二十話 大人であるからと言って面倒くさくないわけではない
「それじゃあ僕はどうすればいいんでしょうか」
「それお姉さんに聞いてしまうの、かしら?」
それでいいのかと問い質すようにノワールさんは僕を見た。
「お姉さんが答えを示すのは簡単だけど、アキ君はそれでいいの、かしら?」
「それは…………」
トランプで例えるならノワールさんはジョーカーだ。大抵の問題は彼女を切るだけ簡単に解決してしまう。そんな彼女に頼りきりになるのは言うなればすべてがジョーカーの手札でゲームを始めるようなものだ…………それが続けばすぐに虚しくなるだろう。
だから僕もこれまでの生活の中でノワールさんに頼ることは幾度もあったけれど、できる限り自分でやった後の最終手段として頼るようにしていたつもりだ。
その意味では自分に頼るのはまだ早い、とノワールさんは言っているらしい。まだ僕とマナカだけでもやれることはあるのだと。
「…………」
いつもならそれならもう少し頑張って見ます、とでも返すところなのだけど今回に限っては状況が違う。タカナその彼氏は僕の被害者とでも言うべき立場にあるし、彼女がここに居られる期限も限られている。
今回に限ってはすぐにノワールさんから答えを貰うというのも、仕方のないことではないかとも思うのだ。
「それならそう…………ヒントだけ、貰えませんか?」
「ヒント?」
「はい、答えじゃなくてヒントだけで」
折衷案というか、結局ノワールさんにうまいこと甘えているだけにも思えるけれど今はそれでも答えに近づく何かが欲しい。
「そうね、そう言うのも悪くないかも、しれないわね」
「それなら」
「でも、もう少し何か必要なんじゃ、ないかしら?」
「何かって…………」
「ヒントはそう簡単に手に入るもの、なのかしら?」
くすくすと、悪戯をするようにノワールさんが笑みを浮かべて僕を見る。
「アキ君が簡単に私に頼りたくないというのなら縛りは必要だと、思うのね」
「…………そうですね」
ただ求めるだけでヒントが得られるなら答えを求めるのとそれほど変わらない。しかし縛り…………ヒントを得るために代償が必要であるのなら安易に頼ってしまう頻度も減らせるだろう。
「それじゃあ、どうしたらノワールさんは僕にヒントを与えてくれますか?」
「それはもちろん決まって、いるわ」
「なんですか?」
「お姉さんを満足させてくれれば、いいだけよ」
「満足…………」
にこにこと笑みを浮かべて僕を見るノワールさんを見つめる。その僕の反応を待つ表情にはいつもの余裕があるようで、そうじゃない感情も隠れているように見えた。
「もしかして、最近ノワールさんの相手を僕ができていないから構って欲しかったりします?」
考えて見るとマナカと共にノワールさんを篭絡する試みをしていたはずなのに、イリーナの一件以降それは止まったままだ。あれからしばらくはイリーナと暮らすための対応に追われたありでそちらに構いきりだったし、それが落ち着いたら今回の騒ぎだ。
今二人きりで話しているのが久しぶりであるように、そんな機会はずっとなかったのだ。
「アキ君、お姉さんは…………お姉さん、なのよ?」
そんな僕を窘めるようにノワールさんがじっと見る。
「そんな子供のように拗ねたりは、しないわ」
「拗ねているんですね」
不思議と僕は確信できた。
「拗ねて、いないのよ?」
「ではそういうことにしておきますね」
追及するのもそれはそれで面白そうな気はしたが、今日僕はお願いする立場であるのだしやめておこう。
「…………アキ君は時々意地悪に、なるわね」
「そうですか?」
前に手を繋いだ時もそうだけど、普段年長者として振舞うノワールさんの可愛らしい面が見えると僕は強気になってしまうのかもしれない。
「まあそれはそれとしてノワールさんを満足させますね」
「なんだか少し怖い気も、してきたわね」
「そんなことありませんよ」
それにそんなこと言いながらノワールさんは期待するような表情だった…………しかしどうしたものだろうか。前と同じように手を繋ぐのでは芸がないし、やはり違うことを考えた方がいいだろう。順番を考えるとやはり次の段階…………。
キス、とか?
考えて見ると僕はノワールさんとまだキスをしたことがない。その先をしてしまっているのにキスはまだなのもどうなんだと思うけれど、あえて初々しいことかしていってノワールさんに意識させるというマナカの提案は一定の効果を示している。それを踏まえるとキスにももう少し段階を置いた方がいいだろう。
「…………」
「決まった、かしら?」
催促するようにノワールさんが尋ねてくる。正直考えはまとまっていなかったけれど、あまり待たせるのも雰囲気が無くなると思えた。
「ノワールさん、ぎゅっとしあいましょう」
だから僕はふと頭に思い浮かんだことを口にした。安易ではあるけれど手繋ぎと同じで単純な方が多分効果はある。
「ぎゅって、なにかしら?」
不思議そうにノワールさんが首を傾げる。とぼけているのではなく本気で意味が分からなかったような表情だった…………それがとても可愛らしく見えた。
「こういうことですよ」
「!?」
だから僕がその感情のままにノワールさんをぎゅっと抱きしめると、驚いたようにその体が僕の腕の中で跳ねた。
「な、なるほど…………こういうこと、なのね」
「はい」
驚きつつも納得したようなノワールさんを僕はもう一度ぎゅっと抱きしめる。
「ノワールさんからもぎゅっとしてください」
「こう、かしら」
促すとノワールさんも僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
「温かいですね」
「そう、ね」
お互いの体温が手を繋ぐ以上に伝わって来る。
「ドキドキしてます?」
「そんなこと、ないかしら」
「嘘つき」
僕はおかしそうに言った。否定してもノワールさんの胸の高まりは直に僕へと伝わっている。
「アキ君だってドキドキ、してるわよ」
「そうですね」
同じように僕の心臓が高鳴っているのはノワールさんに伝わっているだろう。だから否定はしなかった。
「しばらく、こうしていませんか?」
「…………アキ君がそうしたいなら反対、しないかしら」
「はい、こうしていたいです」
天邪鬼なノワールさんに僕は率直に答える。
そのまま僕らは満足するまでその体制でいた…………幸い、その間邪魔は入らなかった。
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