四十八話 もっとも怖いのは未知なる好意
「来ちゃった!」
人間が恐怖を覚えるのには様々なシチュエーションがあるが、僕としては初めて会うはずの相手がさも知り合いであるように笑顔を向けてくることにものすごい恐怖を覚えた…………誰だ、この子は。
朝食を終えた辺りで聞こえたドアのノックにてっきりマナカかノワールさんだと思って無警戒に開けた僕も悪いが、そもそも訪ねてくる知り合いなどその二人以外にいないはずなのだ。
「え、えっと君は?」
やや視線を下げた先にいるのは見たこともないはずの少女だった。歳の頃は十歳前後だろうか? 髪は森を抜けてきたからややぼさぼさになっているが、服装は取り繕ったような跡もなく多少汚れていても良い仕立てのものだとわかる。あの町の子供なのだとしたらそこそこ裕福な家庭の子供なのだろう。
「私はアリサ! 町長のお爺ちゃんの孫です!」
僕の質問に少女は隠すことなく名乗りを上げる。そこに自分の素性まで付け加えるのだから僕にとって自分が初対面であるという自覚はあるのだろう…………それであればなんでここにという疑問がやっぱり浮かぶけど。
「ありがとう、ええと僕は」
「アキお兄ちゃんだよね!」
「うんまあ、そうだけど」
やはり少女、アリサは僕のことを知って訪ねて来たらしい。
「それで君は僕に何か用があって来たの? …………えっと、町長さんかマナカさんからの言伝とか?」
それであれば可能性はなくもない…………いや、あんまりないと思うけど。
マナカなら直接来るだろうし、町長さんの方から僕に接触してくることはノワールさんの手前ないと思うのだ。
「違うよ、ただアリサがお兄ちゃんに会いに来たの!」
「えぇ」
なぜ、としか思えない。僕にとってアリサは完全に初対面だ。町長さんと話をした時もノワールさんを刺激させないためか紹介されなかった。それなのに彼女が単独で僕を訪ねてくる理由が全くわからない。
「あのね、アリサはお兄ちゃんに一目惚れしたの!」
「っ!?」
嫌な単語が少女の口から飛び出して来た。
「お爺ちゃんはね、駄目って言ったんだけどアリサはこっそりお兄ちゃんを見てたの! そしたらなんだか胸の奥が温かくなってね! 顔も熱くなったの! それをお母さんに言ったらアリサはお兄ちゃんのことが好きになったんだって! 一目惚れっていうらしいの!」
「…………」
そっかあ、それは嬉しいなあとは僕は口にできなかった。相手はまだ十歳くらいの子供なのだから適当に喜んで見せてはぐらかすのがベストの対応だとは思う…………だけど問題はアリサが僕に一目惚れしたという点だ。
子供とはいえ前世の女友達やマナカという例を見ている以上は楽観できない。
「僕がここにいることはお爺ちゃんに聞いたの?」
「ううん、お爺ちゃんは教えてくれなそうだったからこっそり調べたの! マナカっていうお姉さんが今一緒に住んでるんだけど、そのお姉さんとお爺ちゃんがお兄ちゃんの話題を出してたからお姉さんの後を付けたの! そうしたら森の方に行ったから森の中にお兄ちゃんがいると思ったの!」
「…………そうなんだ」
普通なら子供のすることと微笑ましく思うところなのだけど、いくら子供相手とはいえマナカが盗み聞きや自分の後をつけることを許すとは思えない…………だとすればアリサは彼女に気づかれることなくそれをやったことになる。
つまり他の転生者が全滅した中で唯一魔王討伐から生還したマナカの目を誤魔化したということになるのだ。
ノワールさんは僕に惹かれるのは能力が高くて面倒な性格をしている異性だと言っていた…………少なくともアリサは能力の高さの点で当て嵌まるかもしれない。
「この森は魔物がいるはずだけどよく大丈夫だったね」
「アリサね! 隠れるのは得意なの!」
つまり盗み聞きや尾行をうまくやったことからも隠形というか気配を隠して行動するのが得意だってことだろうか。それで魔物からも気づかれずにここまで来たと。
「わざわざ僕に会いに来てくれたのは嬉しいけど、危ないことはしちゃだめだよ」
