十話 真面目にやるだけ無駄なこともある
精緻の魔術師とタカナを最初に讃えたのは連合軍に所属しているベテランの魔術師たちだった。連合軍に所属した私たち転生者は最初の訓練として彼らから魔法を教わっていたのだ。
私たちには神様から与えられたチート能力があるけれど、それらは尖った能力のことが多くて汎用性が高いものは少なかった。だからその穴を埋める魔法は必須技能…………というか最低でも回復魔法くらい自分で使えるようにならないと生存率は低くなる。
魔法の才能が全くなければどうしようもないが、ある人間はまずそれを習熟するのが当初の方針だった。
そうして魔法を教わっていく中で真っ先に頭角を現したのがタカナだった。当時は彼女のチート能力はハズレと目されていてたのだけれど、構築した術式の正しさをその力で判断することによって瞬く間にほとんどの魔法を完璧な形で習熟。さらには元々の術式をより高度なものへと改良するための正しい形を判断するなどその力を見事に応用していた。
結果としてタカナはこの世界でも最高峰の魔法使いとなった。その術式の精緻さは異名として称えられるほどであり、何よりも厄介なのは彼女が常に正しい選択肢を選べることだ。
いかなる攻撃に対しても彼女は正しい選択肢を知ることができる…………最強の魔法使いが選択を誤らないのだから負けるはずもない。
だが、私はこの場で彼女に勝たなくてはならないのだ。
その為にはまず彼女の幻影魔法を打ち破る必要がある。その為の方法として最も手っ取り早いのは魔力感知だ。私はすぐにそれを行う。
「ああもうっ!?」
しかしその魔力感知の反応に私は顔をしかめる。タカナの反応はあった…………が、その数があまりにも多すぎる。森の中に十以上の反応がある上に目の前の明らかに幻影とわかっているものからも反応があった。ダミーだ。自身と誤認させるダミーの魔力を森中に放って自身は気配抑えて身を隠す。魔力感知されることを逆手に取った隠形の基本だ。
もちろんダミーはあくまでダミー。魔力感知の精度を高めてある程度の時間をかけて精査すれば本物を見つけることはできるはず…………それが普通の相手であれば、だけど。精緻な魔術師と呼び称されるタカナのそれを見破るのは私であっても簡単ではない。
「ならとりあえず吹き飛ばす!」
私はストックしておいた魔法術式の中から集団制圧用術式を選んで固定を解除する。
それは大きな破壊をもたらすことなく複数対象をまとめて撃ち抜ける…………言うなればマルチロックオンレーザーを発射するような魔法だ。非殺傷の制圧が目的の魔法なので威力は弱いがダミーを吹き飛ばすだけなら十分だ。
魔力感知で得た情報を即座に術式へと私は組み込む。
「雪崩星」
魔法が発動し、私を中心にして放たれた無数の光が森中へと散って行く。並行して行い続けている魔力感知は対象の反応が一つずつ消えていくのを感じ取っていた。ダミーは動けないから避ける対象がいればわかりやすいのだけれど、流石にタカナもそんなミスはしない。
やはりダミーに紛れて自身は気配を抑えることで感知から逃れているのだろう。
「っ」
消したはずの反応がまた増えていく。けれど本物と思わしきタカナの気配は感じられなかった。いくら気配を抑えていてもダミーを生み出すために魔法を使えばその気配は感知できるはずだ…………だとすれば最初のダミーと同時に時間差で機能し始めるものを生み出しておいたのだろう。
私の行動は完全に予想済みだったわけだ。
「…………」
とはいえいくらタカナでもこの短時間でそう何度も時間差で発動するような仕掛けはできないはず。今感知出来た追加のダミーも消してしまえば今度こそ障害は無くなってタカナ本人の居場所を…………ちょっと待って。
私は自分が考え違いをしているのではないかとふと考える。タカナは私に居場所を掴まれないようにしているけれど、その目的はなんだ?
