七十話 最悪は惹きつけられるように起きる
私は焦りながら全力で町へと走っていた。失態だ。ノワールが守るだろうからアキの命だけは無事なのは確信できるが、逆に言えば安心できるのはそれだけだった。
最悪の可能性がいくつも思い浮かぶ。
町を多少破壊されるのは仕方ない。避難場所である集会場に直接落下したのでもない限り人的被害はそうそう出ないはずだ…………物が破壊されただけなら後で私がいくらでも修復するし補填だってしよう。
こんな僻地まで過酷な航海を乗り越えてきただけあってあの町には町長を始めとしたそれなりの実力者が揃っている。避難場所に立てこもっている限りあの魔族相手だとしてもそう簡単にはやられはしないだろう。
それに当初の予定通りであれば魔族に対してアキが盾になる。魔族が集会場から離れたところに落ちたのならそれがやって来るまでにアキが出るのも間に合うだろう…………しかし問題はそれがまた別の問題になることだ。
「なんでよりによってあいつなのよ!」
襲いに来た魔族には見覚えがあった。撃ち落とすその瞬間にその顔を見て忌まわしい記憶と一緒に思い浮かぶ。魔王軍の幹部の一人で私たちが倒し損ねた奴だ。
他の幹部も倒しあいつも追い詰めていたものの、そこに魔王が現れた。しかも魔王はあの魔族には撤退を命じたからその場で倒すことは出来ず、そのまま私たちは魔王に敗北した。
あの魔族は強いが、それでも不意さえ突かれなければ倒すことは出来ると思う。
問題は、あの魔族が女であることだ…………いつかノワールが私を説得する時に言った言葉が頭に浮かぶ。
もしも魔王がアキ君を見染めたら、あなたはどうするのかしら?
あの時私はそんなことは許されないと答えた。魔王は殺すのだ、絶対に。例えそれでこの世界に恒久的な平和が訪れるのだとしてもあれを生かしておくことを私は許容できない。私の大切な仲間を皆殺しにしたあいつだけは。
「あいつは魔王ではないっ、けどっ! だからって!」
ではその部下である魔族なら許されるかといえば許せるはずもない。確かにあの魔族は私の仲間を殺していないが皆が死んだ要因の一つであるのは間違いない。元より人種の不俱戴天の仇であるのだから殺すのが正しい。
だから仮にあの魔族がアキに好意を抱いてしまって戦うことをやめていても私はあれを殺すだろう。一時的にはアキも私に隔意を抱くかもしれないけれど、私の過去のこともあっていずれ納得してくれるはずだ。
問題は、問題は…………アキ自身もあの魔族に絆されてしまっていた場合だ。
そうなると最悪だ。
だから私は急ぐ、そうなる前に。
◇
ようやく私が町まで戻るとそこからは何の騒音も聞こえなかった。あの魔族を撃ち落として五分は経過しただろうか…………その間に魔族が討ち取られるのも町の人間が全員やられるのも早すぎる。
だとすると町の人間は避難所で大人しくしていて…………アキが魔族と接触しているのだろう。それも戦闘にならない形で。
「っ!?」
彼がいるはずの集会場の倉庫は一部が破損している様子だった。しかしそこは内側から吹き飛んだ様子で進入路ではない。だとすると天井のどこかをぶち破って魔族は倉庫へと落ちたのだろう…………本当に、よりにもよってなぜそこに落ちる。
「アキっ!」
内側から壁が吹き徒でいるのだからすでに移動している可能性もあったが、まず私は倉庫の中へと足を踏み入れて彼の名前を呼んだ。
「マナカ?」
振り返り私の名前を呼ぶ彼の姿に私は安堵し…………同時に最悪の予想が当たってしまったことを理解した。アキは私の姿を見て戸惑っている様子だった。本来であれば助けが来て助かったと安堵するところのはずなのに。
「アキ」
冷えた声が私の喉から出てくる。
「そいつから、離れて」
