四十六話 順調であっても問題が生まれないわけではない
「昨日はうまいこといったようね」
翌日になると結果を確認するためかマナカが朝から訪ねて来たが、僕の表情を見るなり何か聞くこともなくそう口にした。
実際に昨日は成功だったといってもいのだけど、そんな表情だけでわかるくらい僕の顔に出ていたのだろうか?
「確かにうまいこといったとは思うけど…………顔に出てる?」
「とても機嫌良さそうな顔してるわよ」
彼女にお茶を出しながら尋ねてみるとそう返される。しかし自分の提案した作戦がうまくいったのにマナカのほうはとても不機嫌そうな表情になっていた…………難儀だ。
「余計なことはしていないでしょうね」
「手を繋ぐのが終わったらちゃんと指示通り帰ったよ」
マナカからは手を繋いだという行為を印象付けるためにそれ以上のことはしないように言及されていた。
だから夕飯も近い時刻になって自然とお互い手を放して家に帰ろうかとなった時にも僕はそれ以上何もしなかった…………ノワールさんはなんだかもどかしいような表情を浮かべていたけれど。
「ならいいわ、こういうものはあれこれしない方が印象に残るものだから」
「まあ、確かにそうだね」
実際に僕の手にはノワールさんと繋いだ手の感触がずっと残っている…………いや、残っていた。
「それでなんで僕の手を握るの?」
「私の中の抑えきれない嫉妬心を抑えるためよ」
淡々と答えながらマナカは僕の右手を両手でぎゅっと握る。
「ちゃんと後で私にも構ってもらうって言ったでしょ」
「…………確かに言ってたけどね」
まさかノワールさんの感触を上書きするような真似をされるとは思わなかった。同じことを要求するにしても直接的すぎないだろうか…………これが嫉妬というか女同士の対抗心なんだろうかと思うと少し背筋が寒くなる。
「それで、どうだったの?」
「どう、って?」
「ノワールと手を繋いであなたはどう思ったのかを聞いてるのよ」
「…………この状態でそれを聞く?」
違う女性であるマナカに手を握られているのに。
「こういう状態だから我慢して聞けるんでしょうが」
マナカは冷静だ。冷静に自分が嫉妬に狂うであろうことを理解している。以前のように自分は感情を抑え込めていると思い込んで暴走されるよりはいいのだけど、これはこれでどうなんだろうか。
「僕もノワールさんのことは意識したよ…………なんというか印象が変わった」
不安は残るけれど僕は正直な気持ちを答える。手を繋いだのはノワールさんに意識させるためではあったが、僕自身が彼女を意識するためでもあった。
それはノワールさんを篭絡するためには結局僕自身もきちんとノワールさんを好きにならなければならないからで…………その試みはうまくいったわけだ。
「ふうん」
それを詰まらなさそうにマナカは聞く。自分で聞いておいてそんな反応なのかと思わないでもないけれど、あえて我慢しすぎないことで発散させている面もあるのかもしれない。
「それならもっと続けてもいいかもしれないわね」
「いいんだ」
とてもそんな表情をしていないのに。
「効果があるなら下手に変えずに続けるべきでしょ…………それでノワールが焦れてくれるならそれはそれでこちらのペースに乗せられるわ」
淡々と説明するその表情には変化はない。しかし彼女の両手に包まれる僕の右手はまるでマッサージでもされているようににぎにぎとされていた。
「ところで私と手を繋いでいてなにか感じる?」
そして不意打ち気味に尋ねてくる。
「それは正直に?」
「正直に」
なぜ平然とマナカは自分の地雷を踏めという言葉を吐けるのか。しかし彼女がそう求める以上は下手に嘘をつくわけにもいかないだろう…………多分見破られるし、もしも見破られなかったときのほうが後で面倒になる。
「正直に言うなら…………ノワールさんへの罪悪感を覚えてる」
だから僕は正直に話した。多分なんの前提条件もない状態でマナカと手を握り合ったらきっと僕はノワールさんに対してと同じように彼女を意識したことだろう。
しかしいくら何でも昨日今日だ。マナカと手を繋げばどうしたってノワールさんの顔が浮かぶ…………そうなるとなんだか申し訳ないという気持ちしかわいてこない。
「そう、それは悪くないわね」
けれどそんな僕の言葉に対してマナカは肯定的な反応を見せる…………もちろんその表情自体は肯定的には見えないのだけど。
「罪悪感を覚えるということは相手を意識してるってことよ…………恋愛対象と見てない相手なら罪悪感なんて抱かないでしょう?」
「まあ、そうだね」
確かにその通りではある。これが昨日今日ではなく数日前だったとしたら僕はノワールさんに罪悪感を抱くなんてことはなかっただろう。
「だから目的としては大きく前進してるわね…………でも私が提案しておいてなんだけど二人ともちょろすぎるわね。あっさり進展し過ぎでしょ」
「…………」
その通り過ぎて何も言えない。
「つまりそれくらいあなた達の関係性は深かったってことでしょうね。お互いにうまく意識できていなかったから進展してなかっただけで、意識すればすぐに恋愛対象に相手を見れるくらいの関係性は築けてたのよ」
「…………まあ、十年の付き合いだしね」
十年の間僕は特にノワールさんと関係を壊すことなく生活していたのだ。僕の前世のトラウマとノワールさんの長命種特有の慎重さもあってか恋愛感情にこれまで発展することはなかったけど、お互いのことならもうよく知っている……………いや正直に言えばノワールさんはまだ底知れないところがあるけれど。
「羨ましい話ね」
「羨ましい?」
「その付き合いの長さにはどうやっても私は追いつけないわけだもの」
普通に考えれば追いつくことなどできない…………例えばノワールさんがいなくなったりしない限り。いや、こんなことを考えるべきではないんだろうけど浮かんでしまう。もちろんマナカに勝ち目はないだろうけれど、可能性を見つけたらやるのじゃないかという不安が浮かんでしまう。
「…………なんで指を絡めるのさ」
「その方が私は嬉しいから」
そんなことを考えている僕をよそにマナカは僕の手を握る手を絡ませるような形へと変化させる。それはいわゆる恋人繋ぎという奴でノワールさんともしていない形だ。
「わかってると思うけど、アキは私も満足させなきゃいけないのよ?」
「…………無茶言わないで欲しい」
確かに二人共を満足させるよう昨日マナカには言われたけれど、今日こうしていてノワールさんに罪悪感を覚えたことでよくわかった。僕は一般的な感性をしていて複数の人を同時に好きになってしまうのは多分無理だ。
ノワールさんを好きになり始めている以上、どうしてもマナカにはそういう気持ちを抱けそうにない。
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