十二話 好意を塗り潰す激情
僕も魔法をマナカから習ったからタカナのやっていることが異常であるのがわかる。あれは多重詠唱と呼ばれるものだ。
やっていることは複数の魔法の術式を同時に構築するというだけだけど、術式は紙に書くわけではなく体内で構築されるものなのである。なので明確に場所で書き分けることもできず体内で術式が重なり合ってしまうし、その上で複数の術式を同時に構築するというのは両手で別の絵を同時で書くような器用さが求められる…………つまり普通は無理なのだ。
マナカもやろうとするなという戒めの意味で僕らにその存在を説明していた。
しかし逆に言えば普通でなければ出来るわけでマナカは多重詠唱が出来ていた…………正確にはそれと同等の魔法の行使が彼女には出来る。
マナカの場合は構築した魔法を固定の力で留めておいて、その上でさらに別の魔法を構築するというものだった。それらを同時に解放すれば多重詠唱と同じように複数の魔法を同時に起動できる。
しかしタカナのそれはどう見ても正攻法だ。
恐らくは正しさを判別するという彼女のチート能力。それでどれだけ複雑で難易度が高くなる多重詠唱であろうと正しい構築法を判別して成功させているのだろう…………つまりわかっていたことだけれど、魔法の初心者で才能もアリサにすら劣っている僕が力でどうにかなる相手ではないということだ。
「…………」
それでも、僕はタカナに対して何の対抗手段も持たないわけじゃない…………僕の強みは二つある。
そのうちの一つは今も多分僕を殺そうとタカナの放っている、僕が理解もできないような効果の魔法を防ぎ続けているノワールさんという存在…………そしてもう一つはこの事態を引き起こしている元凶ともいえる僕の魅力とやらだ。
元凶も元凶なのだけど、それはつまりタカナに対して僕の魅力が有効であるともいえる。彼女を止める可能性がある方法はそれしかない。
「タカナさん」
イリーナの時を思い出し、感情を込めるようにタカナの名前を呼ぶ。それだけで一瞬彼女の動きが止まって動揺がその顔に浮かぶのが見えた。
「黙れっ!」
自身に浮かんだ感情を誤魔化すようにタカナが炎の魔法を生み出し僕を包み込む。多重詠唱で重ねがけされたそれは僕の視界全てを赤で塗り潰しても消えようとしない。対象を燃やし尽くすまで消えない炎なのかもしれない。
ただもちろんノワールさんの加護のある僕はその熱を感じることすらなく無傷で耐えきる…………しかしタカナからすれば僕の姿を自分から見えなくする意味もあったのだと思う。
「どうか僕の話を聞いてください」
だが声はそれでも届く。
「黙れと言っているはずだ!」
さらに重ねられたのは風の魔法。それは僕を焼き尽くそうとしていた炎と融合して灼熱の竜巻となって荒れ狂う。それは僕の発した声をも巻き込んでしまいタカナへと届けなくしてしまっただろう。
しかしそれに対処するのは単純にこの炎の竜巻から出るだけでいい。ノワールさんに守られている僕は炎の熱も竜巻の影響も受けていない。多分まっすぐ歩くだけで出られるはずだ…………しかしそれはタカナの警戒心をより刺激するだけになる気もする。
それをやれば僕はどう考えてもより異常な存在として捉えられることになり、説得の声もますます届かなくなるような気がするのだ。
「…………」
だから僕は目を瞑り精神を集中する。タカナは惑わされないために僕の姿と声を彼女に届かないようにしたのだろうけど、本来戦闘でそれは自らを不利にするような行為だ。なにせ単純に相手の存在を自分から掴めなくするのだから。
それをタカナが構わずそれを実行したのは、目と耳に頼らずとも僕の位置を把握できるからだろう。彼女ほど熟達した魔法使いの魔力感知であれば、アリサのような例外でもない限りその位置を常に把握できる。
だから、僕のやることは一つ。
その魔力感知を手助けしてあげること。精神を集中して僕自身の魔力の反応を高めることでその存在をタカナに知らしめる。本来ならそれは何の意味もない行為であるはずなのだけど、アリサという例を見るに効果がある…………あってしまうのだ。
「んっ、あっ…………なんだこれは!?」
困惑するタカナの声が聞こえたのは炎の竜巻が消えたからだ。顔を赤らめて困惑する彼女の姿が見える。僕を魔力感知し続けたことでより強く僕に惹かれてしまったからだろう。
