一話 状況にそぐわない善意ほど厄介
なんというか旅行先でリラックスして完全に気を抜いていたら急に仕事の電話がかかってきた気分だった…………実際に状況はそれに近い。
私はこの島での生活に馴染んで外のことなどほとんど頭から抜けて…………いたわけではないのだけど、その辺りは自分のペースで進めるつもりで向こうからアプローチがあることを考えていなかったのは事実だ。
「ええと、今外に出たからいいわよ」
私へと繋がる細い魔力の糸へと私は念じるように声をかける。念話は魔力を魔力で練り上げた一本の糸を使った糸電話のようなものだ。有線であるから基本的にはあらかじめ繋いでおく必要がある。一応相手の位置さえわかればそこへ魔力の糸を伸ばして繋げるというようなこともできるが、確実性が薄い。
もちろん有線であるから互いの距離が離れるほどそれは途切れやすくなる。もちろんそれは物理的な糸ではなく魔力の糸であるから、単純に切れたり障害物で途切れるということはない……………が、遠距離になればなるほど維持が難しくなるのは間違いない。
普通であれば私がいるこの島まで本土から維持し続けることなど不可能だろう。
しかし私の友人はそういうことにかけては卓越した技能を持っている。だからこそ今日にいたるまでその糸は切れることなく私に繋がり続けていたのだ。
「誰かが傍にいたのかい?」
「ええまあ…………共同生活をしているのよ、今」
「ほう」
興味深げな反応だった。
「つまり楽園は存在していて、そこには君の交友に足る人々がいたというわけだね」
「ええと…………」
「それなのに君はそれを私に一切報告はしてくれなかったわけだ」
「…………」
「まさかそんな暇が全くなかったとは言わないだろう?」
明らかにその声は私を非難するものだった。
「楽園が実在するにしてもしないにしても、その確認ができたら一報を入れる約束だったはずだ」
「…………ごめんなさい」
その時点では私はちゃんとそのことを覚えていたが、楽園の存在を報告していいものか迷ったのだ。
実際その判断は正しく、もしも報告して国家連合が楽園の存在を知ればノワールは即座にこの島を見捨てていた可能性が高い。
「国家連合に知られることは楽園にとって良くない結果をもたらすのかい?」
そんな私の内心を見抜くように彼女が言う。
「ええ、楽園の存在が明らかになればこの場所は楽園ではなくなる…………ここに住まう人たちはみんな死ぬわ」
それに私は正直に答えた。実際この島はノワールの恩恵にあずかっているだけで彼女の存在無くては立ちいかない。
船はあるから多少の人々は脱出できるかもしれないが、残された人々はすぐに死ぬだろうし脱出できた人々にだって何の当てもない。
「心外だ」
そこに再び私を非難する彼女の声が響く。
「私が君の意思も汲まずに上に全部報告すると思ったのかい?」
「…………ごめん」
言葉は先ほどより砕けているが気持ちはより真摯に私は謝罪した。確かにそれはその通りで私が彼女のことを信じていないと言っているようなものだったからだ。
「それでなくとも安否報告くらいは入れるべきじゃないかな? それさえちゃんとしてくれれば私の方からいきなり連絡することもなかったはずだよ」
「…………ごめん」
本当にその通りだった。この島のことはぼかすにしても私は彼女に無事でいることは伝えるべきだったのだ。
それであればこんな詰問をされることもなかったのだから。
「で」
話を変えるように彼女が口にする。
「本当のところはどうなっているのかな」
「え…………本当のところって?」
私は思わずそのまま問い返した。
「君が楽園のことを慮っているのは本当だと思うけれど、それだけならこんなに連絡に間が空くこともなかったはずだ…………思うにそれ以上に君の心情に大きな影響を与えるようなことがあったんじゃないかい?」
「…………」
鋭い。彼女が優秀なことは知っていたつもりだけど、そんなもの見抜いてくれなくていいのに。
「先に断っておくけれど国家連合は君の探索そのものは重要視していない。今回の君の戦力探しの探索もどちらかと言えば君の生存隠しの補強と精神安定のために許可が出たようなものだからね…………ただその安否は気遣われているから私がせっつかれてこうして連絡を取ることになったわけだ」
私は表向き死んだことになっているとはいえ国家連合の上層部はその事実を知っている。彼らからすれば私は重要戦力なわけで、その私から定期連絡が途絶えれば確認もしたくなるだろう…………つまり私の自業自得だ。
精神安定に関しては初耳だが、それくらい周りからは私は危うく見えていたのかもしれない。
「つまり何が言いたいかと言うと報告の内容は私の裁量でどうとでもなるということだ。極端な話君が楽園ではなく無人島を見つけてそこでのんびりスローライフを送っていると報告しても、上層部はしばらく放っておいてくれるだろう」
だから私には真実を話せ、彼女はそう言っているのだ。
「君が楽園をそのままにしておきたいなら私はそれを尊重する…………私としても友人と共同生活を送ってくれている方々に迷惑をかけたくないからね」
その物言いには感謝の感情が込められているようだった。それくらい彼女も私の精神状態を気にかけていたということなのだろう…………まあ確かに、この島に来る前の私は若干危うかったような気がしないでもない。
「わかったわ…………経緯を説明する」
私は諦めたようにそう口にする…………しかし問題はどこからどこまでを話すかだ。普通であれば丸々嘘を吐いてでも誤魔化すべきなのだけど、彼女にはそれが通じない。
「ああ、わかっているとは思うが私に嘘は通じない」
先んじて彼女がそのことに念を押した。彼女はそういう能力持ちなのだ。
「だから話したくないことは嘘でごまかさずに話さないでいい」
「わかってるわよ」
そんな彼女であるからこそ信頼できるのだ。
「込み入った…………というか荒唐無稽に聞こえる話になるかもしれないわよ」
「ああ、わかった」
「それじゃあ話すけど」
私が話始めようとしたちょうどその瞬間だった。
ぷつん
そんな音は聞こえなかったが念話が切れてしまった。
「え、あ…………ちょっとタカナ?」
思わず口にしてしまうが感覚的に念話が切れているのは分かっていた。咄嗟に繋ぎ直そうと念話の糸を探すが見つからない…………張り詰めた糸が切れれば弾けるように、魔力の糸もはじけて霧散してしまったのだろう。
流石にこの状況では卓越した技量を持つタカナであっても繋ぎ直すことは不可能なはずだ…………つまりどうしようもない。
「…………どうしよう」
私は途方に暮れた。
次にタカナがどういう行動をとるか、私には容易に想像ができたからだ。
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