五十四話 話が通じない相手にはまず格付けする
「さて、少しは落ち着いたかしら」
町長との話し合いを終わらせて私はアリサへと会いに来ていた。町長との話し合いは特に揉めることなく片が付いた…………まあ向こうからすれば渡りに船だったのだろう。
町を思えばアリサをどうにかするしかないが家族としてはできれば避けたい。そんな葛藤をしているところに私が解決すると提案したら涙を流して喜ばれた。
「入るわよ」
部屋そのものにかけていた固定の力を解いて私はアリサの自室の扉を開ける。固定していた間の空気の循環は止まっているから最悪酸欠で死んでいる可能性もある…………まあ、その可能性は低いだろうけれど多少弱ってくれていたほうが面倒はない。
「元気ね」
しかしその期待は部屋に足を踏み入れた瞬間私の首筋への一突きで霧散する。
武器になりそうなものは取り上げておいたはずだけど、部屋の内側にあった鏡を割ってナイフ代わりにしたらしい…………まあそんなもので私に傷はつけられないけれど。
私は常時表面上の空気を固定させてシールド代わりにしている。それ破れるのは魔王クラスかノワールのような規格外の存在だけだ。
「っ!」
不意打ちが失敗したと悟ったその瞬間にアリサは私の背後の扉へと走った。早い判断だと思うが私は自分が部屋に入った時点で扉を閉めて再固定している。
逃げを選ぶなら私が部屋の固定を解除したその瞬間に窓をぶち破って逃げるべきだった…………そういう意味ではまだまだ判断が甘い。
「話をしましょう」
開かぬ扉のドアノブを捻り続けるアリサに私は声をかける。その為に私は来たのだ。いきなり人を殺しにかかったことのお仕置きをしてやってもいいけれど、本題はそれじゃない。それは話を済ませた後でもできることだ。
「私は! お兄ちゃんを諦めない!」
「でしょうね」
叫びながら飛び掛かって来るアリサへ私は冷静に答える。再び鏡の破片を突き付けてくるのかと思ったがその手には何も握られていない。代わりに私を飛び掛かった勢いで床へと押し倒すと両手で私の首を絞める…………刺せなくても首を絞めれば息ができなくて死ぬと判断したのか、殺意の判断が高い。
「無駄よ」
けれど私は自分自身を固定しているのではなく固定した空気のシールドを纏っている状態なのだ。その上から圧迫したところで私の首を絞めることなんてできない。
「なんで!?」
「私の方があなたより圧倒的に強いからに決まっているでしょう」
私はアリサの胴を両手で掴むと力任せに持ち上げる。たったそれだけで全力で私の首を絞めていたはずの彼女の両手は引き剥がされた…………仮に固定の力を使わなくとも彼女程度であれば普通の強化魔術だけでもどうにでもなる。
「このっ!」
「私の首を噛もうとすれば歯が折れるわよ」
先んじて口にしてやるとアリサの動きが止まる。この辺りはまあ子供だ。手持ちの手段が少ないから一度失敗した手段を繰り返してしまう。
鏡の破片でも突き刺せなかったのに噛みついたところでどうにかなるはずもない。冷静であればそれにも気づけただろうけど、たった二度失敗しただけでアリサは冷静な判断力を失ってしまったようだ。
それもやっぱり彼女が子供であり経験不足ということだろう。
「少なくともこの場で私を殺そうとしても勝ち目はない、それだけをまず理解しなさい」
子供あやすように私はアリサを高く持ち上げて、その敵意剥き出しの目に視線を合わせる。人間じっと見つめられれば落ち着かなくなる。しかしそれと同時にその落ち着かなさをどうにかしようと思考も巡らせてしまうものだ…………そしてそれは冷静さをもたらす。
「この場で今あなたにできることは私と話をすることだけよ」
「…………わかった」
不満そうな表情を浮かべながらもアリサは頷く。それを確認して私は彼女をゆっくりと床へと下ろした。その瞬間に何かしてくることも警戒したがとりあえずは大人しく彼女は立ったまま私を見た。
「それで、アリサと何を話すの?」
ひとまずは私の言葉に応じたように彼女が尋ねてくる…………それでもまだ私の隙を探っているような気配はあるが先ほどのような殺意は感じない。
この場で私をどうにかする手段はないと理解はして、やむをえず逃げる隙を見つける方向へと思考を切り替えたのだろう。生憎と私にそんな隙はないがこれで少なくとも私の話を聞くふりはしてくれるだろう。
「もちろんアキとの今後のことについてよ」
「アキ、お兄ちゃん」
その名前を聞いただけで口にする言葉に熱が籠る…………いやもう本当に怖いわね。話に聞く限りでは隠れてアキを一目見たくらいのものなのに、すでに彼中心にその思考が塗り替えられている。
私も人のことは言えないのは事実だけど、客観的に見ると異常の一言だわ。
「結論から言うけれど、アキはあなたのことを受け入れると決めたわ」
「ほんとう!」
ぱあっとその表情が輝く。まさに地獄から天国という変化の仕方だった。
「ただ」
勘違いさせないように私は続ける。
「それは単にあなたを拒絶はしないという意味だけで、別にあなたを妻や恋人として受け入れるという意味ではないわよ」
「…………」
途端に消沈して押し黙る。実にわかりやすい。
「当たり前でしょう。アキにとってあなたは初めて見た知り合いの孫娘くらいの印象でしかないの…………しかも一方的な好意を向けられたんだから印象としてはマイナスでもいいくらいなのよ?」
まあ、当のアキは実際のところアリサに困ってはいるものの子供のしたことだからと思っているふしがある。彼女が真摯に謝れば彼はあっさりと許すだろう。しかしそれをすぐに教えるよりは少しばかり彼女には反省してもらった方がいいだろう。
「まず客観的に理解しなさい。あなたはまだアキにとって何ものでもないの。その上で彼に好印象を与えないなら相応の態度をとる必要があるわ」
「…………わかった」
「わかりました、よ」
「…………わかり、ました」
まだ不服そうではあるがアリサは訂正して口にする。わたしに武力では勝てないことは理解したはずだが、私とノワールの時のように圧倒的な格差を思い知らされたわけでもない。元より彼女は子供であり大人に敵わなくても仕方がないという意識だってあるはずだ…………それを考えればまあ、こんなものだろうと思う。
「それじゃあこれからアキに接するために大切な心構えを話していくわ、いい?」
「…………返事は?」
「…………はい」
「声が小さいわね」
「はい!」
やけくそになったようにアリサが叫ぶ。
「よろしい」
私は満足げに頷いて見せる。
流石にノワールが私にしたように派手にやるわけにはいかないが…………上下関係はしっかりと教え込む必要がある。
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