「ぐうぅっ…………まさか魔力そのものが汚染源か!?」
実際そう思われてもおかしくない効果が出ているから僕も否定できない。というかタカナのような反応を見ると本当にただ僕に惹かれるだけでこうなるのだろうかという疑問も浮かんでくる。
「タカナさん、僕にはそういう力はないしあっても使う気はありません…………落ち着いて話し合いに応じてくれませんか?」
「ぐうううううううううううう!」
何とか彼女を宥めようと声をかける僕にタカナは強く自身の唇を噛む。血が滲むというか噛み切ったように彼女の口の端から血が流れた…………気付けなんだろうけど明らかにやり過ぎているように見える。
そんなにか、そんなになのか。
「いやあの本当に僕は何もしてないというかなにもしたくないんです!」
それでも僕にできるのはそれを訴えていくことだけだ。僕に好意を抱くということはその言葉も肯定的に受け止め易くなるということでもある…………その効果に期待して僕は声をかけ続けるしかない。
「だったら!」
それに張り裂けるような声でタカナが叫ぶ。
「お前の言う事がもし本当だとしたら! 私の今のこの気持ちが本物なのだとしたら私はどうなる! 私は彼のことが本当に好きだった! 愛していた! それなのに今日初めて会ったばかりのお前に対する感情の方が強いんだぞ! これが本物なのだとしたら私は自分自身がどうしようもない尻軽だと認めることになる! 彼への愛が所詮その程度の偽物だったと認めることになるんだぞ!」
魂の底から絞り出されたような絶叫に僕は何も言えなくなる…………マナカやアリサには恋人はいなかった。だから最初は洗脳を疑ったマナカもノワールさんに諭されて落ち着けばその感情を素直に認めることができたのだ。
しかしタカナは違う。彼女には僕に会う前から恋人がおり、その相手に対する感情が強ければ強いほど僕に対する感情を認めるわけにはいかなくなる。それを認めれば恋人に対する愛情は偽物だったということになってしまうからだ。
どうしよう、わかってはいたけれど物凄くいたたまれない。
出来ることなら僕への感情など忘れさせてあげたいところだけれど、ノワールさんが言うにはそれをやればほとんど今の人格を殺して正常に見える人格へと塗り替えるようなことになるのだという。いくら見た目上は正常に戻るといっても倫理的にそんなことはできない。
じゃあ僕はどうすればいい?
開き直ってその恋人のことを忘れさせるくらいに僕を好きにさせるというのはそれこそ最低だろう。
「わかりました、好きにしてください」
それであれば今はタカナの好きにさせるしかないと僕は思った。どうせ僕はノワールさんのおかげで殺されることはないのだから、彼女の気の済むまで僕を殺す試みを続けてもらうしかないだろう。
気が晴れるのかどうにもならないと疲れ果てるのか…………いずれにせよ話し合うのはそれからしかない。
「観念するのならば自殺しろ」
「…………それはできませんよ」
僕にはノワールさんたちへの責任がある…………目の前の彼女に対しても。そりゃあ死ねば色々と楽になるだろうとは思うけれど…………いや僕の場合はあの少女の神にまた転生させられる可能性が高いんだったっけ。
気に入れられているからそう簡単には解放されないだろう、みたいなことをノワールさんに言われた気がする。
「まあいい、どんな防御手段を使っているかは知らないが…………解析して必ず殺す」
「殺さなくていいわ」
不意にマナカの声が聞こえたと思ったら、タカナが前へと倒れてその後ろに彼女の姿が現れた。
「よく時間を稼いだわね…………気も削がれてたしおかげで簡単に後ろをとれたわ」
「ええとマナカ…………その」
「謝る必要はないわ」
謝罪しようとする僕をマナカは留める。
「こうなる可能性は事前にタカナには散々忠告したし…………結局止めきれなかったのは私だもの」
「いやそれはそもそも僕が…………」
「そんなことより問題はこれからのことよ」
不毛な謝罪の試合を遮るようにマナカは倒れた自分の親友を見やる。
「本当に、これからどうすればいいのかしらね」
困ったように呟くマナカに、僕も答える言葉を持たなかった。
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