五十一話 一番大切なものの為なら二番目も捨てる
「とりあえずアリサに関しては僕に会えないようにしてもらうしかないと思う…………最悪ノワールさんなら穏便にここに近づけないようにできるよね」
「それはもちろんできる、けれどね」
ノワールさんは頷いてくれたけど、それでいいのかというように僕を見る。
「アキ君は本当にそれであの子が諦めると、思うのしかしら?」
「え、それは…………」
普通に考えれば諦めるのではないだろうか。物理的に僕に会えなくなるわけだし町長さんを始めとしたアリサの家族だって彼女を説得するだろう。
「アキ、それはあなたに惚れてしまった女を舐めているわよ」
「えっ」
そんな僕の考えを横からマナカが甘いと指摘する。
「同じあなたに一目惚れした私だからわかるけど…………そんな程度では絶対に諦めないでしょうね。どれだけ時間がかかろうがノワールの妨害を潜り抜ける手段を探すはずよ」
「いやでもそんなの周りが止めるんじゃ…………」
ノワールさんの住まうこの森には干渉しないというのがあの町での絶対のルールだ。町長さんはそれを徹底している立場であり家族であっても例外ではない。
今回の件はうまく隠せたようだがアリサが何度も森に侵入しようとするとなれば隠しきれなくなるのは間違いない。だから何としてでも彼女を止めようとするはずだ。
「だからあの子かその家族のどちらかが死ぬわ」
「は?」
完全に予想外の言葉がマナカから飛び出してきた。
「いやなんでそんな話に?」
「なんでもなにも…………最終的にそうなる他ないでしょ」
「…………」
当然のように告げるマナカに僕はノワールさんを見る。それに彼女はゆっくりと頷いた。つまりノワールさんもマナカの予想は正しいと判断しているのだ。
「端的に言えば家族への愛情よりもアキへの愛情が上回るのよ…………それなら、邪魔者は消すしかなくなるでしょう?」
「だ、だからって家族を殺すなんて…………」
「まあ、実際に殺すかどうかはわからないわ…………それでも絶対に自分の邪魔をできない状態にするのは確かね」
家族への情はちゃんとあるのに、その上で僕を優先して家族を排除する…………一体どうしたらそんな心境になるのかまるで理解できない。そしてその元凶が僕であることも。
「そ、それならアリサの方が死ぬっていうのは?」
「そりゃあだって、言って聞かないならあの子は危険人物になるわけだもの」
「危険って…………確かにそう、なるのか」
それは家族を排除しようとするからではない、町全体に対する危険だ。この島はノワールさんの恩恵を受けることで生活ができるようになっている。しかしそれはノワールさんの善意ではなく自分の生活の邪魔をしないのであれば許容するという程度のものでしかない。
煩わしく思えば躊躇いなく町を切り捨てるだろう…………そうなれば、本来極寒の地であるこの島で生き残れる人間はほとんどいないはずだ。
だから町長さんには責任がある。いかなる手段を用いてでもノワールさんに留まってもらい町とそこに住む人々を責任が…………その為であれば例えそれが自分の孫娘であっても排除しなくてはならない。それが血を分けた相手であっても町全体と引き換えには出来ないのだから。
「で、でも孫娘だよ?」
だがそれでも自分の孫なのだ。それこそ人によっては世界を犠牲にしても守りたいものでもあるはずだ。
「あの町長ならやると私は思うわ」
しかしマナカの意見は違うらしかった。
「あれは色々なものを覚悟して責任を果たそうとしている人よ…………実際に何かあれば私を殺す覚悟も決めていたみたいだしね」
「え」
「ノワールから招待状が送られてこなかったら食事に毒でも混ぜていたんじゃないかしら」
さらりと言うがそこまでするのかと思う…………けれど確かにこの島の状態を維持したいのであればそこまでする必要はあるかもしれない。ノワールさんを戦力として勧誘するというマナカの目的はそれが達成されてもされなくてもこの島の現状を大幅に崩しかねない。
成功すればこの島からノワールさんはいなくなるし、失敗してもマナカが諦めなかったり他が勧誘に来ると思えばノワールさんは島を離れる選択をするかもしれない…………町長さんとしてはマナカを島に来なかったことにするのがもっとも確実に島を守れる選択肢だったのだ。
「でもそんなの失敗したら…………」
「失敗してもそれは町長の責任になるだけで島全体に咎が及ぶわけじゃないしね」
あくまで個人として行えばリスクは自分だけで済む。
「そういうことが躊躇いなく判断できる人間だし、身内だからって容赦することはないと思うわ…………別にそれは親愛の情がないからってわけじゃなくね」
町長さんがアリサのことを孫として愛していないから切り捨てらるわけではない。家族への愛情と町長としての責務を切り離して考えられるから選択できるだけなのだ…………だから後で酷く後悔するだろうし下手をすれば死を選ぶかもしれない。それでもやるべきことをやれる人間ということなのだ。
「そんなわけだから、アキの性格を思えばとりあえず遠ざけるっていうのはお勧めしないかな」
確かにもしも町長さんがそんな選択を選ばざるを得ない状態になれば、知った後で僕は激しく後悔することだろう。
「でも、それならどうすれば…………」
それでは僕に選択肢が無くなってしまう。アリサの思いを受け入れるわけにはいかないし、かといって遠ざけるのも駄目ではどうすればいいのかわからない。
「例えばだけど、ノワールはあの子の記憶を消したりできないの?」
「もちろん、できるわよ」
「ならそれで解決じゃない」
拍子抜けしたようにマナカが嘆息する。僕のことを想うがゆえに暴走してしまうなら僕の存在そのものをアリサの中か消してしまえばいい。それは乱暴な理屈に思えるけど…………確かにそれ以外方法はないかもしれない。
それで何か後遺症があるとかでもない限りノワールさんにお願いするしかないように僕も思える。
「でも確実じゃ、ないのよね」
しかしノワールさんは困ったように肩を竦める。
「それはどういう意味で?」
「もしもあの子が転生者であるなら、あれが定めた時期になれば記憶は全部戻るわ」
「あれっていうのは神様のことよね?」
「そうよ…………私の力でも流石にあれのすることには逆らえない、のよね」
今アリサの記憶を封じても、いずれあの少女の神が設定した時期が来れば前世の記憶を含めてすべて思い出してしまうということらしい。ノワールさんはあの少女の神の代行者ではあるけれど、だからこそその力を上回ることは出来ないのだ。
「でもあの子が転生者かもってのはあくまで推測だし…………とりあえず消しておくっていうのはありだと思うけど」
もしも記憶が戻ったらその時また考えればいいとマナカは言う。
「そうなのだけど…………そもそも記憶は消しても思いそれ自体は残っちゃうのが、問題なのよね」
「それってどういう意味ですか?」
「アキ君のことは忘れても、アキ君を好きだっていう感情だけは残って、しまうのね」
「…………あー、それは困るわね」
「僕とはわからないけど誰かを好きだって感情だけは残るってことですか?」
「そういう、ことなのよね」
ノワールさんが頷く。
「アキのことはわからなくても、自分の中の感情の正体を探るために相手である誰かを探そうとするでしょうね」
「そうなると、思うわね」
「その感情自体も消せないの?」
で、あればそれすらも消してしまえばいいのではとマナカが尋ねる。
「無理、なのよね」
しかしそれにノワールさんは困ったように微笑む。
「なにせアキ君への、感情だから」
そして僕を見て言った。
「魂まで刻まれてしまって、いるのよね」
勘弁してほしい。
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