魔族のその表情はこれまで私が見たものと全く違っていた。自分自身の感情に戸惑い、しかしその感情があることに温かみを覚えてなんだか嬉しくて感情が湧きたつ…………自分の気持ちを認めた私も多分あんな表情だったからわかる。
あの魔族はアキを好きになっていてその感情を認めたところだ…………そしてそれにアキも気づいている。
「もう一度言うわ、アキ。そいつから離れて」
「あ、いや…………マナカ、ちょっと待って欲しいんだ」
焦るようにアキが手を振って私を留めようとする…………それで概ね私は理解した。ただ好かれてしまったのだとしたら私やアリサの時のようにアキはただ困惑するだけのはずだ。今回であれば敵であるはずの魔族に好かれてしまって困ると私に頼ったっておかしくなかった。
「アキ、あなたあの魔族を口説いたわね」
「!?」
つまるところ結論はそうなる。恐らく自分の魅力が魔族にも通じてしまっていることに気付いたアキは時間稼ぎの為に魔族を口説いた。そうすることで他に目もくれず自分に意識を集中させようとしたのだろう…………しかしアキはその結果どうなるかを深くは考えなかったのだ。
恐らく初めての感情に戸惑った魔族は私と同じようにアキを襲ったに違いない。しかしノワールに守られているアキはそれで殺されることもなく、魔族に自分の抱いている感情を自覚させた…………それまでは良かったのだ。しかし自ら相手を自分に惚れさせてしまったことでアキ自身も魔族に感情移入をしてしまった。
だから私がその魔族を殺すことに躊躇いを覚えてしまっている。自分のいいようにその好意を弄んで殺してしまうのは流石にどうなのだと思ってしまっている…………まあ、それは最低だと私だって思うけど。しかしそれでも魔族は殺さねばならない。
「アキ、あなたの行為は立派よ。あなたはきちんと自分で決めた通りに町を守り切った…………だからその仕上げを私がしてあげる」
襲ってきた魔族を殺す。それでこの町の防衛戦は終わりになる…………その終わりにするべきなのよ。
「待って、でも彼女は…………」
「自分に惚れたから襲われない? でもそれはアキだけじゃないの?」
大丈夫、説得はできるはず。私の推測が正しいならあの魔族は殺せる。
「そいつはアキのことを好きになったかもしれないけれど、私たちのことまで好きになったわけじゃないのよ…………そうでしょう?」
私はアキを通り過ぎ、魔族へとそう尋ねる。
「ああ、そうだな…………少なくともお前は殺す」
予想通り、魔族はさっきの籠った声で私に返事をする。私が現れてもまだ浮ついた表情を浮かべていたが、私が声をかけたことでようやくしゃっきりとしたようだ。
「そんな、イリーナ!」
「っ…………あの女は我ら魔王様の為に殺さねばならん。アキのことは殺さないがそれとこれとは別の問題なのだ」
名前を呼ばれて魔族がびくりと震えたが、何とか堪えたように返答する…………というか、アキは名前まで聞きだしていたのね。こんな短時間で。
「お前、アキをどうするつもり?」
「無論、貴様を殺した後で我らが拠点へと連れて帰るに決まっておろう!」
イリーナは凶暴な笑みを浮かべる。
「この町はどうするつもり?」
「当然害虫共の集落も潰す。魔王様に反抗する戦力を鍛える場など残しておいて良いはずがないからな!」
どうやらイリーナはこの町をそういう場所だと勘違いしているようだった。確かに遠い僻地で安全に戦力を育てられるが僻地過ぎるだろう…………ただまあ、そんな僻地に私が訪れる理由を推測した結果の勘違いだと思う。どうでもいい話ではあるけど。
「アキ、そういうことよ」
目的を果たしたので私はアキへと視線を戻す。
「魔族は、そういう生き物なの」
基本的に自分たち以外の種全てを滅ぼそうとしている存在なのだ。
アキを好きになっても、それは変わることがない。
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