「危なくないよ!」
窘めつつ遠ざけるように誘導したかったのだけどアリサは自信満々だ。実際に危なくないのだろうとは僕も思う。この森に出現する魔物は町の人たちを遠ざける程度の強さの魔物でしかなく、マナカからも気づかれないレベルであればアリサが魔物に気づかれることはないはずだ。
しかし僕としてはこの少女にはこのまま帰宅して、もう二度と此処に来ることがないようにしてもらわないといけない。
アリサが年端もいかない少女であるとはいえ、もしも懸念の通りの状態ならノワールさんやマナカと顔を合わせてどんな化学反応が起こるかわからない…………いや待てよ、と僕は思う。
マナカはともかくとしてノワールさんがアリサの接近に気づかないということがあるだろうか? いくら隠形が得意なのだといってもノワールさんはマナカがこの島に辿り着く前から気づいていたような人なのだ。気づけないはずがないように思える。
「その通り、かしら」
不意にノワールさんの声が聞こえる。声の方に振り向けば、いつの間にかノワールさんが僕の後ろに立っていた…………いや本当にいつの間に? 僕の家に裏口はないし玄関には僕が今立っているというのに。
「こっそり入れさせて、もらったわね」
「…………そうですか」
まあノワールさんのことだからなんかすごい魔術でどうにかしたのだろう。それに関して言えば今更驚くようなことではない。無断侵入に関しても今更ではある。
「それで、どうしてあの子をここまで通したんですか?」
僕は小声でノワールさんに尋ねる。僕の記憶が確かならマナカに対してはグリーンドラゴンをけしかけている。もちろんそれはマナカが対処できる実力を持っていることを見越したうえでの嫌がらせであったのだとは思うのだけれど、僕の手前であってもすんなり通すことを拒むくらいには嫌ではあったのだろう。
そんなノワールさんが子供相手だからと容赦するとは考えづらい…………だって多分長命種であるノワールさんの感覚からすれば彼女以外の人間はみんな子供のようなもので、多少の年齢差なんて誤差だろう。
「子供に何かあったら、アキ君は嫌でしょう?」
「…………それは、まあ」
大人ならいいというわけではないが、犠牲者が子供であればより僕はショックを受けることだろう。
「だから、なのよ」
僕への影響を鑑みて何もしなかったということらしいけど…………どうにも引っかかる。アリサではなく僕優先で彼女を通したのは理解できるのだけど、ノワールさんであればアリサに危害を加えなくともここに近づけないようにもできたはずなのだ。
「あの、ノワールさん」
「あー、怖いお姉さんだ!」
そのことを訪ねようとした僕の言葉をアリサの叫びが遮る…………どうやら僕の背後に立つノワールさんの存在に気づいてしまったらしい。
「なんでここにいるの!」
「ここにいるのが正しいから、かしら?」
町長さんはノワールさんを少しでも不快にさせないよう町民にはそもそも接触しないように厳命しているらしいのだけど、流石に子供相手にまでは徹底できていなかったらしい。ノワールさんは気にしていないようだけど一言目から失礼すぎる。
「こら、人をそんな風に言っちゃだめだよ」
ノワールさんは気にしていないようだけどいろんな意味でよろしくない。町長の子供となれば影響力もあるだろうし、それが他の子どもたちに伝わっていけばそこからどんな事態になっていくか予想できない。
「うー、でも私その人の名前も知らないもん!」
そういう問題じゃなくて僕が言っているのは怖いと枕詞に付けたことなのだけど。
「ノワール、よ」
しかしノワールさんはそれに優しく返す…………名乗るんだ。
「ノワールはお兄ちゃんのなんなの!」
「大事な人、よ」
指付きつけて叫ぶアリサにノワールさんは穏やかに答える。
「ね」
そして僕を見て、その手を優しく繋いできた。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




