九話 色恋沙汰は友情に亀裂を入れるもの
まあ、こうなるのではないかと薄々私は思ってはいた。もちろんこうならないで欲しいと私は願っていたけれど、この世界に転生してから私の希望は大抵裏切られてきたものだ。
私にできる最善は尽くしてきたけれど、そうでない部分で私は最悪を惹きつける。
そしてそれは多分アキも同じだ。
彼は基本的に善人で他者が傷つくことを望まない。だかられを最善として行動し、結果としてその状況は悪化している…………そんな彼と私が揃っていたのだから、この結果はある意味当然なことなのかもしれない。
「タカナ、落ち着いて」
「落ち着けるか!」
だがそれで仕方ないと片づけることはできない…………タカナは友達なのだ。駄目な結果を引き寄せてしまったと諦めて彼女を殺すわけにもいかない。タカナを今後どう扱うかは私もまだ考えることができていないけれど、まずはこの場を収める必要があるのだ。
「それでも落ち着いて冷静さを取り戻してくれないかしら」
「正気を取り戻すというのならお前の方だろう!」
タカナが血走った目で私を見る。
「間違いなくお前たちは洗脳されている!」
「…………それはもう私がやったのよ」
過去の自分を見るようで私は恥ずかしくなった。だがタカナを責められない…………これまでの自分ではありえない感情を抱いた時にまず浮かぶのが洗脳の可能性なのだ。
アリサのように普通の生活をしていれば素直にその感情を受け入れられるのだろうけど、魔族との戦いで洗脳系の力の恐ろしさを知っている私たちはその判断と対策を常に意識している。そのせいで不意に抱いてしまったその感情を洗脳と思い込んでしまうのだ。
「だから事前に私は洗脳されていないって何度も確認させたでしょうが」
「ああそうだな。そして私はそれが正しいと判断した」
「だったら…………どれだけ認めがたくてもそれが真実でしょうが」
タカナが神様から貰ったのは正しさを判断するチート能力だ。私が洗脳されていないのが正しいと判断したならそれは紛れもない真実なのだ。仮に私自身が洗脳されていないと信じ込んでいても彼女の力であれば看破できるのだから。
「確かに私のこの力を誤魔化せるものなどない…………これは神から授かった力でありそれを上回ることなどこの世界の存在には不可能だからだ」
「だったら!」
「だが、彼も転生者なのだろう?」
タカナが私を見る。
「同じ神から授かったチート能力であればそれを上回る可能性はゼロではない」
「っ」
それは事実だ。この世界の技術である魔法であれば転生者のチート能力に並び立つことはないが、同じチート能力であれば並び立ち上回ることだってあった。
もちろん私たちが貰った能力は個性的で単純に比べたりできるようなものではなかったが、干渉可能な力同士であれば相性によって抑え込めたりすることも実証されている。
「アキは神様からチート能力を貰う事は拒否したのよ」
「ならばそれが嘘だったということなのだろう」
タカナにとっては私たちが洗脳されているというのが真実なのだ。だからそれに反するようなことは全て嘘と判断して信じようとしないのだ。
「アサガアキは私の力を欺くほどの洗脳系の能力を持ち…………君たちはそれに侵されている」
「なら、それが正しいかどうか自分で判断して見なさいよ」
タカナの力はそれが判別できるのだから。
「洗脳されている君の提案を受けるとでも?」
「…………そうでしょうね」
タカナの力は無制限に使えるものではなく反動がある。洗脳されている私が大きな反動のあるものへと力を使わせようと考えてもおかしくはない…………実際は恐らくタカナ自身が万が一にも自分の中の感情を正しいと認めたくないせいだと思うけれど、それを指摘したところで認めはしないだろう。
「わかったわ」
私は諦めるように息を吐く。
「自分が洗脳されている可能性を認めるのかい?」
「違うわよ」
そんなわけがない。
「言葉で説得するのを諦めただけ…………ここからは力づくよ」
やりたくはなかったが、ノワールが私にしたのと同じようにタカナをまず無理やりにでも話し合いが出来る状態にしなければ先に進まない。幸いにして私の力は固定だから彼女を殺さずに無力化することは十分に可能だ。
「力づくは私の方だ…………君を制圧してこの島を出る。その後に討伐隊を組織して彼は討たせてもらう」
「そう、それは最悪ね…………でもできると思う?」
私は挑発するようにタカナを見やる。
「あんたがデスクワークしている間、私はずっと実戦で生き延びてきたのよ?」
「君の方こそ忘れていないか?」
私の言葉に怯む様子も見せずにタカナは見返してくる。
「私は別に戦闘能力が低いからデスクワークをしていたわけではないということを」
「…………」
そう、その通りなのだ。タカナが神様から貰ったチート能力そのものは戦闘に直接影響を及ぼすものではない…………しかしそれで彼女が弱いわけではないのだ。むしろ魔王討伐に赴いた私達に比べても上位に位置する実力を持っていた。
とはいえ実戦経験それ自体は薄いので怯んでくれないかと期待したが、我が友人ながら太い神経を持っている。
「固定」
ならばと私は不意打ち気味に固定の力を行使する。それはタカナの全身をだけではなくその身を循環する魔力をも一瞬で固定する。チート能力そのものに戦闘能力がなく主に魔法が戦闘手段であるタカナに対しては致命的な一撃だ…………もちろん抵抗は可能だがまともには動けなくなるしその隙に殴って気絶させられる。
「っ!?」
固定されたタカナがそれを解除しようともがく…………が、そんなことをさせる前に私は踏み込んで拳を振るった。
「!」
しかし拳は空を切る。固定を解除して避けられたわけではない…………間違いなく私の拳は動けないタカナへと命中して、その体をそのまま通り過ぎたのだ。
「幻影!?」
「その通りだよ」
返答は目の前のタカナから聞こえた…………しかしそれは魔法によって作られた幻影で、声も別の場所から飛ばしているのだろう。
触れるまで私はそれが幻影だとは全く気づけなかった。
「いつの間に…………」
「私が君という脅威を前にのんびりと話しているわけないだろう…………会話をしながら幻影と入れ替わらせてもらったよ」
悠長に話に付き合ってくれると思ったら時間稼ぎだったらしい。目の前で幻影と入れ替わっていたのに気づかなかった私の目が節穴…………というよりはタカナの魔法が卓越しすぎているのだ。
「精緻の魔術師の名は鈍っていないってわけね」
「私は確かにデスクワークが主な仕事だったが、常在戦場の志を忘れたつもりはなかったよ…………救援要請があればすぐに君たちを助けに行くつもりだったからね」
「…………ありがたい限りね」
その熱い友情にありがたくて涙が出そうになる。
その友情の結果が今私に牙を剥いているのは皮肉でしかないけれど。
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