四十九話 純粋な分諦めも悪い
「お兄ちゃんの、馬鹿あああああああああああああああああ!」
涙目になってアリサが叫ぶが、僕はそれよりもノワールさんと繋いだ手の方が気になって仕方がなかった。
昨日の彼女はいつもの余裕ある年上の女性ではなく初めての感情に戸惑う乙女であったように思う。それが今日には自分から僕の手を余裕のある態度で握っているというのはどういう心境の変化だろう…………まさかたった一日で慣れてしまったとでもいうのだろうか。
「…………」
いや違うな、先ほど繋いだばかりなのにノワールさんの手には緊張からか汗がにじみ始めている。まだ慣れてはいないのを無理して余裕あるように振舞っているだけだ。それが何のためかといえばこの場からアリサを穏便に帰らせるためだろう。
恋焦がれる少女には酷ではあるけれど、すでに相手がいるというのは断るには十分すぎる理由だ。
ただ追い払うのでは諦めず何度もやってこようとするかもしれないが、はっきりとその事実を突きつけてしまえばその気力もなくなるかもしれない…………実質僕がアリサと話したのが今日初めてということを考えれば、これで諦めてもらえる可能性もゼロではないだろう。
「えっとアリサちゃんごめんね、そういうことだから君の気持ちには答えられない」
僕としてはマナカどころかノワールさんだけでも手一杯だ。出来ればすんなりとこれで諦めて欲しい。
もしもこれが初恋なのだとしたら本当に申し訳ないとは思うけど、正直僕に関わってもろくなことにならないように思うしそのほうがいい。
「やだ!」
しかし子供というのは感情の生き物であり誰よりも自身の欲求に正直だ。現実がどうであろうが自分が嫌なものは嫌なんだとアリサは顔を激しく横に振る。
「やだって言われても…………僕にはどうもしてあげられないよ」
しかし僕はそのわがままに付き合うわけにはいかない。ただ優しく諭すだけだ。
「うー、嘘だもん! お姉さんもお兄ちゃんもお母さんたちみたいな感じじゃないもん! 大事なだけで恋人同士なんかじゃ絶対ないもん! アリサは騙されないんだから!」
子供だからなのか実に鋭い。泣きながらも的確に僕とノワールさんの関係を突いてくる。
「なら、私たちの関係を目の前で見せてあげれば、いいかしら?」
そんなアリサを挑発するようにノワールさんは薄く微笑む。
「あなたのお父さんとお母さんがしているようなことをここで、して見せましょうか?」
「なっ、何するつもりなのよ!」
「ご両親があなたを作ったような行為、かしら?」
「っ!?」
アリサが顔を真っ赤にする。十歳ともなれば何も知らない童女というわけでもない。僕の前世よりもこの世界は成人年齢が低いことを考えるともうそういった事柄を理解していてもおかしくはないだろう。
「そ、そんなことできるはずないもん!」
「そんなことは、ないわよ?」
ノワールさんは首を傾げて見せる。
「もう私とアキ君は体を重ねて、いるしね!」
そのことを示すようにノワールさんは僕の肩に体重を預けて肌を押し付ける。その感触に顔を赤くする僕をアリサはきっ、と見つめた。
「本当なの!」
「ええとまあ…………うん」
それは嘘ではない。夜這いでされたとはいえ僕がノワールさんを拒むことなくそういう関係になったのは事実だ。
「…………っ!?」
直観に優れた子供だからこそ僕の言葉に嘘がないのが伝わったのだろう。今度こそ絶望したようにアリサはショックを受けた表情を浮かべる。
「ごめんね、本当にそういうわけだから」
子供相手にこんな説得をするのはどうなのかと思うけど、とにかく今はアリサに納得してもらって帰ってもらう必要がある…………いやもう本当に、僕のことなんて諦めて忘れてしまったほうがいいんだよ君のために。
「やだもん! 諦めないもん!」
けれどそれでも納得しないのが子供という生き物だ。
「それならアリサだってお兄ちゃんと子供作るもん! それなら負けないもん!」
「いや、だからそういう問題じゃ…………」
「そういう問題だもん!」
感情のまま叫びつつもアリサの声には確信がある。僕とノワールさんの体の関係に動揺しつつも最初に抱いた僕らが恋人同士ではないという印象は揺らいでいないのだ。だから同じ関係にさえなれば対等だと思っている。
「いや僕は君にそういうことしたりはしないからね、絶対に」
ただこれだけは明言しておかなくてはならない。僕にそういう趣味はないのだ。だからどう転んでもノワールさんとアリサが対等になることはない。
「やだもん! するもん!」
「…………」
駄目だ、頑なになってしまって通じない。
「いっそ本当に目の前で見せてあげたら、怖がるかしら?」
「…………冗談でもそういうこと言わないでください」
「冗談じゃ、無いのだけど」
それならより性質が悪いんですが。
「子供相手に一体あなた達なんて会話してるのよ」
不意に呆れるようなマナカの声が聞こえた。
「マ、マナカ?」
「予想の斜め下の光景というか…………最悪でないだけマシだけど」
僕とノワールさん、そして泣きわめくアリサを見てマナカが息を吐く。
「町長さんに頼まれてその子を連れ戻しに来たわ」
「そう、なんだ」
それは納得できる理由だった。孫がいなくなり森にいる可能性を考えても町長さんには打てる手がない。町民の命を預かる彼の立場からすればいくら孫が心配でも森に入ってノワールさんの機嫌を損ねるわけにはいかない…………むしろアリサの命一つでノワールさんに許してもらうことを考えなくてはいけないのが彼の立場だ。
しかし今回に限れば偶さかとはいえマナカという頼れる相手がいる。ノワールさんと交流を持ち森に入ることも許された彼女であれば穏便にアリサを連れ戻せるかもしれない…………縋るしかなかっただろう。
「まあ、色々話したいことはあるけどまずは頼まれごとを果たした方がよさそうね」
「…………うん、できればお願いしたい」
僕にはアリサをこれ以上にどうにもできそうにない。
「ほらアリサ、お爺さんが心配してるから帰るわよ」
「やだもん! 帰らないもん!」
マナカの声には僅かな親しみがあり、アリサの方も彼女を誰とは問わなかった。確かマナカは町では町長さんの家の部屋を借りているという話だったから二人は面識があるのだろう。しかしアリサに譲る様子はない。
「…………生憎と問答無用なのよね」
面倒そうにマナカが頭に手を置くとアリサがぴたりと静止する。彼女の力は固定だ。それで言葉通り問答無用にアリサを固定して黙らせたのだろう。
「それじゃあこの子は持って帰るけど…………問題ないわよね」
マナカが視線を向けたのは僕の隣のノワールさんだった。
「問題はないけれど…………あなたに免じての特例だと町長には伝えておいて、欲しいわね」
「わかったわ」
マナカは頷き、僕に視線を向ける。
「それじゃあまたすぐに会いに来るわね」
そしてそう言い残してマナカはアリサを肩に担いで去っていった。
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