六十六話 想定通りいくことなどあんまりない
「これは…………気づかれたわね」
すでに島に潜んでいた魔族を見つけたという感覚と同時に見返されたという感覚があった。気づかれずに感知するのが理想だったけれど、気づかれてしまったなら仕方ない…………まあ、私を狙ってくるような実力の魔族であれば気づいて当然ともいえるだろう。
恐らく私の気づかないうちにあちらからは魔力感知もされていたはずだ。そうでなければ一々潜んだりせずとりあえず町を襲っている。
「さて、やるとしましょう」
最良ではなかったけれど想定内の展開ではある。体内の魔力を活性化させて練り上げて魔術術式を構築…………する必要もなく完成された魔術術式は私のうちに固定してある。
魔術を発動するためには世界の干渉するためのプログラムである魔術術式を魔力で練り上げる必要がある。そうして構築された魔術術式を世界そのものへと打ち込むことで魔術が発動し、本来起こりえないはずの現象を引き起こせるのだ。
しかし強力な魔術術式ほど構築するのに時間がかかり、事前に練っておこうにも完成した魔力術式を維持できる時間というのはそれほど長くない…………しかし私は神様の加護によってそれを固定して維持できる。
本来であれば実戦に適さないような大規模魔術であっても、あらかじめ構築しておいて瞬時に発動できるのだ。
「座標指定…………空間爆裂術式、起動」
魔力感知で掴んだ魔族の座標だけを新たに組み込んで私は魔術を発動させる。それは指定した座標の範囲およそ百メートルを巻き込む爆発を引き起こす魔術であり、発動したのを確認してから躱すのは不可能に近い。
さらに空間そのものを爆発で埋め尽くすので、魔術で防壁を生み出してもその内側からも爆発する。
「…………久しぶりに使ったけど相変わらず凄い威力ね」
一キロほど離れたところで凄まじい爆発が起こり夕暮れ時をさらに赤く染めていた。爆発音と衝撃が遅れてやって来て私の体をびりびりと揺らす…………魔族のいる辺りが人も建物も近くに存在しないはずだけど、町に届いた衝撃で建物は崩れずとも窓のガラスが割れている可能性はあるかもしれない…………後で町長と話してその補償は請け負うとしかないわね。
「さて、あちらはどう出るかしらね…………これで死んでるといいんだけど」
そう呟きながらも、私はそれほど期待していなかった。
◇
「これは、始まりましたな」
まるで地震のように建物が揺れる中で町長さんが呟く。
「えっと、これが合図ってこと…………ですよね?」
「そうでしょう。私もここまでとは思っておりませんでしたが」
町長さんは驚いたような口調ではあるがその表情は冷静そのものだった。難民として戦渦に巻き込まれた記憶のある町長さんにとっては慣れたものなのだろうか。
「でもこれだと…………終わってるんじゃ?」
僕も魔術を覚えたからか、遠くでとんでもない規模の魔術が使われたことは屋敷の中でも感じ取れた。マナカは魔族が魔力感知に気付いたら開戦の合図代わりに特大の魔術を使うと言っていた。気づかれなければ奇襲で仕留めると言っていたから気づかれたのだろう。しかしこれだけの魔術が直撃したなら相手の魔族は死んだんじゃないかと思う。
「いえ、仕留められていないと思ったほうが良いでしょう」
「どうしてですか?」
「間違っていても無駄に町民を避難させただけで済みます」
マナカが初撃に大規模な魔術を使うのは詳しい話を周知させずともそれが町民を批難させる理由にもなるからだ。そしてこれで仕留められていても町民に徒労させるだけで済むけれど、もしも仕留められておらず町を襲いに来れば被害が出てしまう可能性がある…………町長さんの言い分が正しい。
「わかりました。それじゃあ僕はしばらく後で」
「はい、お願いいたします…………アリサ」
「…………はーい」
僕の隣でじっと黙っていたアリサが不満そうな顔ながらも町長さんの視線に立ち上がる。彼女の両親には事情を説明して町の集会場にあらかじめ待機してもらっているが、アリサはぎりぎりまで僕と一緒にいたいからと同行しなかったのだ。
ゴーンゴーンゴーン
「避難の鐘も鳴り始めましたな」
鐘は町の数か所に取り付けてあるらしいけれどこれは集会場のものだろう。マナカからの合図を確認したアリサの両親が町民に避難を呼びかけるため鳴らし始めたのだ。
「それでは我々も向かいます」
「ええ、気を付けて」
「…………お兄ちゃんまたね」
「うん、またね」
名残惜しそうなマナカを町長さんが手を引いて連れて行くのを僕は見送る。これから待ち人たちが家を出て集会場に集まり終えるまで僕はここに待機していなくてはならない。
昼まではなく暗くなり始めた時間だから大丈夫じゃないのかと僕は思うのだけど…………アリサという例もある。他に気配だけで僕に惹かれる人がいないとも限らないし、まだ完全に日が落ちていないからリスクはある。
「…………せめて外の光景くらい確認したいけど」
僕がいる応接室には窓はない。そして避難が完了したら鐘で知らせるからそれまで窓にも近寄るなと僕は厳命されているのだ。
しかし何かが起きているのにそれを確認することすらできずにじっとしているのはなかなかにストレスだ。もちろん外から聞こえてくる慌ただしい足音や扉の開閉音は町民さんたちが避難している音だというのは理解している…………しているけれどそれをこの目で確認できない限り本当にそうなのだという確信は持てない。
そしてそれだけで不安を掻き立てる程度には外から聞こえる騒音は大きい。
「…………はあ」
我慢、我慢だと僕は自分に言い聞かせる。
全ては杞憂…………それがわかっていても何もできないのはつらい。
◇
あの女の力は分かっていたはずだがそれでも我は油断していたのだろう。あの女がこちらを感知したその瞬間に我は逡巡してしまった。一旦退くか、それとも即座にあの女のところへと攻め上がるかを…………その僅かな時間を狙われた。
大規模な魔術が私の周囲で発動すると気づいたその時にはもはや逃げることも防ぐことも叶わないと悟った…………できるのは耐えることだけだ。
「ぐっ、ぁ!」
全身を打ちのめす衝撃と熱に我は叫びそうになるのを必死で堪える。口を開けばそこから入り込んだ炎が肺を焼くだろう。いくら強化と治癒の魔術を全力で肉体の内側から行使し続けていると言っても内蔵の類の治癒は簡単なものではない……………未だはただひたすらに耐えるしかないのだ。
「耐えた、ぞ」
熱と衝撃が収まったのを感じ取って私は目を開く。身を隠す木々があったはずの周囲一帯は完全な焼け野原だ。このままここに潜むことなどできない状態だが元より我にそのつもりはない。
治癒と並行して飛行の術式を練り上げて即座にそれを発動させる。飛んでいく先は当然あの女のところだ…………一瞬だけ害虫共の集落を盾に使う事も考えたが我の状態が良くない。今の状態で下手にあの女から意識を逸らせば、それこそ止めの一撃を受けかねん。
余計なことは考えずにあの女を仕留めることだけを考えるべきだろう。
「…………絶対に殺してやる」
害虫共に対するそれは我ら魔族の本能だが、あの女のような転生者たちはその本能からわずかに外れている。そのせいか魔王様の命令がない限り転生者へとは戦いを挑まないような同胞たちもそれなりにいた…………だが、我は違う。
これは本能でも魔王様の命令でもない。
あの女への純粋な…………我の心の底からの殺意だ。
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