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1話 引きこもり、ダンジョンに招かれる

──#%*¥


 何かにうなされて目が覚める。

 

 ベッドから身を起こして、しばらく目をパチパチさせた。視界に映るのは暗闇だ。暗い部屋には鼻につく埃臭さが蔓延している。


 俺は手探りでスマホを探し、電源をつけた。


 時刻は深夜一時。寝落ちした筈が、中途半端な時間に起きてしまったようだ。まだ、眠い。

 スマホの明かりをもとに、そこが見慣れた自分の部屋であることを認識する。

 

 机の上にある食べ終えたカップラーメンや食器。締め切ったカーテン。ボロボロの枕。埃の溜まった床。


 もぞもぞと布団から出た俺は立ち上がって、部屋を出る。


 廊下には明かりがついていた。誰かが消し忘れたのかもしれない。

 この時間は父さんも母さんも妹も寝ているはずだ。誰とも遭遇したくないな。そんな思いを抱えて、俺はひっそりと廊下を歩み出す。


 数歩進んだ起きだった。パタッとドアが開く音と共に廊下のトイレから誰かが出てきた。


「チッ……何してんのよ、タツシ」


 その人物から冷えた、氷のような怒りを帯びた視線が突きつけられる。目の前に立って通路を塞いだのは、一つ下の俺の妹だった。


 まるでゴミでも見るかのような吐き捨てた視線だ。これでも昔はお兄ちゃんと呼ばれて懐かれていたものである。最もその時の面影はもうどこにもないのだが。


 妹の稲木(いなき) 亜美(あみ)は今、中学二年生だ。


 彼女が俺を嫌う理由は実に単純で、俺が不登校になったから。同じ学校に通っている兄が不登校であるなど、揶揄われる要因でしかない。そこに思春期も重なって、俺は今こんな態度を取られているというわけだ。


 軽蔑に似た視線を叩きつけられ身を小さくする。

 そんな俺の反応をみて、彼女は舌打ちをしながら自室に戻って行った。


 俺は見逃されたのを確認して、そそくさとリビングへと向かう。棚から食料をいくつか腕に抱えると、俺は素早く部屋に戻った。




 ……家の外に出なくなって、もう半年が経つだろうか。

 俺は去年の冬ごろから始まったいじめが理由で学校を不登校になった。それからは立派な引きこもりをやっている。


 ベッドに寝転がると、モヤモヤとした感情が喉元にのぼってくる。



 頭にフラッシュバックするのは、いじめられていた頃の記憶だ。

 きっかけはいじめっ子たちと喧嘩になったこと。その時、俺は取り囲まれてボコボコにされ、裸で土下座する写真を撮られた。以降、脅され続け悲惨ないじめを受けた。


 まあ色々原因はあったけど。そうして、俺はある日から外の世界に出られなくなった。


 彼らに脅された時に撮られた屈辱的な写真。あれが今どうなっているのかは知らない。流出したとしてもガキの男でしかない俺の裸にさした価値はないし、拡散される価値もないだろう。


 だから……大丈夫。


 ──そう思わないと、耐えられなかった。


「亜美……」


 正直、あれほど嫌われていてもなお、俺は亜美のことが嫌いじゃない。

 むしろ関係を修復したいと思っている。なんせ亜美は俺が最初いじめを受けている悩みを告白した時、素直に信じてくれたのだ。それにどれだけ救われたか、言葉では言い表せない。


 だから──そんな彼女に嫌われている自分が情けなく思える。


 ああクソ……。俺は眠ろうとしていた体を起こした。自己嫌悪に陥るほど、眠りの奈落から意識が浮き上がってしまう。

 ベッド脇に置いてあったリモコンを操作し、冷房を強める。そして再び体を横にすると、寒さが眠気を誘った。


──$%!>


 その時、一瞬奇妙な音が聞こえた気がした。

 ……しかし、耳を澄ませてもその音はもう聞こえない。


 気にしなくていいか。


 意識が闇に消えていく。





「朝……あ、いや……昼頃かな」


 長い睡眠から目が覚める。大抵、昨日いつ頃眠ったのかは結局思い出せない。中々眠れなかった気もするし、案外パッと眠りについたような気もする。

 そういえば昨日はどんな夢を見たっけ。まあ、でも多分、夢の中でも家の中にいるのだろう。長らく外の、学校にいる自分の夢を見ていない。自分でも見たくないと思っているし、見るのが怖い。


 俺の両親は二人共、優しい方だと思う。

 優しいからこそ、二人とも俺が引きこもるのを許してくれている。でも、常に二人の目には社会復帰への期待を感じた。


 ……正直、学校に戻るなんてどだい無理だ。

 世界がどうなっているのか、もう興味はない。引きこもった際、学校関連の連絡なんかは全部削除した。幸いにもいじめっ子たちに俺の住所は知られていなかったから、今、何もかも考えずに過ごせている。


 引きこもって既に半年。世界は残酷で、現実は辛く、人は醜い。

 だから俺の居場所は、もうこの薄暗い部屋の中にしかない。

 

