五十六話 隠れていても解決しないことはある
アリサは楽園と呼ばれているこの島に住む十歳の女の子。お爺ちゃんはこの島唯一の町の長でアリサもその孫として特別な扱いをされてきたの…………でも実際のところお爺ちゃんや両親はあまりアリサを特別扱いするのは好まなかった。
もちろん三人ともアリサを大切に扱ってはくれたけれど、それは普通の家族の愛情で島一番の権力者の孫娘としてではなかったの。
きっとその権力を傘にして傲慢に振舞うような子供にアリサをしたくなかったのだと思う。
ただ家族が気を付けても町の人たちはアリサに気を遣ったの。だからアリサが少しばかりわがままに育ってしまったのは間違いないと思う。
ただそれは両親からも咎められない程度に収まったとアリサは思っているの…………だってそもそもそんなにアリサがわがままを言う必要はなかったもの。無理に要求しなくても私が欲しいものは大抵が手に入ったの。
でも、簡単に手に入らないものをアリサは見つけた。
あの日はお爺ちゃんに自室から出ないように急に言われたの。アリサはその時外にお出かけしようと思っていた時だったのだけど素直に従ったわ…………だってそこでわがままを言ってもお爺ちゃんは許してくれないもの。
アリサだって馬鹿ではないのだからお爺ちゃんがそういう時はあの森の魔女がやって来ている時だってわかっていたの。詳しいことは教えてくれなかったけどこの島にこの町が存在できているのはあの魔女のおかげなのだとお爺ちゃんは言っていた…………だからその機嫌を絶対に損ねてはいけないって。
そうアリサに言った時のお爺ちゃんは真剣で、これまでどんな悪戯をして怒られた時でも向けられたことのない表情をしていたのをよく覚えているの。だからアリサはこれまでずっとそのお爺ちゃんの言いつけを守って来た。
それなのに、どうしてかあの日はそれを破りたくなったの。
あの日は出かけるつもりだったけれどまだ家を出ていなかった…………だから、アリサはその姿を見てはいなかったはずなの。それなのになぜだかわからないけれどアリサはお爺ちゃんとの約束を破って自分の部屋から出ようと思ったの。
アリサはこっそりと部屋を出て、お爺ちゃんたちが話しているであろう応接室に向かったわ。
でも、そこに魔女はいなかったの。
森の魔女の顔をはっきり見たことはなかったけれどその風貌は覚えている。お爺ちゃんは森の魔女に接触しないように町の人たちに厳命しているけれど、遠めに見ることも許さないほどにも厳格じゃないの。
だからアリサがたまたま外出していた時に来訪があって、遠目に見ることができた…………あれは確か、何かの本で見た長命種という種族の女の人だったの。
だからお爺ちゃんと話している人が森の魔女じゃないことはすぐに分かった。だってお爺ちゃんと話しているのはアリサと同じ人種で、男で、とっても素敵な人だって一目でわかったのだもの。
正直に言えば、すぐにでも私は飛び出してそのお兄ちゃんと話がしたかった。だけど状況から判断すればお兄ちゃんは森の魔女が連れて来たのだと思ったの。それであればアリサが入って行けばお爺ちゃんはそれを咎めるはず…………そうなったらきっと今後あのお兄ちゃんに会う事は難しくなると思ったの。
だからアリサは誰にも見つからない内に自分の部屋に戻った。昔から隠れようと思ったアリサは誰にも見つからなかったけれど、その時は万が一にも見つかるわけにはいかないと思ったから。
お兄ちゃんと離れるのは悲しかったけれど、もう一度お兄ちゃんに会うためにアリサはものすごく我慢したの。
我慢して我慢して我慢して…………それでついにお兄ちゃんにまた会えたの!