タカナは私を制圧してこの島を出ると言っていたのに初手で逃げを選んで攪乱のためのダミーまで仕込んだ…………もちろんいくらタカナであっても正面から私と戦うのは厳しい。
だから不意を狙うために一旦姿を隠したとも考えられるけれど、私が雪崩星を使ったその瞬間は考えてみれば狙いどころだった。それなのに正しい判断ができるはずのタカナは狙ってこなかったのだ。
「もしかして、全部ブラフ?」
そもそも目の前で私を制圧すると宣言したことそれ自体が、私の思考を誘導するものだったのではないだろうか。それがあったからこそ私は他の可能性を考えることなくタカナを逆に制圧しようと考え、下手に動いて不意打ちされないようにまずダミーを消す選択に至った。
そのせいで私はこの場を動けずに釘づけにされている状態だ。
「まさか!」
遅まきながら私はタカナの狙いに気づく。そしてすぐに全力で走り出す…………アキの家に向かって。
アキの命の安否に不安はない…………しかし下手に手を出せばタカナは死ぬ。
◇
壁をぶち破ってタカナを家の外に追い出したマナカは、そのまま遠くへと彼女を連れて行ったようだった。僕らを巻き込まないための判断なのだろうけど、おかげでどうなっているのかまるでわからない。
「とりあえず壁は直して、しまおうかしら?」
「えっと、ちょっと待ってください」
ぶち破られた壁を直してくれようというノワールさんを僕は止める。
「あらどうして、かしら?」
「それは、ですね…………」
答えようとして自分の中にその答えが定まっていないことに僕は気づく…………何となくだけれどここで壁を修復してしまうのはマナカとタカナの争いから目を背けることになるように思えたのだ。もちろん壁に穴が開いていたって二人の姿は見えないけれど、そこを閉ざしてしまうことに僕は抵抗を覚えていた。
「ノワールさん、僕が二人を止めようとしたらどうなるでしょうか?」
「あら、アキ君ならそれくらいわかる、わよね?」
「…………はい」
聞くまでもないことだった。マナカの時のことを思い出せば僕が顔を見せても収まるどころかタカナを余計に興奮させるだけだろう…………それどころか僕を庇うことでマナカが窮地に陥る可能性だってある。
「アキ君は二人を止めたいの、かしら?」
「それはそうですよ…………僕が原因なんですから」
マナカにとってタカナは大切な友達であり、こんな辺境まで彼女を心配してやって来たのだからタカナにとってもそうだったのだろう…………その二人が僕のせいで争っているのが気にならないはずもない。
「お姉さんが止めてあげても、いいのよ?」
「それは…………」
魅力的な提案に僕は戸惑う。ノワールさんの力であれば力づくでタカナを止めることは可能だろう…………実際にマナカの時はそうしてもらっている。しかし今回に限ればそれでいいのだろうかと僕は思ってしまうのだ。
マナカのことを思えば後から禍根が残りそうな解決方法はしたくない。
「そう、頑張るのね」
そんな僕の迷いから読み取ったのかノワールさんは何も聞くことなく納得する。
「それならお姉さんは彼女に何もしないわ…………アキ君が頑張って、ね」
「ええと、はい」
励まされて僕は戸惑いながら頷く…………何というか普段はのんびりとしたペースのノワールさんの応答が早いというか見切りが早い?
「頑張らなくても私が君の息の根を止めてやるとも」
その理由はすぐに聞こえて来た。
「た、タカナさん?」
「わ、私の名前を気安く呼ぶなっ!」
動揺と怒りの混じった声が聞こえる。しかしその姿が見えない。声も周囲から響くように聞こえてその位置が全くつかめなかった。
「あの、話し合いませんか?」
とりあえず僕は声をかける。
ドガァァッ!
何が起こったのかわからないけれど、僕の頭の付近で轟音が響く。恐らくだけど返答代わりにタカナが僕に攻撃を仕掛けて、それをノワールさんが防いでくれたのだと思う。
確認するようにそちらに視線を向けるとノワールさんは何事もないというようにお茶を飲んでいる。言葉通りに何をするつもりはなく、ただ僕の身だけは守っているというポーズだろう。
タカナを止めるのは、僕がやるべきことだ。
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