六十話 思惑と違ったとしてもそれはそれで利用する
「何がどうなってまた強くなるって話になったのよ」
三日たって私がアリサを連れてアキの家を訪問すると、彼から強くなることをやっぱり諦めずに努力することを告げられた…………ノワールに慰めてもらえという話からなんでそんなことになったのか。
「そのリスクはちゃんと説明したわよね?」
「それはノワールさんが何とかしてくれるらしいから…………それに魔力も抑え方を学びながら伸ばせば問題ないみたいだし」
「抑えたって相手によっては見つけてくるわよ」
「え、そうなの?」
「そうよ」
魔力を抑えると言っても内包する魔力自体が消えてなくなるわけじゃない。それはあくまで体の外へと流れ出る魔力を抑えて感知をしづらくするというもの。さらに体の奥へと魔力を圧縮すればさらに感知はしづらくなるが、あくまでしづらくなるだけで絶対に感知できなくなるわけではない。
この世界で相応の実力者であれば魔力を抑えることは自然に行っている。それはつまり実力者であれば自分と同じことをしている相手を警戒するということだ。魔力を完全に消すわけではなくあくまで抑え込んでいるだけなのだから、一般人並みに魔力を抑えたとしてもそれはどこか違う気配になる。より実力の高いものほどそれに気づく…………だからこそアキは弱いままであった方が安全だったのだ。
「そういうことをノワールは説明してくれなかったの?」
「ええと、うん」
「…………あの女」
その辺りのフォローは自分が出来るから問題ないとでも思ったのだろうか…………嫌実際にできるんだろうけど。それにしたって私がいた時はアキを弱いままにしておくことに賛同していたくせにあっさりと意見を翻し過ぎだ。
「ごめん、でも僕は強くなりたいんだ」
頭を悩ませる私をアキがまっすぐに見つめて口にする…………心臓が跳ねた。だってその表情は秘めた強い意思を感じさせる。強くなりたいと心から願う決意が見える。
先日会った時のアキはそうじゃなかったはずだ。あの時も彼は強くなりたいとは口にしていたがそれは必要に駆られてという様子だった。強いていうなら熱意がなく、だからこそ私もノワールも反対意見で却下することに何の呵責も感じなかった。
しかし今その表情を無碍にすることに私はものすごい抵抗を覚えている。
「お兄ちゃんなんだか格好いい!」
「えっ、いきなり何…………?」
そしてその変化はアリサにもわかるのか素直な賞賛を向ける。アキ自身は自分その変化に気づいていないのか戸惑った様子だ…………もちろん本人も自分の心の持ちようが変わったことは自覚しているだろうけど、それによる自身の印象の変化までは気づけていないのだ。
「ねえ、アキ」
「なに?」
「ノワールとまたやったの?」
「ぶっ!?」
何を言い出すのだとアキが目を丸くして僕を見る。
「な、なんでいきなり!?」
「男が急に強くなりたいなんていう理由は限られてるわよ」
例えば惚れた女を守りたいとか…………そしてそれを強く意識するきっかけもまた限られているのだ。
「いや、やってないからね」
戸惑いつつもすぐに気を落ち着かせてアキが私をじっと見る。その立ち直り方も少し前までは出来なかったはずで、それこそ精神的には彼が強くなったことが見て取れる。
「本当に?」
「本当に」
じっと見返して尋ねる私にアキは目を逸らすことなく答える…………嘘ではないように感じた。
「ちっ」
「なんで舌打ち!?」
思わず感情が飛び出た私にアキが驚く…………だって仕方ない。ノワールと彼が再び体を重ねていなかったことは私にとって朗報だが、もしも重ねていたらそれはそれでアキに同じことを要求する理由になった…………なにせ彼はこの三日間の埋め合わせを私にしなくてはいけないのだ。
そして最低でもノワールにしたことと同じことを要求するとは事前に言ってある。
だから二人が何もしていなかったことが私にとって残念だった。
それが舌打ちとして表に出てしまったということは、ノワールに対する嫉妬よりも残念な気持ちが上だったということなのだろう。
「…………まあ、アキがせっかくのチャンスを不意にしたヘタレなのは置いておくわ」
「ヘタレって…………そもそもそういう方向じゃないアプローチをしようって提案したのはマナカじゃないか」
「それはそれ、よ」
ノワールを攻略する方向としてはそれで正しいのだ。ただ単に今回は私が残念な気持ちにさせられたというだけで。
「うー、二人共アリサを置いてけぼりにしないで!」
そんな私たちのやり取りに焦れたようにアリサが叫ぶ。内容が内容だけに子供に聞こえないように声の届く範囲を固定していたせいだろう。誰だって好きな男が別の相手と内緒の話をしていれば気になるものだ。
「あー、そういえばアリサの扱いってどうなったの?」
「お爺ちゃんは許してくれたよ!」
話題を変えるためだろう尋ねるアキにアリサが叫んで答える。
「それは本当?」
「ええ、ちゃんとこの子を連れ歩く理由を作ったわ」
面倒ではあったがそれは私の本来の目的にも適っていたからちょうどよかった。
「とりあえず、町の人たちには私がこの島に来た目的を公表したの」
「目的って言うと……………魔王を倒す戦力を集めるっていう?」
「そうよ」
そう、本来私はそれが目的でこの島に来たしそれを忘れたわけでもない。
「それで私が森に入っているのはノワールを戦力として引き抜くためっていうことでまず納得してもらったわけね」
「ああそうか、まずそこから必要なんだ」
町の人たちからしてみればいきなりやって来た余所者が立ち入りを禁じられている森に入り浸っている状況だ。その説明からしないと禁じている側の町長の立場がない。
「でもノワールさんを引き抜くなんて話にしたらもっと不味いんじゃ?」
「大丈夫よ、ノワールがこの島の環境を維持しているのを知っている人間はほとんどいないみたいだから」
「そうなんだ」
アキが意外そうに呟く。確かにその子とも周知したほうが不用意に森に入ろうとする町民はいなくなるだろうが、この楽園の環境が一人の気まぐれで崩壊するなんて事実は隠した方がゆよいと町長は判断したのだろう。私でも多分そうする。
「それで、それを周知したうえでアリサを私の弟子にしたわ」
「…………弟子?」
「それなら連れ歩いてもおかしくないでしょう?」
この世界の徒弟制度は養子縁組に近いものも少なくない。特にそれが戦いに関するものであれば常に師に付き従って修行をするケースは多い。だから私がアリサに才能を見出して弟子にしたと公表すればそれに付き従って森に入ってもおかしくはない。実際問題アリサは鍛えれば十分な戦力になるし私の本来の目的としても申し分がない。
「えっとでも、アリサはそれでいいの?」
「うん!」
アリサは迷いなく頷く。彼女にもきちんと説明して納得して貰っている。弟子云々は方便ではなくれっきとした事実である。私はこれ以降彼女をきちんとその身分で扱うつもりだ。
「まあ、そんなわけだから…………アキが強くなるならアリサと一緒に鍛えてあげるのも悪くないかもね」
「うん、アリサもお兄ちゃんと一緒に強くなるよ!」
とても嬉しそうにアリサが両手を挙げる。
やる気があるのは何よりだ…………程よくしごいてやれば疲れて私とアキの時間を邪魔することもできないだろう。
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