◇
「これが今までの経緯? だよ! お兄ちゃん!」
「うーん、そっかぁ…………」
褒めて欲しいと言わんばかりの笑みを浮かべてこちらを見るアリサに、僕はうんざりとした表情を浮かべないように何とか笑みを取り繕う…………マナカが連れて来たアリサに改めて会いに来るまでの経緯を聞きたいと言ったのは僕自身だ。
それであからさまに悪い反応を見せるのは流石に申し訳ない。本当はものすごく大きなため息を吐きたくあるけど。
「そう、あなたは最初にアキを見てすらいなかったのね」
「うん!」
マナカの呟きにアリサは元気よく頷く…………そう、そこなのだ。僕は町の門から町長さんの屋敷まで普通に歩いていったのでその最中にアリサに見られたのだと思っていた。しかし実際の彼女は自室の中で見ておらず、それなのに無意識の興味を覚えて町長の言いつけを破ったのだという…………なんなんだそれは。
一目惚れならば表に出ないことで防げるけれど、一目見てすらいないのに惹かれるのだと言われたらどうしようもない。最悪島を出ることなく僕に惹かれた人たちが集まって来ることになるのではないだろうか…………そんなものどうしようもない。
「アキ君の気配に、惹かれたのね」
笑みを張りつかせたまま内心で絶望する僕にノワールさんが口を開く。
「えっと、気配…………ですか?」
「そうよ、近いところにいたから感じ取れたんだと、思うわね」
「ちょっとそういうの、よくわからないんですが」
気配とか、前世の漫画やゲームなどではよく使われた単語だが現実で使う事はほとんどなかった単語だ。恐らくはその場の状況を読み取ったうえで無意識に判断したものを気配と呼んでいるのだろうけど、それには思い込みとか強迫観念とか意識的なものも混じって決して正確なものじゃないと思うのだ。
例えば今回のアリサのケースだと同じ屋敷の中にノワールさんがいると知っている。だから他人が同じ家の中にいるということを意識してしまって、それを気配と勘違いしてしまったということもあるのではないかと思う。
「いや、そういう曖昧なものじゃなくてちゃんとわかるわよ、気配…………もちろん感覚的なものであるのは否定しないけど、ちゃんと明確なものよ」
「え、そうなの?」
マナカの言葉にそれでも僕は懐疑的だった。明確といわれても僕の考える限り気配とは明確に判断できるものではない。
「確かにアキの言う事もわかるんだけど…………私たち、というかこの世界において気配っていうのは魔力の感知なのよ。こちらの世界では誰もが魔力を持っていてその魔力を感じる能力も持ち合わせているわ」
「…………そうなの?」
それなのになぜ僕には気配というものがピンとこないのだろうか。
「それは当然能力があったって使いこなすには訓練がいるからよ。例えば耳がいい人だって聞こえる音を正確に聞き分けるにはそれなりの訓練がいるでしょう? もちろん最初からできる人だっているけれど、それは才能ってもんよ」
つまり僕はその才能もなく能力を磨くこともしておらず、アリサには才能があったら空僕の気配を感じ取れたということだろうか。
「…………」
「別にアキが悪いんじゃなくてこれまで必要なかったってだけでしょ? それが必要だと思うんなら後で私が訓練つけてあげるからそれでいいじゃない」
「うんまあ、そうだね…………」
子供にも才能で負けているのかと思った少し寂しくなっただけだし。
「しかし魔力の気配って…………それはどれくらいわかるものなの?」
「それは実力次第、かしら」
僕の疑問にノワールさんが答える。
「アキ君はこれまで森の中にずっといて、それまでアリサは気づかなかった、わけなのね? つまりアリサの実力では同じ屋敷にいないとわからなかった、わけなの」
「あ、そうか。そうですね」
だからこそ僕はこの十年アリサのような訪問を受けることなく過ごせてきたのだ。
「でも例えばお姉さんなら、この世のどこにいたってアキ君の気配がわかる、わけよね?」
「…………」
流石ノワールさんということなのだろうけど、それはつまり僕は常にノワールさんには居場所を把握されているということになる。いやまあ、これまでの経験からなんとなくわかってはいたけれど。
「私の場合だと島の外くらいからでぎりぎりってところかしら」
相応の実力者だけあってマナカのそれもアリサよりかなり広い…………しかしそれは大丈夫なのだろうか。実力が高ければ高いほど遠くからでも僕の存在に気付かれるということなのだけど。
「ああ、それは大丈夫よ」
僕がその懸念を口にするとマナカが問題ないというように答える。
「魔力感知をするにしたって反応した一つ一つを普通精査なんてしないわ。反応を感知した中で高いものをいつか集中して感知するだけ…………今のところアキの魔力はその他多数の中に紛れるから遠くからじゃ気にもされないわよ」
距離が離れれば離れるほど感知する魔力の数は多くなる。アリサのように近くで他の対象がいないような状態でもなければ気づかれることはないということか。
「そっか、それなら少し安心した」
僕はほっと息を吐く。
島を出ることもできないのに、その島の中ですら落ち着けないんじゃ目も当てられない。
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