


 ロカは不敵な笑みを浮かべた。

 表情の読めないその眼差しに射抜かれ、どんな顔をしたらいいのか分からない。


 けれど俺は差し出されたロカの前足に、コツンと拳をぶつけた。


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