六十八話 幸運ではあるのだけど嬉しくはない
とりあえずその瞬間に僕にわかったのはマナカが使ったようなとんでもない魔術がこの倉庫に炸裂したわけではないということだった。軽い衝撃に騒音。恐らくは天井をぶち破ったことによる大量の砂ぼこり。それにせき込みながら一体何が落ちてきたのかという疑問にまで僕の思考は回ったが、倉庫内は完全に暗闇で何も見えない…………驚きのせいで僕の指に灯していた火の魔術は消えてしまっていた。
どうする?
すぐに火の魔術を付け直そうと浮かぶがその誘惑を押し留める。暗闇は恐ろしいが魔術を使う前に考えるべきは一体何が落ちてきたか、だ。落ちてきたのがマナカであればよく……はないけど最悪ではない。しかし落ちてきたのが魔族であれば魔術を使うのは相手に自分の存在を知らしめるようなものだ。
「ぐっ」
うめくような声が聞こえる。それは女性の声ではあったけれどマナカのものではなかった。集会場に避難しているはずの町民が降ってくることがありえない以上、その存在が何者であるかは考えるまでもない。
どうする?
もう一度その言葉が頭に浮かぶ。はっきり言って僕に勝ち目はない。マナカのあの魔術を受けて生きているような相手を僕が倒せる可能性は皆無だ。普通であれば今のうちに気づかれないように逃げるか倉庫の隅に隠れるべきだろう…………しかし、良くも悪くも僕は普通の存在ではない。ノワールさんという強力な守護が付いている。
「ここは…………あの害虫共の集落か?」
瓦礫を振り払う苦痛を滲ませた声が聞こえた。倉庫には窓はないが恐らく魔族であろう彼女がぶち破った天井の穴からは星明りが入り込む。先ほどまでは土煙に遮られたそれが晴れて来てその姿を映し出していた…………銀髪に褐色の肌、それにノワールさんのように長く伸びた耳をしていた。その肌と髪の色の違いを除けば外見的特徴はノワールさんと同じ長命種のように見える。
確か魔物は瘴気から発生するのだと教えてもらったけど、もしかしたら魔族はこの世界の種族を瘴気が汚染することで生まれたのだろうか? それであれば長命種と同じ見た目の魔族がいてもおかしくはない。
いや違う。そんなことを考えている状況じゃない。自分の役目を思い出せ。僕は魔族から逃げ隠れるためにここにいるわけじゃない…………魔族から町を守るためにいるのだ。それであれば僕のすぐそばに魔族が落ちてきたのは幸運と言っていい。他に被害が出る前に僕が盾になることができる。
だから、声を出せ。
萎縮しそうになる自分を僕は奮い立たせる。確かに相手は魔族で世界を滅ぼそうとしている存在だ。どれだけその見た目が美しくても人のことなどなんとも思っていないのはあの害虫共という発言からもわかる。殺す気になれば僕なんてすぐに殺されるだろう…………だから怖いけど大丈夫、僕は死なないはずだ。
例えその姿が見えなくてもノワールさんは僕を守ってくれるはず。自分の力ではなくノワールさん頼みなのは情けないけれど、それで守れるものがあるのならこだわっている場合じゃない。それが僕にできる唯一のことであればやるしかないのだ。
「あの」
上ずった声が出たが気にするな、ただ言葉を続けろ。
「大丈夫、ですか?」
とぼけて何も知らないふりをする。僕の役目は出来る限り長い時間あの銀髪の魔族を引き付けることだ。魔族が降りたのではなく降ってきた事を考えればマナカはやられたのではなく優勢であるはずだ…………彼女が来るまで時間を稼げればいい。
「害虫が我に…………いや、違うな。この感じは転生者か」
「!?」
たった一言話しかけただけで僕が転生者であることを見抜かれ、殺気とでも呼ぶべきものが僕へと放たれる。肺が縮みあがって息が苦しい。足の力が今にも抜けてその場に崩れ落ちそうな感覚に僕は陥った…………これが、戦場の常であるのなら僕はそれを甘く見ていたとしか言いようがない。
安易に島を出て力になりたいなどと口にした僕をノワールさんが窘めるも無理はなかっただろう。
