十三話 正しいからといって認められるものではない
「ずいぶんとご機嫌な状態にしてくれたな」
「しょうがないでしょ」
タカナが目を覚ましたのはマナカが彼女を気絶させて三十分ほど経ってからだった。その間にマナカは念のために用意していたらしい特殊な紐でタカナを椅子に拘束していた。その上で固定の力も使っている
目を覚ましてそんな状態なら皮肉の一つも言いたくなるだろうけど、何の拘束もなしに目覚められてまた暴れられても困る。
「私は冷静だ」
「冷静じゃない奴も皆そう言うのよ」
表面上の冷静さをマナカは全く信じるつもりがないらしい。
「なら私の冷静さを君の力で固定すればいいだろう。抵抗せずに受け入れる」
「それで済むんだったらこんなことになってないのよ」
そうなのだ。マナカの力でどうにかなるなら彼女自身が僕を襲っていない。
「ならどうしろと言うんだ」
「現実を認めなさい」
残酷ではあるがきっぱりとマナカは告げる。
「あんたは洗脳なんてされていないの」
「…………」
マナカの時も今のタカナも結局は僕に惹かれているというその感情を認めることができなくて暴走した。マナカはノワールさんに無理やり止められてその後諭され、自分の感情に素直になることで落ち着くことができた。だから同じことをタカナにも求めているのだろうけれど…………彼女の事情を思うとそれは少し酷だ。
「えっと、マナカそれは…………」
「わかってるわよ」
流石に口を挟もうとした僕にマナカは不機嫌そうに答える。彼女のだって僕の言いたいことくらいわかってるのだけれど、他に方法がないから言っているのだ。
「一つ、聞いていいか?」
そんなやりとりに当のタカナが口を挟む。表情だけは落ち着いているように今も見える。
「なによ」
「その布袋は何だ」
その視線は僕へと向けられていた。
「見ての通りでしょうが」
「見ての通りだから聞いているんだ」
少し不機嫌そうに答える彼女の視線の先には布袋を被った僕の姿がある。小麦用の小さめの布袋に目と空気穴を空けただけの代物だ。鏡で確認したわけではないけれどそれが悪い意味で目を惹くものであるのは想像するに難くない。
「顔が見えない方が幾分かマシでしょ?」
僕がこんなものを被らされている目的はつまりそれだった。姿が見えなくとも魔力感知などで僕の存在を感じ取るだけでも影響があるのは確認できているけれど、それでも直接僕を見るよりはマシであることも確認されている。
一例としては僕を最初は直接見ていなかったアリサはここに押し掛けてくるまでに時間がかかっている。僕と直接相対して即日暴走した二人に比べれば違いは明らかだろう。
だから僕が顔を隠すだけでもタカナは抑えが利くようになるんじゃないかというマナカの提案の元の措置だった。
「…………ああマシだな、後はそいつの口も縫い合わせておけば完璧だ」
「ですってよ」
確認するように僕を見るマナカに頷いて返す。僕は会話に参加せずに黙って見守っているのが正解のようだ。
「で、そろそろ落ち着いて話せそう?」
「正直に言えばまだ落ち着き切ってはいないな…………あの布袋をはぎ取りたい衝動に駆られて仕方ない」
「それは私にもあるから我慢してもらうしかないわね」
あるのか、と僕も思うけれど横で黙って話を聞いているアリサとイリーナも時折僕の方を見てはもじもじとしている…………あれも僕の顔の布袋をはぎ取りたい衝動に駆られていたのかもしれない。
「尋ねるが、それがまともだとお前は思っているのか」
「まともではないわね」
マナカは素直にそれを認める…………認めちゃうんだ。
「でも恋愛ごとでまともじゃなくなるなんて前世の世界でだってあったでしょ? その最悪の例に比べればこれくらい可愛いものよ」
その可愛い行為で襲われる身としては溜まったものじゃないのだけど…………まあ、前世では殺されたことを思えばマシなのは間違いないんだけど。
「ちなみにアキの前世ではこれが原因で殺されたらしいわよ」
あ、それ言っちゃうんだ。
「これがチート能力であるなら前世でそんな殺され方をするはずがないと?」
「そうなるわね」
チート能力はこの世界に転生する際に神様から貰ったものだ。僕らは前世でチート能力は持っていなかったわけで、これがチート能力だというのなら僕の前世での死因にはなりえないのだという理屈が成り立つ。
何かの能力でもなんでもないのだ、僕のこれは。
「正しいかどうか判断しなさいよ」
「…………正しい」
答えてタカナは息を吐く。
「いや、正しいのは最初から分かっていた…………認めたくなかっただけだからな」
苦渋の表情で絞り出すようにタカナは口にする。なにせ彼女には恋人がいるのだ。僕に惹かれているという感情を認めるということは、その恋人に対する感情が偽物だったというようなもの…………その独白を僕は聞いてしまっている。
「事実は認めるが…………納得はし難い」
目の前の理不尽に対してタカナは顔をしかめる。彼女は理性的であるからか、自身に湧きだった感情と常識が乖離してしまっていることに納得ができないのだろう。常識的に考えて、一目惚れでここまで相手を好きになってしまうことなどありえないのだから。
「別におかしいことでは、ないわよ?」
それまで無言で見守っていたノワールさんが不意に口を開く。
「それはどういう意味です?」
「そのままの意味、なのよね」
タカナにとってノワールさんはまだ未知の存在のはずだ。この島の環境を維持する実力者としてマナカに紹介されているはずだけど、実際にその実力を見て確認したわけでもなく素性もよく知らない他人。だからこそ遠慮なく向けることのできた警戒するような視線に、ノワールさんは変わらぬ穏やかさで答える。
「魅力的な相手がいたら惹かれる…………それは恋人や夫がいようとどうしようもない自然なもの、なのよね」
「それは道徳的に問題のある発言です」
「そうね。でもそれが社会的に問題のあることであったとしても…………惹かれることは、止められないわよね?」
なぜならそれは惹かれたいと思うから惹かれるわけではない。自分の意思とは関係のない本能的な反応なのだ。
「惹かれても、理性で止めるもののはずだ」
「理性で止められる程度のものであれば、よね?」
「…………」
その範囲に収まっていないからこうなっているのだ…………それに僕相手に限らずとも前世では不倫は珍しい話と言うわけでもなかった。人は往々に本能が理性を上回ってしまう生き物であるのは間違いない…………僕としては間違っていて欲しいけれど。
「それでも、止めなくてはいけないのだ」
「そう」
その意思をノワールさんは否定しなかった。
「ならそれを証明して見せると、いいわね」
否定しないまま、焚きつけた。
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