十九話 改めて指摘される徒労
「困ったことになってしまいました」
マナカとタカナが去った後に僕はアリサを抱えて家に戻った。精神的な疲労が原因かアリサは眠っておきそうになかったので寝床に寝かせておいた…………だけどそんな様子の彼女が珍しいのかイリーナが興味深そうに頬を突いたりしていたのでそのうち起きるかもしれない。
ともあれ久方ぶりに僕はノワールさんと二人きりのような状態になっていた。そんな状況で口にするのが愚痴のような相談というのは少し申し訳ない気がする。しかし早急に相談が必要な状態であるのも確かなのだ。
「アキ君は困りごとが多い、わね」
「…………すみません」
「別にアキ君のせいじゃ、無いわよね?」
「そうでしょうか」
僕が意識的に望んだことではないにせよ、僕が原因であるのは確かだ。
「アキ君の魅力がアキ君のせいになるのなら、アキ君に惹かれる側も惹かれる方が悪いってことに、ならないかしら?」
僕の魅力は万人を惹きつけるわけではない。だから僕の魅力が不可抗力ではないのなら、それに惹きつけられるというのも不可抗力ではなくなるのだとノワールさんは言いたいようだった。
僕は望んで誰かを惹きつけるわけではないし、惹きつけられる側だって最初からその意思があったわけではないだろう…………つまりはそういうことだ。
「少し自虐的すぎたでしょうか」
「開き直った態度でいるよりは、いいんじゃないかしら?」
「流石にそこまで厚顔にはなれませんよ」
もちろん想像するにそのほうが楽ではあったのだろうけど、残念ながら僕はそんな風に振舞って平然といられる人間ではない。
「ふふふ、そこがアキ君のいいところ、だものね」
「…………そうなんですかね」
優柔不断というか他人に気を遣い過ぎなだけの気もする。
「それで何を困っているの、かしら?」
話を本筋に戻すようにノワールさんが尋ねた。
「それはもちろんタカナさんのことです」
今現在僕に他の困りごとはない。
「というかノワールさんならわかってますよね?」
あの場にノワールさんは立ち会っていないが何かしらの方法で見てはいたはずだ。僕が頼めば見ないでいてくれることもあるが、そうでないなら僕の安全を確保するためにも動向は把握しようとするはずなのだ。
「アキ君の口から、聞きたいの」
そのはずなのにノワールさんは穏やかに微笑んで僕を見る。その必要のないことをあえて僕にやってもらう…………それがささやかな贅沢であるとでもいうように。
「わかりました」
僕は頷いて息を吐く。それでノワールさんが満足するなら安いものだった。僕はマナカと共に行ったタカナとアリサに対する特訓の内容とその結果を話す。
それはタカナの好感度を下げようとアリサの指示する罵倒を行ったが、結果として彼女の僕に対する好感度は下がることなく、むしろ年若すぎる彼氏との関係に疑問を覚えてしまったというものだった。
「と、いうわけなんです」
話しながらも僕は頭と心が痛んでいた。タカナにもその彼氏にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。僕とタカナが出会う事さえなければ何の問題もなく二人の関係は続いていたはずなのだから。
「うーん、それが何か問題なの、かしら?」
「大問題ですよ」
「でもそのタカナの言うことは一理あるんじゃない、かしら?」
「それは…………」
確かに客観的に見ればその通りなのは間違いないと僕も思う。いくら転生者であるといっても見た目が完全に子供であるのならやはりタカナくらいの年齢の人間が本気で付き合うのは問題があるように見える。
それであれば僕の方を好きになったほうが健全だ…………いや健全か? 考えてみれば僕も明らかに少女であるアリサに好かれている。もちろん僕はアリサを異性として見ることはないけれど、彼女を除いても僕は責任をとらなくてはならない異性が三人いる。
それはとても健全とは言えないし、タカナにその四人目になれと言うのはそれこそ先ほど否定したはずの開き直った行為だろう。
「やっぱり大問題だと思います」
「あら、そうなのね」
僕が答えると目を細める。
「その方が面倒はないと、思うのだけど」
「面倒とかそういう問題じゃないですし…………ここで諦めたら多分際限なくなるんじゃないかと思うんですよね」
よくよく考えてみればマナカの時点で僕は手いっぱいだったはずなのだ…………というか彼女に関してもなし崩しに責任をとるように求められた気がする。そしてその後は気を付けていたはずなのにアリサにイリーナと増えていった。
ここでさらにタカナもともなればその後は際限ないように思えてくる。
歯止めが必要なのだ。
「それにタカナさんがそれでよくても彼氏さんに物凄く申し訳ないです」
僕が受け入れればタカナはそれで割り切るかもしれないけれど、そうすると知らない間にフラれることになる彼氏がものすごく不憫だ。別に彼が悪いわけでもないのに知らないところで僕にタカナをとられることになるのだから。
「より魅力的な異性に出会ったなら仕方ないこと、じゃないかしら?」
「人間社会じゃそんな単純に済まないんですよ」
どうにもその点に関してノワールさんは疎いというか、常識を全く気にしていないようなふしがある。それは多分ノワールさんが社会を必要としていないからだろう。 その結果どんな面倒ごとが起ころうとも彼女は独力でねじ伏せられるし、自身の社会的評判なんてものをまるで気にしていないからだ。
「それならタカナを諦めさせるしか、ないわね」
「それがうまくいっていないどころか逆効果になってしまったって話なんですが…………」
僕の好感度を下げるはずがタカナは彼氏との関係を客観視してしまい、僕への好意をそれを正すための方法として解釈してしまったのだ。このままではタカナは僕への好意こそが正しいものと判断して彼氏に別れを告げてしまうだろう。
「それは方法が、間違っているわ」
「そうですか?」
僕はそれほどマナカの考えた方法が間違っているようには思えなかった。僕への好意を下げるというのは単純で確実な方法ではないのだろうか。
「前にも言ったと思うけれど…………アキ君に惹かれることはどうにもならないもの、なのよ?」
それこそ人格を作り直すようなことでもしない限りは僕への好意をどうにもならないと確かにノワールさんは言っていた。
「いやでも好意が憎悪に変わることもあるって言ってましたよね」
僕への好意が大きいからこそそれが反転した時には大きな憎悪になる危険があるともノワールさんは言っているのだ。それは僕への好意が下がるということでもあるのではないだろうか。
「強く惹きつけられているという意味では行為も憎悪も変わらない、ものなのよ?」
「つまり好意が憎悪に変わっても僕への執着は変わらないということですか?」
「そう、なるわね」
そういえば好意の反対は憎悪ではなく無関心だという言葉があった気がする。
「でも仮に僕への好意が憎悪になったとしたら…………タカナの彼氏に対する感情はどうなるんでしょうか?」
それで一番好きな相手が彼氏に戻るのなら、解決策の一つにはなるのではないだろうか。
「復讐者の物語って、あるわよね?」
「…………はい」
「復讐対象に対する憎悪が大きいほど、恋人であってもないがしろにする主人公は多いものじゃ、ないかしら」
「…………」
確かに恋人が止めても耳を貸さずにむしろ責めるみたいな展開は少なくない。それが復讐対象に対する憎悪の大きさに比例するのだとしたら、僕に対する好意が反転したタカナの憎悪はどれほどのものになるだろうか。
どうやらこの方法では解決策になりえないらしい。
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