五十話 見なかったことにしたいけど見なかったことにできない
「全く、面倒なことになったわね」
一時間ほどしてマナカは戻って来た。その間僕はそのままノワールさんと自宅で待っていたので彼女を家に招き入れる。そして開口一番彼女が口にしたのがそれだ。
「もしかして大騒ぎになってた?」
「いえ、そこは大丈夫よ。町長さんは身内だけの話に留めていたから…………まあ、町民にあれだけ森に入らないよう徹底していた手前で家族がやらかしたなんて言えないしね」
上に立つものほど規律を守っていなければ下の人間は従わないものだ。もちろん締め付けることは可能だがそれは大きな不満を生む。自分より立場の上の人間が守っているのだから自分たちも守らねばと思って貰うのが理想だ。
それが子供とはいえ決まりを破ったのを知られてしまえばよくはない…………仮に大人は仕方のないことだと納得してくれても、それを知った他の子供達はあの子だけずるいと不満を漏らして下手をすれば自分もと森に入る可能性だってあるだろう。
「それはうまくいったの、かしら?」
「問題ないみたいよ。あの子、門番にすら気づかれずに森に入ったみたいだから」
流石森の魔物に気づかれることなくここ案でやって来たことはある。だから僕のところへやって来たのがわかったのも、普段の言動と姿が見えないことでまさかと危惧した結果であるらしい。
マナカがいなければ念のために森を確認なんてこともできなかったから、彼女はずいぶんと町長さん家族に感謝されたそうだ。
「だから今回の件で町に影響はないけれど…………問題は本人よね」
「やっぱり諦めてない?」
町に影響がないのはほっとしたけれど、それで根本的な問題が解決したわけではない。アリサ当人が納得してくれない限り何度でも起こりえることなのだ。
「町に戻って固定を解いてからずいぶんと暴れてくれたわよ」
面倒そうにマナカは息を吐く。
「子供ってのもあるんだろうけど聞く耳もってくれないわ。今日のところは私が魔術で結界を張って部屋に閉じ込めておいたけど、正直それもいつまでもつやら…………無駄に才能だけはあるわね、あの子」
「なにせアキ君の魅力に気づくような、子だからね」
僕に惹かれる異性の性質として能力が高いというのがあるらしい。転生者であり神様からチート能力を貰っているマナカがその才能を認めるのだから、彼女のそれは相当なものなのだろう。
「一応確認したいんだけど、あの子も転生者ってことはないよね?」
ふと思いついて僕は尋ねる。あの子の年齢は見た目からすると十歳前後…………そうするとこちら側の世界で一から生まれ直した転生者と年齢的には一致する。子供とは思えないようなその能力の高さも転生者であれば納得できる。
「どうかしら、そんな感じはしないけど」
しかしマナカは僕の意見に懐疑的だった。
「転生者ってほら、こちらで生まれ直しても人格は前世の引継ぎだから精神的にはちゃんと大人って感じがするのよね。子供としても振舞っていてもどことなくわかるの…………でもあの子はちゃんと心から子供って感じがするわ」
「なるほど」
それは納得できる理屈だった。実際に僕もアリサと話していて彼女の心が大人であると感じはしなかった。これ以上ないくらいに彼女が感情的だったからこそそれが演技ではなく本心であることがよくわかったのだ。
「あらそうとも、限らないわよ?」
しかしそこにノワールさんが口を挟む。
「転生者であっても最初から記憶があるとは、限らないのよ?」
「そうなんですか?」
ノワールさんが言うには僕やマナカのケースと違い赤子から転生する場合あの少女の神は二つの選択肢をくれるらしい。一つは赤子の頃から元の記憶と人格を維持する選択で、もしもそれが精神的に辛いようであれば後から任意の年齢で思い出すようにすることも選べるのだと。
もしもアリサが転生者でその方法を選んでいたのだとしたら記憶をまだ取り戻しておらず子供のようであってもおかしくはない…………全てを思い出すまでは実際にただの子供なのだから。
「そうだとすると厄介ね」
マナカも説明されたことを思い出したのか顔をしかめる。
「あの子が本当にそうだとは限らないけど…………もしもそうなのだとしたらいつ爆発するのかもわからない時限爆弾みたいなものよ」
ある日突然に別人に変わるようなものなのだ…………それも神様から与えられた強大な力を持った成熟した人格として。
「手っ取り早いのは今のうちにどうにかしちゃうことだけど」
「…………それはちょっと」
「わかってる。流石に私だってそれは目覚めが悪くなるわ」
あくまで転生者である可能性があるというだけで確定ではない。それに転生者であっても敵対するとは限らないのだ…………というか普通はしない。ただ現状でアリサが僕に惹かれてしまっているというのは最大の懸念点であるだけで。
「なんというか…………本当に厄介よね」
辟易するような表情でマナカが僕を見る。
「たった一度あの町に行っただけでこれだもの…………アキは絶対にこの島から出るべきではないわ」
「…………それは僕も今ひしひしと自覚してるところだよ」
マナカに引き続いてアリサとなれば僕はいやでも自身の持つその特性を自覚するしかない。マナカという実例があっても僕は心のどこかで楽観視していたところがあったけど、これは本当に隔離されていなければいけないものだろう…………僕自身がどう思おうとも。
「それであの子のことだけど…………どうする?」
僕がそれを自覚したのを確認して改めてマナカが尋ねてくる…………あの子を、転生者の疑いのあるアリサをどうするかを。
「どうするっていっても…………どうにかするわけにもいかないし」
それは今さっき話したばかりだ。いくら何でもあの子を殺してしまったりするようなことは避けたい。
「それでもこのまま放置はできないでしょう?」
「それはそうだけど」
「だから具体的にはあのことをこのまま拒絶するか、それともこちら側に引き込むかの方針を決めないと駄目」
「…………その、こちら側に引き込むっていうのは?」
「つまりは私と同じ立場にするってことよ」
ものすごく嫌そうな顔でマナカは言った。
「選ぶのはアキよ」
じっとその表情のまま彼女は僕を見る。
「えっと、ノワールさんはどう思いますか?」
僕はその表情から逃げるようにノワールさんを見た。
「お姉さんはアキ君の好きにすればいいと、思うわね」
マナカと同じように許容するという態度をノワールさんは変えないらしい…………正直変えて欲しかった。ノワールさんの意見であれば僕もマナカも納得しただろうから。しかしそんな怠惰は僕には許されず自分で決めるしかないようだ。元をたどればその意図がなくとも僕の蒔いた種なのだから当然ではあるのだけど。
「僕はアリサを子供としか見れないし…………何よりも僕の手は二つしかないよ」
そしてその手は、片手ずつ今もノワールさんとマナカに握られているのだ。
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