八話 客観的に見ると同族嫌悪
「まだ納得いってないって顔、なのね」
「…………それは、はい」
生じる犠牲よりもそれによる世界の変化を優先する自分勝手な神。つまるところノワールさんはあの少女の神をそう評しているのだけど、それは僕のイメージと合致しない。あの神様は使命を拒否した僕にノワールさんという保護者を紹介してくれた上に、おまけとして努力の才能までくれたのだ。
僕の他にも転生者はたくさんいるのだから、使命を放棄した時点で僕のことなど切り捨てても構わなかったはず。それなのに色々と配慮してくれた僕に対する慈悲深さがノワールさんの話す印象とまるで違うように感じる。
「あれは気に入った存在には優しい、のよね」
僕の内心を読んだようにノワールさんが言う。
「お姉さんに与えられた義務にしても、そうよ」
「義務って言うと…………人種の絶滅を阻止するっていう?」
「そう人種、なのよ…………絶滅を阻止しなくてはいけないのは人種、だけなのよね」
ノワールさんは人差し指を一本立てる。
「あれがこの世界で守りたいのはたった一種、なの。それはアキ君たち人種だけで、お姉さんのような長命種や短足種に獣人種のような亜人は含まれていない、のよね」
「…………」
僕はこの世界に生きる種族のことをほとんど知らない。だから人種というのはこの世界で文明国家を形成している種族全てのことを示していると思っていた…………けれど違ったらしい。神の代行者であるはずのノワールさんの種族すらそこに含まれてはいなかったのだ。
「お姉さんが助ける義務があるのは人種だけ。たとえ同じ長命種が滅ぼうとしていても助ける義務はない…………正確には助けることが許されて、いないのね」
「なんで、ですか?」
それはあまりにも残酷な話に聞こえる。
「お姉さんに与えられた力は強すぎるの。だからお姉さんが介入すればどんな問題だって解決して、しまうのね。でもそれじゃ問題を常にお姉さんに頼るようになって成長が無くなる…………それじゃあ面白くない、みたいなの。だからお姉さんには果たすべき義務以外で世界に大きな影響を与える行動ができないように、制限がかけられているのよ」
だから例え同胞が滅びる事態になってもノワールさんは動けない。動けるのは人種が滅びそうになっている時だけ…………そしてその人種ですらお気に入りであっても大切ではないのだろう。そうでなければ滅亡が確定するまで助ける必要がないなんて判断しないはずだ。
「現状一部を除いてほとんどの亜人は人種の国家の一員として生きているのだけれど…………それは人種と共に暮らすことを選んだ亜人たちだけが生き残れた、からでもあるのね」
「…………」
眩暈がする。この十年寄る辺にしていたものが全て崩れ去ったような感覚だ。
神という存在にあったことがあるというのは、僕の新しい人生において大きな支えでもあった。神様なんで前世では想像の中で縋るしかないものであったけど、それが実在すると知っているなら遥かに高位の存在が自分たちを見守ってくれているのだと安心できた…………けれどそうではなかったとのだと僕は知らされてしまったのだ。
この世界で人種は滅ぶことはないかもしれないけれど、どれだけ過酷な目に遭わされようともそのほとんどに救いはやって来ないのだと。
「大丈夫、だからね」
そんな僕をノワールさんがそっと寄り添い抱きしめた。
「アキ君はお姉さんが守るから、絶対に」
「…………ノワールさん」
彼女は僕を守る義務をあの少女の神から与えられている。だからノワールさんの僕への好意に関わらずその言葉を違うことはないだろう…………でも、僕が守られてもこの森の外の世界は滅亡寸前まで放置されるのだ。
ノワールさんは最後には自分が何とかするから大丈夫と僕を安心させたくて話を始めたのだろうけど、結果として僕は大きく打ちのめされただけだった。
「大丈夫、だからね」
けれどぽんぽんと優しく僕の背中を叩くノワールさんに僕は何も口にできない…………それくらい僕はもう疲れてしまっていたのだ。
だから、しばらくただその優しい感触に僕は身を委ねた。
◇
アキ君が帰って行ってしばらく私は自分の広げた手を見つめていた。あの子を抱きしめた感触は今も残っている…………とても心地よく、それは私の胸の奥にこれまでなかった充足感をもたらした。
