五話 知らないところでも世界は動いている
あの少女の神によってこの世界に転生したのが僕だけではないことは知っていた。彼女は他世界との魂の交換は純血化を防ぐためのようなものと例えたが、それであれば少数ではなくある程度大きな数を交換する必要があるからだ。
ただあの少女の神も流石にその全員を転生させるわけではなかったようだけど、それなりの数に力を与えて転生させるつもりだとは言っていた…………だからこそ、別に僕一人くらいが使命を放棄したとて問題はないと言っていたのだ。
それにあの少女はそもそも使命を受けるにしても行動するのは気が向いた時で構わないと言っていた。彼女は使命を与えてもそれを強制させるつもりはなく、転生させるうちの誰かが魔王を倒せばそれでいいと考えていたようなのだ。
だから僕以外の転生者が魔王に挑んでいるというのは本来驚くべきものじゃない。なにせ僕が転生して十年が経っている。他の転生者たちも同じ時期に転生しているのならその間に魔王に挑んでいてもおかしくはなかったのだ。
ただ、その挑んだ転生者たちが全滅したというのは流石に聞き捨てならなかった。
「えっと、その…………全滅したっていうのはどういうことなんですか?」
「そのままの意味、なのよ」
「そのままって…………」
それはつまり解釈の余地がないということ…………その事実に僕は顔を歪ませる。
「一年ほど前、かしらね。その時点で魔王討伐のやる気のあった転生者たちは徒党を組んで魔王の本拠地へと乗り込み…………全滅、しちゃったのね」
「それは、僕以外の転生者は皆死んだってことですか?」
「それは違うの、かしら」
ノワールさんは首を振る。
「転生者には二種類いるのはアキ君もわかって、いるわよね?」
「それは、はい」
僕のように前の世界と同じ肉体で転生してきた者と、この世界の誰かの子供として転生して来たもので二種類いるのだ。
「この世界で生まれ直すことを選んだ転生者はまだ、子供なのよ」
「あ」
言われてみればその通りだ。僕がこの世界に転生して十年、その時期にこの世界の子供として生まれたのなら今は十歳ということになる…………いくらチート能力を与えられていても魔王討伐に行けるような年齢ではないだろう。
「魔王討伐に参加したのはあなたと同じように元の世界に近い年齢でやって来た転生者…………の中のやる気のある者たち、だったわ」
「全員、ではなかったんですね」
「あれの与えた使命は義務ではない、からね」
まあ、それはそうだろう。義務でないのなら僕のように最初から使命を放棄しておらずとも、この世界で生きる間に敵や自分の実力を知る内に嫌になることだってあるだろう。魔王に挑んだ転生者たちが全滅したという事実が示すように、その使命が危険なのは間違いないのだから。
「使命に挑んで果てたのはおおよそ半数というところ、かしら」
「半数…………」
そう考える多く聞こえるが、僕と同じような形で転生した人間の半数だから、転生者全体で見れば多いというわけではない…………もちろん少なくもないけれど。
「その、どんな経緯だったかはわかりますか?」
「わかる、わね」
わかるんだ、と僕は内心で驚く。僕はノワールさんとこの十年の間毎日顔を合わせていたわけではないが、僕を保護するという義務が彼女にはある以上そう遠くには離れられないはずだ。
実際僕が知る限り彼女が遠くへ行ったような気配はこれまでなかった…………近くの人里とある程度の交流があるにしても、そんな最前線の情報を詳しく知れるものだろうか。
「まずアキ君は九年という期間を、どう思う?」
「九年、ですか…………長いと思います」
九年、それは転生者がこの世界にやって来て魔王に挑むまでの時間だ。転生者であるノワールさんにとっては瞬きのような時間かもしれないが、普通の人間の時間感覚である僕からすればそれはかなり長い時間に思える。
これはあくまで僕の感覚だが、転生して一年経つ頃にはこちらの世界での生活には慣れていたように思う。そこから魔王討伐を本格的に志したのだとしても、実際に挑むのに八年かかるのは長いように思える…………もちろん僕はこの世界の情勢も何も知らないからあくまで感覚的な話になってしまうが。
「まず状況の説明を、するわね」
そんな僕の心境をわかっているのかノワールさんが言う。
「最初に魔王の勢力について説明するけど軍事国家のようなものと思ってくれて、いいわ。魔王を頂点として魔族たちが一つの集団を形成している…………総数自体はそう多くないのだけど、大量の魔物を使役してそれを補って、いるの」
概ねそれは僕の想像していたものと相違ない。
「それに対するのは人類国家連合。この世界に存在するいくつもの国々が協力して魔王に対抗して、いるの。その人類にはあなたのような人種だけじゃなく、私のような長命種や他の亜人たちも含まれている、かしら」
それもまあ、大体想像から外れない。例えそこが異世界であろうと統一国家なんてものを実現するのはかなりハードルが高いはずだから。
「だから魔王討伐の使命を果たそうとした転生者たちはまず人類国家連合に自分の存在を明かして協力持ち掛けた、のよね。そして連合もそれを受け入れた」
それも自然の流れだと僕は思う。ゲームのように勇者一行が単独で魔王を討ちに行くなんていうのは現実的ではない。もちろん遊撃部隊として単独行動して魔王を狙うことはあるだろうけど、それにしたって魔王軍を掻い潜るためには国レベルでの陽動などは必要だろう。
最初から最後まで単独で魔王のもとにまで辿り着こうなんてのは無謀でしかない。
「でも、簡単に受け入れてもらえたんですか?」
この世界の人間から生まれ直さないという選択の最大の欠点はこの世界における身分を持たないことだ。どこにも所属しない流れ者のことなど普通は信用しない。
「そこはあまり問題なかったかしら…………この世界に転生者が現れるのはこれが初めてというわけでもなかった、からね」
言われてみればその可能性は十分にあった。純血化を防ぐための魂の交換は一度行えばそれで終わるというものでもなく定期的に行う類のものだ。それであれば過去にも同じことが行われていたっておかしくはない。
そしてチート能力を与えられた転生者はこの世界に良くも悪くも大きな爪痕を残しているはずで…………つまりその存在を認識されていたっておかしくはないだろう。
「ただ転生者という大きな戦力は取り合いになった、わけなの」
「…………ああ」
それは起こりえる話だろう。連合はあくまで協力関係であって統一国家になったわけではない。援軍を頼みやすくはなるだろうが基本的に自分の国は自分で守る必要があって、その戦力はいくらでも欲しいはずだ…………嫌な話になるが、戦後の国家間の力関係を見据えた足の引っ張り合いだってあることだろう。
「だから散り散りになった転生者たちが協力して魔王に挑むようになるのに九年…………正確には転生者という戦力を各国が抽出して協力しなければいけないまで追いつめられるのに九年かかった、わけなの」
つまりは追い込まれてようやく本当の意味で国々は協力したということらしい。
「でも、負けたんですよね…………」
結果はすでにノワールさんが口にしている。協力して魔王に挑んだ転生者たちは全滅したのだ。
「負けたけれど魔王にも相応の痛手を負わせた、ようよ?」
それに加えて転生者は魔王に敗れるまでに幹部クラスの魔族もかなりの数を討ち取ったらしい。結果として魔王軍はこれまでのような進軍を続けることはできなくなり、追い詰められつつあった人類国家連合も勢力を盛り返して戦線を膠着状態に陥らせることができた。
その猶予で互いにまず国力を回復させているのが現状ということらしい。
「だから、ね」
ノワールさんが僕を見る。
「アキ君が気にする必要なんて、ないのよ?」
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