六十一話 何を頑張ろうが関係ない連中は勝手に動く
「やった! できた!」
「えっ、もう?」
隣で喜んで声を上げるアリサに僕は戸惑いつつ焦りを覚える。喜ぶアリサのその手の上では小さな炎が燃えていた…………マナカから魔術の訓練を受け始めてからまだ十分と経っていないのにだ。
「やっぱり才能あるのね」
それを予想していたようにマナカが口にする。
「そうなの?」
「そうじゃなきゃ誰にも気づかれずに町を抜け出してここまで来るなんてできないわよ。それだけ完全な隠形ができるってことは自分の中の魔力の扱いに長けているということだもの」
この世界において気配を隠すというのは魔力を隠すのに等しいと聞いている。つまりアリサは誰にも教わらず本能的にそれができていて、だからこそ魔力を操作して行う魔術に対する才能も高かったということなのだろう。
「別にアキ君も才能がないわけでは、ないのよ?」
僕の裏庭に椅子とテーブルを生み出し、優雅にお茶を飲みながら温かい視線をノワールさんが僕へと送る。マナカのように指導してくれるわけではないようだけど、お茶を飲みながら彼女は僕らを見守ってくれているようだ。
「そうね、アリサほど才能がないにしても悪くない感触はしてるわ」
「それ、わかるの?」
魔力の操作なんて目に見えるものでもないし、僕はまだアリサのように魔術という現象にまで辿り着いていなかったのに。
「そりゃあわかるわよ。魔力感知は相手が今魔力をどういう形に操作しているかはっきりとわかるもの…………だから戦闘の時は魔力感知で使う魔術を読まれないために隠蔽したりもするのよ」
「はー」
奥深いというか実戦となるとやはり単純ではないようだ。
「話を戻すけど、今の調子なら多分一時間くらいでアキも最初の魔術は覚えられると思うわよ」
「それは、どうなの?」
「普通なら大体二時間、三時間…………才能がないやつだと半日以上かかったりもするんだから十分じゃない? それも努力の才能の恩恵ってやつでしょ」
僕はチート能力を拒否したけれど神様から念のためにと努力の才能をもらった。それは百の努力をすれば百の成果が身につくという才能だ。それは今のマナカの話からすると平均よりも良い結果をもたらしているみたいだけど、以前ノワールさんに忠告されたように才能がある人間には及ばない…………例えば今のアリサのように。
「隣の芝を見ても虚しくなるだけよ」
「いやうん、それはわかってるよ」
忠告するようにマナが言う。いや、わかってるんだ。わかってるんだけど…………それでも自分より年下の女の子に先を行かれるというのは情けなく思える。それはいくら理性で理解できていても感情で納得できないのだから仕方がない…………いやまあ、それにこだわってしまう方が余計に大人げないのは理解しているのだけど。
「アキ君、努力を積み重ねるしか、ないのよ?」
「…………はい」
そんな僕の内心を見透かすようにノワールさんが諭す。アリサの才能を妬んだところで何かに繋がるわけではない。結局はアリサの才能の分僕も努力を積み重ねて追いつくしかこの気持ちを解消する術はないのだ。
「頑張ります」
「見守って、いるわね」
僕の決意にノワールさんは優しく微笑む。
「はいはい! アリサも頑張るよ!」
それに元気よくアリサも手を挙げて僕を見る…………いや、君に頑張られると僕は永久に追いつけないんだけど。しかしそれを口にすることほど情けないことはない。
「ええと、一緒に頑張ろうね」
「うん!」
とても嬉しそうなアリサに、苦笑を見せなかった僕は頑張ったと思う。
「あら」
だからそんな風に珍しくノワールさんが困ったような声を漏らしたことに
僕は気づかなかった。
◇
ああ今日もこの青い空が憎たらしい。瘴気に汚染されていない空。我らの領域ではないことを示すその空の色。
憎たらしい。
憎たらしい。
憎たらしい。
この地に我らの瘴気がほとんど届かぬことが憎たらしい。それでなければこんな風に息を継ぐように瘴気を集めながら飛ばぬでもよいのに…………我らのものでないこの空が本当に憎たらしいと思う。
「害虫どもめ、こんな北の果てまで居を構えるなど」
吐き捨てるように我は呟く。この世界に湧く害虫たる生命共。それが遠い北の果ての一点に集まっているのを我は感じる。
「あの女もそこにいるな…………感じるぞ」
畏れ多くも我らが魔王様に挑んだ愚か者共の生き残り。魔王様はまだ構わず戦力の再編成に注力するよう方針であるようだが我はあの女を生かしておくことは許し難い…………それにあの女がほとんど害虫のいない北の果てに移動するなど不可解だ。何か我らに多大な損害を与えるための行動である可能性が高い。
そして何よりも、害虫の少ない場所であればあの女を始末する好機だ。
「注意すべきは、あの女と同じ転生者とやらか」
時折あの忌々しい神が送り出してくる特別製の害虫共。害虫でありながら元からこの世界に至害虫共とは違う気配を感じさせる上に特別な力を与えられている。それに対抗できるのは我のような幹部クラスか魔王様だけ…………その幹部クラスもあの女とその仲間にほとんどが討たれて私を含めても残りは少ない。
だからこそ魔王様はまず害虫共に対抗する戦力を整え直すことを優先したのだろう。
しかし魔王様は私を咎めていない。
魔王様は我ら魔族の行動を全て把握している。それであれば私の行動も把握しているはずだが止めるような命令は下されていない。それはつまり我の行動が黙認されているということだろう。魔王様が一言咎めるだけで我らは逆らうことなどできないのだから。
「おっと念のために魔力感知をしておかねばな」
宙で静止して我は魔力感知を働かせる。害虫共の気配は少ないがあの女のような存在が混ざっていれば面倒だ。念入りに感知するとあの女に気づかれるだろうから最低限の確認しかできないが、それでもよほどの強者でなければ見破ることは出来るだろう。
「ふむ、意外と粒が大きいのが混ざっているな」
害虫共は数こそ少ないが高い魔力を持ったものが多い。もちろんそれらは我の手古摺るようなレベルではないが、下級の魔族であれば容易く討ち取られる可能性のあるレベルだ。
「ふむ、もしや秘密の訓練場か何かか?」
我らに対抗する戦力を鍛えるための場所の可能性を我は考える。それであればこのような北の果てまであの女が足を延ばしたことに納得ができる。
「それであればもう少し慎重になる必要があるな」
軽い魔力感知では探査できない強者が潜んでいる可能性も出て来た。
ひとまずは身を潜めて情報を得る…………そう我は方針を定めた。
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