五十九話 本気にならなくては始まらない
ノワールさんに慰めてもらえとマナカに言われた。そして今目の前では自分に甘えていいと口にしたノワールさんが手を広げて僕を待っている…………そこに飛び込んだらどうなるのだろうか?
飛び込めばあの夜のように優しく彼女が僕を包んでくれるのかもしれない。そうして嫌なことは何もかも忘れて次への活力を得られるには違いない。
「んー、アキ君はそういう気分じゃ、ないのかしら?」
「あっ、いやっ、その…………」
首を傾げるノワールさんに僕は戸惑ってすぐに答えられなかった。つまりやっぱりノワールさんはそういう形で僕を慰めるつもりだったのだろうか…………いやそれは嬉しいけれど、いや嬉しいはずだよな? ただそれで良しとは僕は思えなかった。
「アキ君は、目をそむけたくないのね」
「え」
「納得する前に考えることを放棄したく、ないのでしょう?」
「…………そう、なんでしょうか」
だって結論はもう出ている。僕は島を出てはいけない、強くなってはいけない。それをしてしまうと僕は周りに多大な迷惑をかけてしまうのだから。
「でも納得できて、いないわよね」
「…………はい」
尋ねられて、素直に僕はそれを認める。そうだ、僕はそれらのことを理解はしていても納得はできていない…………だって理不尽だ。僕がしてしまった愚行の結果でやろうと思ったことが頓挫するならともかく、生まれついて持ってしまっていたもので行動が制限されるなんてあまりにも理不尽だろう。
「アキ君は今もそんなに島を、出たいのかしら?」
「えっと、島を出ることに関しては正直そこまでは…………」
そうなのだ。正直今はそれほど島を出たいとは思っていない…………と、言うよりも元から僕は島を出たいと心から願っていたわけじゃない。
僕は魔王や転生者の話があったから島を出なければいけないと考えただけで、それまではこの島の暮らしに満足していて外に出ることなど考えてこなかった…………それはノワールさんによる思考誘導が解けた今でも変わらない。
きっと僕は何の問題もなく島を出ることができていても、いつかはこの島に戻って来たことだろう。
「じゃあ強くはなりたいの、かしら?」
「…………はい、強くなりたかったです」
僕が納得できていないことはそれだった。
「アキ君はそんなに、強くなりたいの?」
「正直自分でもよくわからないんですけど…………多分、そうなんだと思います」
「それは、なんのために?」
なんのためにと問われて僕はすぐに答えが出てこなかった。
魔王を倒すためではない。
それが無理なことは僕も理解しているし、正直に言えば僕自身にはマナカのように魔王に対する恨みはない。ただ魔王に挑んで散っていった同じ転生者たちに対する罪悪感から僕は魔王を倒さなくてはいけないと思ったのだから。
じゃあ、自衛のためだろうか?
マナカも言っていたように最低限の自営ができた方が色々と安全だ。この世界は本来魔物がそこらを闊歩している環境だし、僕に惹きつけられる異性に対してだってある程度強さがあればマナカのようなことがあっても抵抗して時間が稼げる…………だけど今僕が抱いているこの感情はそういう安全を確保するという義務的なものではないと感じていた。
ただ、強くなりたい。
胸の内にある感情は単純にそう告げているように僕には思えた。
「わからないです…………ただ、強くなりたいと思ってるだけで」
僕は正直にその胸の内をノワールさんへと明かす。きっと彼女であればその答えをくれるだろうとこれまでの経験でわかっていたから。
「そう、アキ君は弱いことが嫌なのね」
「あ」
すんなりとノワールさんの告げた言葉が胸の内に入り込んでいく…………そうだ、僕は別に強くなりたいわけじゃない。僕にとって強さというのは目標を達成するための手段であって、だから僕では魔王を倒せないとかそういう事実に対してはショックを受けなかった。
でも、僕は自分の弱さは嫌なのだ。
僕は弱いから何をするにもままならない…………降りかかる理不尽にも抵抗できない。きっと僕が強ければそもそも前世で彼女たちに殺されることはなかったかもしれない。
もしも自分が強ければ僕を殺そうとする彼女たちを取り押さえて一人ずつ諭すことができたかもしれないのだ…………そうすれば、僕は前世での人生を苦々しく思い返すこともなかっただろう。そしてそれが心の引っ掛かりとなって今世で自信を持てないということもなかったはずだ。
「そうだ、僕は自信が欲しいんだ」
こちらの世界で僕は何をするにも受け身だ。それは多分僕が何事にも自信を持てないことが原因だと思う。自信がないから自分から何かをする気概を持てないのだ。
「強くなれば、それが自信になるのかしら?」
「わからないですけど…………多分」
前世でも自信をつけたい人に筋トレを勧める風潮があったが、それと多分同じだ。自分を鍛えることで自分に自信が持てるようになる。強くなるとか筋トレはその成果が目に見えてわかりやすいのだ。そしてその自信が他のことの自信にも繋がる。
「なら強くなればいいと、思うわ」
「え、でも」
マナカがいる時にも同じことを言われたが、それは僕が強くなったことで惹かれるようになる人たちをノワールさんが物理的にどうにかするという話だった…………流石にそれはどうかと思ったので僕は諦めたのだ。
「別にアキ君の気配を隠すことくらいお姉さんには簡単、なのよ?」
「…………そんなことできるんですか?」
それなら最初に行ってくれればいいのにと僕は恨みがましい気持ちになるが…………考えてみればその程度のことがノワールさんにできないはずはないのだ。ノワールさんは僕の願いなら大抵のことは叶えてくれるが、ノワールさんの方から何でもかんでも干渉して叶えてくれるわけではない。
あくまで僕が頼んでノワールさんが僕の為になると判断したことだけを叶えてくれるのだ…………今回のことでいえば僕がそういうこともできるのかと確認しなかったのが悪いのだろう。ノワールさんはあえてそういうこともできるのだと言わなかっただけだ。
「それに魔力は訓練すれば抑えることもできるわ…………お姉さんだって基本的には魔力をほとんど抑えて、いるのよ?」
「そうなんですね」
僕にはわからなかったがノワールさんもその力を抑えていたらしい…………確かに考えてみればノワールさんがその力を隠すことなく顕わにしていたらものすごく目立つはずだ。そうなれば北の楽園の噂は噂ではなく事実として広まっていた可能性もある。
「あのでも」
しかし僕はふと疑問が浮かぶ。
「なに、かしら?」
「なんで急にそんなことを教えてくれたんですか?」
今教えてくれるならさっき話した時でもよかったはずだ。あれから大して時間も経っていないしその間にノワールさんの気が変わったということもないだろう…………あの時点ではノワールさんにとって僕は弱いままでよかったはずなのだ。
「アキ君の本気の気持ちが見えたから、かしらね」
「僕の本気、ですか?」
「あんな風にお姉さんに決意を顕わにしたのは、初めてよ?」
自信が欲しい、そう口にしたことだろうか。
「あんなものを見たら、応援したく、なるわよね?」
微笑ましいものを見るようにノワールさんが僕を見る。
「強く、なれるといいわね」
「はい」
僕は頷く。
初めて僕は一歩前へと踏み出せた、そんな気がした。
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