二十二話 何事も代償は必要
「彼とのなれそめを聞かせろ、だと?」
「そうよ」
怪訝な表情を浮かべるタカナに私は頷く。タカナの彼氏の素性を確認すると同時に彼女の彼氏に対する好意を思い出させる…………これは一石二鳥の策だった。だからこそアキと話してすぐに私は街へと戻ってタカナの元へと訪れたのだ。
昨日は夜遅くまで彼女を説得していたせいか珍しくタカナはまだ寝ていたけれど叩き起こした。問い返す表情が険しいのはそのせいもあるだろう、多分。
「この場のいない人間のことなど気にしてもしょうがないだろう…………それに私はあの人のことはすっぱりと諦めると決めたんだ」
「その判断はまだ早いって何度も言ったでしょうが」
真面目な人間というのは厄介だ。一度それが正しいと確信してしまうとそれを私情では決して曲げようとしない…………昨日話した限りではタカナはその彼氏のことがどうでもよくなったわけではない。
別にアキへの好意はその他の人間への好意を上書きしてしまうようなものではない。あくまで一番の対象が彼になってしまうだけで、相対的にそれを小さく感じてしまおうともタカナの彼氏への好意が消えたわけではないのだ。
「大体彼とのなれそめ教えたところで何の意味が…………そういうことか」
頭が回る人間だけにタカナは私が説明する前に納得した表情を浮かべる。
「私のあの人に対する感情を再認識…………あわよくば燃え上がらせてアキよりも好きにさせようという狙いか」
「…………その通りよ」
私は素直に認めた。
「それが一番形として無難でしょう?」
タカナが元鞘に収まってアキとはいい友人のポジションになってくれるのが私としては一番障りがない。誰も不幸にならない解決法という奴だ。
「そんなに簡単に行くなら私はあんな醜態を晒していない」
「それはよくわかってるわよ」
他ならぬ私も醜態を晒した人間だ。アキへの湧きたつ感情は並大抵のものではない。それを上回る好意を抱けと言われても砂場で作った砂山を本物の山より高くしろと言われるようなものだろう…………しかしタカナと私では条件が違う。
「そう、つまりはあんたの彼氏に対する感情はその程度だったってことね」
「なに?」
私と違いタカナには彼氏がいたのだ…………それも軽い付き合いではなく本気で好意を抱いていた相手が。
「だってそうでしょう? そんなに簡単に諦められるってことはその程度の関係だったってことじゃない。他に好きな相手ができれば乗り換える程度のつもりだったってことでしょ?」
あからさまな挑発だしそれはタカナにだってわかるだろう。だけどわかっていてもこれは通じるはずだ…………それこそ本気でタカナがその彼氏のことを好きだったというのなら。
「そんなわけがないだろう! 私は本気であの人のことを愛していた!」
「なら簡単に諦めるんじゃないわよ」
目論見通り乗ってくれたタカナに私は突き放すように口にする。
「最後の最後まで足掻いてこそその愛情が証明できるってものじゃないの?」
「…………」
「今のあんたのそれは逃げてるだけよ…………結局はその程度の感情だったって証明したくないだけなんじゃないの?」
押し黙るタカナへと私は追い打ちをかける。実際問題どれだけ好きだったろうがアキへと抱く感情の前には霞んでしまうのは事実だろう。タカナは真実その彼氏のことを好きだったからこそ及び腰になってしまっているのだ…………どれだけ足掻いても彼氏への感情がアキへのものを上回れないなら、最初からその程度の感情だったということになってしまうのが怖いのだろう。
しかし、しかしなのだ。ここで諦めたとしてもそれは変わらない。結局はその程度の感情だったということになってしまうのである…………だからどちらも同じ結果になってしまうのだと私は突きつけている。
彼女の性格であればどちらでも変わらないとしても、自分自身で納得のいく方を選ぶはずだと確信して。
「そうか、そうだな」
受け入れるようにタカナは息を吐く。
「結果が同じだとしても楽な方向へ逃げるのは彼に対して不誠実だ」
「そうよ」
やれるだけのことをやった結果でなければ納得などできないものだ。
「わかったよ、私は諦めが早すぎた」
「わかればいいわ」
肩を竦めながら私は内心で一息つく。結局のところ感情の問題なのだから当人がやる気になってくれなければ意味がない。投げやり気味になっていたタカナが少しだけでも前向きになってくれたなら希望が持てる。
「で、彼とのなれそめを話せばいいのか?」
「まあ、そうなんだけど…………やる気になってくれたならちょっと待ってもらっていい?」
「なんでだ」
「どうせならアキもいる方がいいかと思って」
「…………なんでだ」
露骨に嫌そうな表情をマナカが浮かべた。
「理由には納得したが誰かれ構わず聞かせたい話じゃないぞ」
「そりゃそうでしょうね」
同じ立場なら私だって嫌だ。
「でもそういう話をあえてアキに聞かせるのも効果あると思わない?」
「む」
タカナが片方の眉を上げる。一理あると思ったのだろう。好きになってしまったアキに対して彼氏とのなれそめを話すのは普通に考えればやりたくないことだ。しかしやりたくないことだからこそあえて行えば心理的に距離を作れるかもしれない。
「ものすごく恥ずかしいんだが」
「だから効果があるんじゃない」
むしろそれが恥ずかしいと思えない方が問題だ。
「…………わかった」
しぶしぶといった様子でタカナは頷く。
「だが条件がある」
「条件?」
しかしすんなり受け入れたわけでもないようだった。
「私だけ話すのは不公平だ。君も話してくれ」
「私にはアキ以外の彼氏なんていないんだけど」
「それはわかっている…………だから彼の、だ」
意趣返しだというようにタカナが口端を上げる。
「私が彼とのなれそめを話す代わりに、アキと君のなれそめを話してもらう」
「…………経緯は大体話したじゃない」
私は誤魔化すように口にするが、当然それはマナカには通じない。
「それはただ何が起こったかの経緯であって君の感情まで交えたものじゃなかっただろう?」
「…………」
つまり赤裸々にその時の感情を口にしろということだった。
「私だって恥ずかしい思いをするんだから、君だって同じリスクを背負ってくれてもいいだろう」
友達なんだから、とタカナが私を見る。
「アキ達の前で?」
「そこは武士の情けだ。ここで話してくれればいい」
「…………わかったわよ」
私は大きく息を吐く。
聞かせるのがタカナだけで済むだけ、マシだと思おう。
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