「アキ君はかわいい、のよね」
愛おしくて絶対に離したくないと思わせる…………彼が気分を落ち着いて自宅に戻っていくのを引き留めないように、私は最大限の自制をする必要があったくらいだ。
本当はそのまま三十年くらいは肌身から離さずにいたいくらいだったけれど、アキ君は私の領域から出ることはないのだと強く意識してその気持ちを誤魔化した。
「焦る必要はないの、だからね」
私たちには長い時間がある。この十年アキ君の心が回復するのを待ったように、焦らずじっくりとその距離は縮めればいい。
私は自身の力をそれほど自由に使うことはできなかったが、今はアキ君を守るためであればかなり自由に使うことができるのだ…………このアキ君と二人だけの聖域を侵すことは誰にもできない。
「ふふふ、まさかあれに感謝する日が、来るなんてね」
私は思わず笑みを漏らす。アキ君は私があれを嫌っていると思っているだろうけど、正直なところ私はあれを好きではないが嫌ってもいない…………というより嫌う意味を感じていないと言ったほうが正しい。なにせあれは精神構造が私たちと変わらなくとも上位存在であるのには違いないのだ。
長命種が短命種を未熟な種族として子供のように扱うように、アキ君と同じく個体認識されている私であっても同様に思われている…………仮に私があれの手を噛むことに成功したとしても、遂に自分の手を噛めるくらいに私が成長したかと喜ぶだけなのが目に見えていた。
嫌がらせをそうと認識できない相手に無駄な労力をかけるほど、私は精力的な存在ではないのだ。
「だからこそアキ君は私が守って、あげなくちゃね」
あれに気に入られるなど碌なことはない。あれがアキ君に色々と世話を焼いたのはアキ君のことを一目見て気に入ったからだ。だからこそおまけと称して彼に小さな力を与えてマーキングを施した。
そのマーキングによってアキ君は死ねばあれの元へと引き寄せられることになるだろう。そしてその成長を確認したらこの世界に再び転生させられる…………あれが満足するまで繰り返し何度でも。
だからこそ私はアキ君に不老の妙薬を飲ませたのだ。アキ君はその衣食住を私に任せていたから飲ませるのは簡単だった。それは本来であればこの世界の大きな影響を与えると判断されるものではあったけれど、アキ君を守るための行動なのだから制約はかからない。
そしてアキ君を自身から遠ざけるようなこの行動に対してもあれは何も思わないだろう。アキ君が転生することなく成長する期間が延びたとくらいにしか思っていまい。
だから今の問題は、外の状況だ。
アキ君がそれを知りどうにかしたいと思ってしまっていることこそ問題だった。私がさっさと魔王やその軍勢を屠ってしまえればいいのだけど、残念ながら私がそれを出来ないのは本当の話だった…………もちろんアキ君のことがなければ、私はきっとそれが可能でもぎりぎりまで放置していただろうけど。
「どうしたもの、かしらね」
一番簡単なのはアキ君の記憶を消すかその興味をまた強制的に失わせることだけど、それはできればしたくなかった。いくら私の力であってもそれは永遠に続くものではない。
いつかそれは解けてしまうだろうし、そうなった時の私に対する失望は一度目の比ではないだろう。それもまた時間が過ぎれば解決してくれることではあるけれど…………それが永遠の時間ではないにしてもできればアキ君から嫌われる時間はない方がいい。
「なにか安心させる材料が、いるわよね」
私という保険ではやはりその安心材料にはならなかった。そうなるとやはり外の連中が自力で魔王を何とかできるという事実が必要だろう。アキ君が微力を尽くさなくても大丈夫と思わせるような安心材料が必要なのだ。
「まさか、私が転生者を応援する、なんてね」
そしてそうなると結局転生者を使うしかない。私にとってこれまであれが送り込んでくる転生者などどうでもいい存在だったが、アキ君との生活のためにも今後はうまく有効活用する必要があるようだ。
とりあえず、転生者に関する情報を更新するために私は動くことにした。
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