「なるほど、あの女が我をここに撃ち落としたのも作戦だったわけだな」
撃ち落された先に転生者がいればそんな考えにもなるのかもしれない…………しかし実際は恐らくただの事故だ。町を巻きこまないようにすると言っていたマナカがわざわざ町の中に魔族を撃ち落とすはずがないのだから。
「しかし、なんだ? 我に止めを刺す役割にしては大した力を感じぬ。いくら邪神の加護を受けた転生者であってもそれだけでは脆弱で我らの相手になどならぬはずだが」
怪訝そうな声で魔族が口にする…………それはそうだろう。実際に僕は弱い。訓練も今日始めたばかりだしその神様の加護ですら他の転生者に比べれば大したものを貰っていないのだ。
「まあいい…………殺せばわかる」
殺したらわからないだろと僕が思ったその瞬間にはすでに魔族はその手を振るっていた。それが魔術なのかそれとも肉体による技であるかは僕にはわからない。僕にわかったのは衝撃はというか飛ぶ斬撃なようなものが僕を通過していって、僕の後方の壁を破壊して大きな音を引き起こしたということだけだった。
「避けた? いや、防いだのか? 馬鹿な、何かをした気配などなかった」
そりゃあ僕は何もしていないもの。ただ驚いて縮み上がっていただけだ…………ちゃんとノワールさんが守ってくれたことにただ胸を撫でおろす。多分彼女が守ってくれていなかったら僕は二つか三つに分かれて床に崩れ落ちていたことだろう。
「くそ、なんだ。胸が騒めく。不気味な奴め」
苛立たし気に魔族が顔をしかめる。恐怖というか困惑を覚えているのだろう。しかし僕にその隙を突くような真似は出来ない。ノワールさんは僕を守ってくれるがそれですぐに魔族を殺すわけでもないようだ。
僕を守るためであっても世界に大きな影響を与えるような真似ができないのか、まだそこまでする条件が不足しているのか…………いずれにせよ僕から動けば馬脚を露すだけ。ひたすらに受け身でいるしかない。
「ちぃっ…………何が目的だ。我を殺すつもりなのではないのか?」
動かない僕にさらに魔族が疑念を深める。彼女の位置からでは暗闇にいる僕が見えないせいもあるだろう。道は様々な不安をもたらす…………それで思い悩んでくれれば十分に時間は稼げるはずだ。攻撃をあっさりと防がれたことで魔族も下手に動けなくなっていることだろう。
「いつまでも姿すら見せず、何のつもりなのだ」
僕は下手に動けないだけなのだが彼女は勝手に疑心暗鬼に陥ってくれている。それであれば僕は何も言わずにただじっとしているほうが時間は稼げそうだ。
「何か言え! せめてその声をもう一度聞かせろっ!」
ん? なにかおかしくない?
「いや待て、我は何を言っている?」
そのことに魔族自身も気づいたのか戸惑ったように呟く。
「なぜ我はあの転生者の声がまた聞きたいなどと考えた? なぜ奴のことを考えると奇妙に胸が高鳴る? 相手にされぬことで膨れ上がるこの不安は何だというのだ!」
動揺しているのか魔族はその心中の状態を次々に口にいていく。そしてその内容は僕に一つの可能性を想像させてしまうものだった…………いや、嘘だろう?
「貴様! 我に一体何をした!」
その混乱を誤魔化すように魔族が怒りを振るい立たせるように僕へと叫ぶ。怒りで内心に膨れつつある感情を誤魔化そうとする反応を僕は一度見ていた。それはつまり今しがた僕の抱いた想像は間違っていないということだった…………最悪なことに。
「これも邪神の加護による力だろう! すぐに解け! 解かねば殺すぞ!」
魔族が叫ぶ。しかし僕にそんな力はない…………ないんだ。けれど僕の前世から引き継いでしまったというそれは確かに効力を発揮してしまっているようだった。
どうやら僕の特定の異性を惹きつけるという魅力は、魔族にも効くらしい。
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