 俺は、不意に時計を確認する。


 十二時。お昼。随分と寝ていたようだ。社会が歯車を回している時間帯。

 そんな時間に、俺は何もしていない。社会の部品の一つですらない。俺はリビングへと向かう。玄関からは父さん、母さん、亜美、全員の靴が消えているのが分かる。


 一足だけ残った靴は俺のもの。

 それをチラッと見て、気が沈みながら俺はお湯を沸かしてカップラーメンに注ぐ。そしてそれを部屋に持って帰ると、パソコンを立ち上げた。


 始まるのは、俺の最近の趣味であるダンジョン配信を見ることだ。

 

 画面に映るのは推しのダンジョン配信者(・・・・・・・・)、三倉火 アマネ。


 スラッとした細い肢体に、目を引く可愛さ。赤髪のショートヘアは艶やかで、多くの人から美少女と呼ばれているダンジョン配信者である。



 ああいや。

 その前に、そもそもダンジョンとは何か。それを語るには五十年前……つまり一九七五年、突如世界中で真っ黒な禍々しい門が各地に現れた話まで遡る必要がある。


 原因は全く不明。しかし門の出現と同時に【善神の使徒】を名乗るアセット(・・・・)という存在が人類に姿を見せて、門についてこう述べた。


 曰く、これはダンジョンである。ダンジョンとは百階層まで続く、モンスターの潜む迷宮だ。もし人類がこのダンジョンの最下層まで辿り着けたなら。

 

──君たちの願いを、何でも叶えよう。


『は〜い! みんな元気ですか〜!』


 待機していた配信が始まり、一人の少女の活発な声がヘッドホン越しに響く。

 俺は彼女の配信を眺めながら呟いた。


「はぁ〜〜。可愛い……」


 最推しは他にいるのだが、彼女は配信頻度が少ないため、視聴している時間で言えばどちらかというとこの三倉火 アマネの方が多い。


コメント

・アマネちゃん!

・うおおお〜

・はじまった

・待ってた〜〜

・きた!

・アマネ最強! アマネ最強!


 彼女の配信の開始と共にたくさんのコメントが流れ出す。

 その配信の盛り上がりを主張するように、同接の数には5,124という数が表示されている。


 三倉火(みくらか) アマネ。

 チャンネル登録者四十万人を誇る、ダンジョン配信者である。


 一見四十万と聞くとそんなもんかと思われがちだが、四十万の数字はかなりのものだ。というのもダンジョン配信は神が運営する『DEVダンジョンエンターテインメントビデオズ』と呼ばれる専用のプラットフォームが独占していて、そもそも大手と比べてサイトの人口が若干少なめなのである。

 

『みんな来てくれてありがと〜! 今日はね、予定通りダンジョン配信をやっていくつもり!今いるのは十六階層だね。初めてくるから結構新鮮かも。見てあれ、でっかい金ゴーレム! アイテムおいしそ〜!』


コメント

・かわいい

・かわいい

・いつ見ても雰囲気のある古代文明って感じのマップだよなぁ

・今更だけどこの年齢で十六階層はバケモン過ぎる

・この階層って土系の魔物が多いんだっけ

・来週大会だもんね


『あ、そうそう。そうなんだよ、来週大会でさ〜、私の事務所もみんな魔法の練度とか上げてる所なんだよね。 私も復帰したばかりだし、早くみんなと戻れるように暫く一人で魔力調整しないと』


 彼女は軽快にトークを回しながら手に魔力を編んでいる。

 あれこそが探索者の資質である、【魔法】と呼ばれる力だ。


 鮮やかな緋色の魔力が彼女の身体の周りで揺らぎ、炎の蝶が舞い始める。


 三倉火アマネの炎の魔力。本当に、いつ見ても美しい。火の神に愛されている証拠だ。トークの良さ、探索者としての確かな実力、神からの強い愛、そうした才能の数々にたくさんのファンが虜になっている。


「凄いな本当。……あれでまだ十八とかだっけ。ダンジョン探索者の中だとトップクラスに若い上に、実力まであって」


 本当……俺とは全然違う。


 探索者になるのには、魔法という名の特別な資質が必要だ。いつその資質が目覚めるかは分からないし、だからこそ十六歳で魔法に目覚め、既に二年もダンジョンに潜っている彼女が羨ましくも思う。


 まあでも当然、自分が資質を得たとして彼女と同じような活躍が出来るとも限らないし。

 そもそもダンジョンなんて怖い場所に行こうとも思わない。


 俺はただ、この安全な部屋で。

 画面の向こうの彼女達を眺めているだけで満足だ。


──#$%*


 ……耳の奥でノイズに似た声が走った。

 次いで突如、胸が苦しくなる。


 昨日から何度か聞いた幻聴だ。

 不摂生が原因だろうか。嫌な感じだ。


 息苦しい。

 するとその息苦しさが、一瞬のうちに火のような熱さに変わる。


 熱ッ、熱イィ!? まるで熱した棒を押し付けられたかのような熱を、体の内部に感じ、声も上げれずに悶える。


 混乱と痛みの最中、俺は押し殺した悲鳴を上げた。


「っァアアアア!!」


 そして、その熱を感じてから一瞬も経たないうちに俺の意識は闇に溶けた。



 

 


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