七話 寄り添うようで寄り添ってない
「え、あの…………滅亡が確定って?」
「そのままの意味、なのよ」
「それはつまり放っておけば滅亡するってこと…………ですよね?」
「正確にはその時点における最善の行動をしても滅亡が回避できない状態、かしら」
何もしなければ滅亡するのではなく、何かしてもどうにもならない状態。
「つまり、そんな状況になるまでノワールさんは助けないってことですか?」
知らず僕はまるで非難するようにノワールさんを見てしまっていた。絶滅が確定している状態というのは、人種側にこれ以上ないくらいの犠牲が出てしまっているということになる…………しかし彼女の言葉が確かならそうなる前に容易く問題を解決できるのだ。
「助けないんじゃ、ないのよ…………お姉さんはそうなるまで動くことを許されて、いないの」
「許されてないって……………誰にですか?」
少し寂しげな表情を浮かべたノワールさんに僕は無神経なことを言ってしまったと罪悪感を覚えた…………それはそうに決まっている。考えてみればノワールさんだって好き好んで多くの命を見捨てたりなんてしないだろう。
「あれ…………この世界を創造した神、なのよ」
「えっ!?」
けれどその答えに僕は驚くしかない。
「神…………って、僕の会ったあの神様ですよね?」
「お姉さんにアキ君の保護を命じたその神で間違い、ないのよ」
「でも、そんなことは…………」
ありえないのではないだろうかと思う。だってあの少女の神は自らの生み出したこの世界を大事に思っているからこそ魔王を倒すための転生者を送り込んだのではないだろうか。
それなのにぎりぎりまでノワールさんに動くことを許さないなんて矛盾しているように思える。
「ねえアキ君、そもそもお姉さんという代行者がいるのになんで転生者が必要なんだと思う?」
「え…………あ、言われてみれば確かに」
魔王という脅威を倒すだけならノワールさんがやれば済むしその方が確実なのだ。それなのにわざわざ魂の交換という名目を用意してまで転生者を使う必要はない。
「それに転生者が敗北したのもおかしいと思わない、かしら?」
「えっ、でもそれは…………」
仕方のないことなのではないだろうかと僕は思ったが…………ノワールさんの物言いを含めて考えると確かにおかしいかもしれない。
「干渉できなくても神であれば自分の生み出した世界に存在するものの力くらい把握できる、ものよ? それなら確実に勝てるだけの力を与えれば、いいはずなのよ」
そう、そうなのだ。転生者の力は結局のところあの少女の神によって与えられたものが大きいはずだ。もちろん才能のように自ら鍛える必要があってそれを怠ったという可能性もあるけれど、そもそも最初から勝てるだけの力を与えるほうが確実だ。
「で、でも安易に力を与えすぎると色々危険だったりするんじゃない……ですか?」
反射的に僕はあの少女の神を庇うようなことを口にしていた。僕は彼女にはお世話になったという意識が強いし何よりもこの世界の神様なのだ…………悪いように思いたくなかったのだろう。
「候補はたくさんいるんだから、そういう危険のない相手を選べばいいと、思うわ」
「…………」
それはその通りで僕は反論のしようもない。候補が一人二人しかいないならともかく交換する魂の数はかなりの量だったはずなのだ…………その中には清廉潔白で大きな力を持ってもそれに溺れない人格を持つものが一人くらいはいるだろう。
「つまり…………どういうことなんですか?」
僕はそれ以上考えるのが嫌になってノワールさんに答えを求めた。
「この世界の神はね、悪神ではないかもしれないけれど…………お姉さんたちにとって善神でもないの。だからこの世界を大事には思っていてもそこで暮らす者たちにとって優しい存在というわけでも、ないのよ」
そう語るノワールさんの表情には見てわかる嫌悪感がある…………出会った時からノワールさんはあの少女の神を「あれ」と呼んで嫌っているような雰囲気だった。それは僕の知らないあの少女の神の一面を彼女が知っているからなのだろう。
「そもそも神という存在はなんで世界を作るんだとアキ君は、思う?」
「えっ…………それは」
問われて僕は考える。
「…………なんで、でしょう?」
しかし答えは浮かばなかった。なにせ相手は神様なのだから僕のような人間には思いも浮かばないような遠大な理由があるんじゃないかと思う。
「子供は砂でお城を作ったりするし、大人でも箱庭を作ったりして楽しんだりするわよね? つまりは暇潰しだったり趣味だったり、ということなの」
「え、いやでも…………それじゃあ」
「そうなの、別に神といってもその精神構造はお姉さんたちと変わらないのよ」
ただ僕らと違い世界を作ることができるような力を持っているから、選択肢に世界創造なんてものがあるだけどノワールさんは言う。
「あの神は確かにこの世界を大事にしているけれど、それはこの世界があの神にとって眺めているだけで面白いと感じるもの、だからなの…………そしてあれは何よりもこの世界の変化を楽しんで、いるのよ」
「…………変化」
そういえば転生者には使命を果たすことだけはなく、異世界の知識や文化をもたらすことによる変革にも期待しているとあの少女の神は言っていた。
「だからあの神は世界の停滞を嫌っているの…………そして良くも悪くも世界に大きな変化をもたらすの争い、なのよね」
「…………」
それは僕にもわかる話だった。戦争というのは非生産的なものである一方それに関わる技術などを飛躍的に発展させることもある。前世の世界でも戦争中に確立された技術が戦後に民間で活用されるなんてことは多々あった。
「だから簡単に勝ってしまわないようにノワールさんは動かさず、転生者にもそれだけで魔王に勝てるような力は与えないってこと、ですか?」
「その通りだと、思うわね」
「そんな」
それではあまりにも残酷だ。
「そもそも、ね…………魔族とか魔王だって本来この世界には存在しなかったもの、なのよ?」
「え、まさかそれすらも…………?」
「流石にそこまでは、してないわ」
ノワールさんは首を振る。
「魔族や魔王、それに魔物は元々他の神からの嫌がらせ、なのよね」
「神々の決まり事が施行される前に送られたものってこと、ですか」
「そうなの。あれを嫌う神がこの世界の存在に敵対するものを生み出すウィルスのようなものを嫌がらせとして送り込んで、それに感染して生まれたのが魔族や魔物、なの」
つまりは神々が世界への干渉を禁じることになったその原因の一つ、それがこの世界を脅かす魔王や魔族であるらしい。
「でもね、それってあれがこの世界への干渉を禁じられる前の話、なのよね」
「そう、ですね」
そうでなければそもそも他の神が嫌がらせすることができない。
「つまり気づいた時点で取り除けた、はずなのよね」
「あ」
確かにそうだ。その時点ではあの少女の神も自分の世界に干渉できる。
「あれが言うには人種の限界を引き出すためのちょうどいいスパイス、だそうよ」
「…………」
確かに人というものは追い詰められた時にこそ全力を尽くすものではある…………あるのだが、それはあまりにも残酷ではないだろうか。
「ね、あれは優しい存在ではない、でしょう?」
そんな僕を見て、ノワールさんは慰める様に言った。
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