五十八話 歳をとるほど誰かに甘えるのは難しくなる
「とりあえず、アキはノワールに慰めてもらっておきなさい」
アリサの一件もとりあえず収まり、一旦彼女を連れて町に戻ると告げたマナカが去り際に僕にそう勧めて来た…………いやまあ確かに僕は今傷心ではあるけど。
なにせ島にこれ以上の混乱を招かないために、僕は強くなることすら許されないという事実を突きつけられたのだから。
「アリサの扱いで町長と話し合う必要もあるし…………そうね、三日はこっちには来ないと思っていいから」
「え、それは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないから三日後に埋め合わせはしてもらうわ」
思わず尋ねる僕にマナカは当然のように返す…………やっぱり大丈夫じゃなかった。
しかしアリサのことで町長との話し合いは必要だ。僕が彼女を受け入れてもアリサがホイホイと森へと向かう姿を町民が見ればこれまでの森へ近づくなという厳しい決まり事を疑問視する人も出てくるだろう。その対策は考える必要がある。
とはいえマナカだけならこちらに来る余裕はあるだろうから、その三日というのは彼女が我慢して僕らに気を遣ってくれる時間ということだろう。
だからその三日の間マナカもこちらには来ないし埋め合わせも必要になる。
「じゃ、そういうことだから」
そう言ってマナカはアリサを連れて去っていった。僕から離れることをアリサは嫌がるかと思ったが、事前に話をしていたのか以外にもすんなりと彼女も帰って行った。
「…………さて、どうしよう」
マナカとアリサが帰った後に僕もノワールさんとは別れて自宅へと戻って来ていた。マナカは僕にノワールさんに慰めてもらうように言ったが、流石にそのまま慰めてくださいとノワールさんに言うのは気が引けたからだ…………というかその会話をノワールさんも聞いていたのに言えるかと思う。
「また来ます」
だからそう言って逃げるように僕は自宅へと戻ったのだ。
「というか慰めてもらえって…………」
僕は疲れたようにベッドに体を投げ出しながら呟く。具体的に僕にどうしろというのだろうか。多分マナカの思惑としては僕の弱いところを見せることでノワールさんの庇護欲をさらに刺激させたいのだろう…………だけど弱っているというならそれこそ僕はこの世界に転生した時が一番弱っていた。そんな僕の姿をノワールさんはさんざん見ているはずなので今更という気がする。
「そもそも何をしてもらえば正解になるんだろうか」
僕の頭に浮かぶのはどうしても大人が子供を慰めているような姿だ。励ますような言葉をかけながら相手の頭を撫でる…………それはどうなんだ? 確かに僕の見た目はまだ少年といえるような年齢で固定されてしまっているが、その中身は大人のつもりだ。
それが子供のように慰められるというのは、いくらノワールさんと多大な年齢差があると言っても恥ずかしい。
「だとしたら大人の慰め方…………っ!?」
それは何だろうかと考えて思い当たり僕は顔を赤くする。そう言えばつい最近も僕は落ち込むことがあった…………初めてあの町に行って町長さんの話を聞いた日だ。
あの日は自身の行動の無謀さと周りに掛ける迷惑を理解してしまってひどく落ち込み、そのまま寝ることにした僕が深夜にふと気づくと体の上に乗っているノワールさんに気付いたのだ。
「いやいやいやいや」
僕は首を振る。確かにあの日は起きると落ち込んだ気分は無くなっていたが、いくらマナカだってそういう意味では言っていないだろう。そもそもあちらから来たならともかく僕の方から慰めてくださいと体を求めるのはあまりにも最低すぎるだろう。
「落ち着こう、今日は気分を落ち着かせてまた明日考え…………」
コンコン
一旦今考えていることを忘れようとする僕を遮るようにノックの音が響く。
「アキ君今は大丈夫、かしら?」
そして聞こえてくるノワールさんの声。
「あっ、えっ、だっ、大丈夫です!」
思い切り上ずってしまったが何とか僕は返事をする。
「入って大丈夫、かしら?」
「大丈夫、です!」
本当は大丈夫ではないが僕はすぐさまノワールさんを招き入れた。思い切り動揺してしまっているのは伝わってしまっただろうし、その理由を変な方向に誤解されたくない。
「驚かせて、しまったかしら?」
「いえ、ちょっとぼうっとしててびっくりしちゃっただけなんで」
「そう」
適当すぎるいい訳だったがノワールさんはそういうことにしてくれるようだ。下手な言い訳で結局なにか誤解させてしまったような気がするけれどもう気にしても仕方ない。ノワールさんが流してくれるならそれに甘えるだけだ。
「それで、何か僕に用ですか?」
「用が無いと、来ては駄目かしら?」
「いやっ、そんなことはないですけど!?」
ふふふ、と微笑むノワールさんに僕はまた声をうわづらせる…………駄目だ、気持ちが落ち着いてくれない。ノワールさんの訪問が不意打ちだったせいか心臓がバクバク言っている。
「なんてね、ちゃんと用件は…………あるのよ?」
そんな僕をさらにおかしそうに、悪戯が成功したようにノワールさんは笑みを深める。僕よりもずっと大人でありながら茶目っ気があるのがノワールさんの可愛らしいところだと思う…………いやなんで僕はそんなことを考えているんだ。
「ごめんなさいノワールさん、ちょっと時間をください」
ノワールさんに断って彼女から背を向け、僕は大きく息を吐いて吸う。落ち着け。まず一旦昂った感情をリセットするんだと自分に言い聞かせる。深呼吸。それを繰り返していくうちにずいぶんと頭も落ち着いてきた。
「もう、大丈夫かしら?」
「はい、少し落ち着きました」
僕はノワールさんに返事をして振り返る。よし、その顔を見ても胸の動悸が高まったりはしない。大丈夫だ。
「それで、改めて聞きますけど何しに来られたんですか?」
今のところノワールさんに僕に用件があるとは思えない。というかあるのならマナカたちと別れて僕が帰る前に話すこともできたはずだ。あれからまだ二時間と経っていないし何か用事ができたというのは考えにくかった。
「アキ君を、慰めてあげようかと、思ったのね」
「えっ!?」
まさかノワールさんの方から来るとは思っておらず、僕は目を丸くする。
「え、いや、それは…………」
「落ち込んで、いるのでしょう?」
「…………否定はできないです、けど」
強がるのは簡単だがノワールさんには通用しないだろう。
「でもあの、確かにマナカは僕にノワールさんに慰めてもらうように言ってましたけど」
「それは関係ない、話なのよね」
「え」
落ち着いた視線でノワールさんは僕を見る。
「マナカが何も言わなくても、お姉さんはアキ君を慰めてあげたいと思ったわ」
「それは…………ええと、ありがとうございます」
それは嘘ではないだろう。実際に僕はこれまで何度もノワールさんには慰められている…………そう考えるとなんだか僕はものすごく情けないな。
「だから遠慮なく、甘えていいのよ?」
しかしそんなことを考える僕に、迎え入れるようにノワールさんは両手を広げたのだった。
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