四十四話 感情は均等にはならない
「よくわかったわ、私は全く冷静になれていない」
今更ではあるが苦々しい表情でマナカが認めた。
「私はあなたがノワールを好きになることにものすごく嫉妬してる」
握るその拳は力が入り過ぎて白くなっていた。それでも流石に同じ轍は踏まないのか僕の家の家具にあたるような様子はなくて助かる。
マナカは冷静ではないけれど、今はそれを自覚できているからこそ抑えることができているのかもしれない。
「そういう感情を固定しているはずなのに抑えきれていないのは、私が無意識にそれを抑えようとしていないからだと思うわ」
「…………理性が感情に負けているってこと?」
「そうなるわ」
マナカは頷く。彼女の理性はそれを抑えるべきものとして固定の力を行使した。しかし彼女の無意識というか本音の部分がその抑えを緩ませてしまっている。
いくら一度その力で固定したところで、彼女自身の意思であればそれを緩ませてしまえるのは道理だ。固定の力で抑え込んでもなお感情が理性を上回ってしまっているのだろう。
「それはその…………どうすれば?」
マナカがそんな調子では話し合いも進まない…………というか怖い。これではノワールさんを篭絡することがうまくいってもマナカに後ろから刺される恐怖に怯えることになる。前世の二の舞は御免だ。
「どうするも何も、方法は一つしかないわ」
「あるんだ」
それは朗報だった。
「つまり、私も満足すればいいのよ」
「…………それはどういう?」
「私がノワールとあなたの関係に嫉妬してしまうなら解決法は一つでしょう?」
マナカが僕に向けて両手を広げる。
「同じくらい私を構って嫉妬しないくらいに満足させなさい」
「…………」
ん? んんん?
「それはつまり…………ノワールさんと同じ扱いをしろということですか?」
「嫉妬しないためなんだから最低限でも同じくらいは必要よね」
つまりできるならそれ以上か、何かしらの差別化もして欲しいと。
「つまり僕にノワールを好きになる努力と一緒にマナカを好きになる努力もしろと?」
「そういうことになるかしら」
なるかしらじゃないんだけど。それはつまり頑張って本気で二股をしろと言われているようなものだ。もちろん人間は感情の生き物だから二人を同時に好きになってしまうことだってあるだろう…………しかし僕の場合は好きになってしまったのではなく好きならなくてはいけないのだという。
難易度が違いすぎる。
「それともアキは私のことなんか好きになれそうにないかしら」
不意に不安に溢れるような弱い表情を見せるのは卑怯だと思う。普段の生真面目で強気な表情とのギャップもあって追い詰めるようなことを言えるわけがない。
「マナカさんのことは嫌いではないです」
殺されかけはしたが、実際に僕は彼女が嫌いではない。
「口では何とでも言えるわよね」
うーん、面倒くさい。根が生真面目な分、納得できる理由がない限り自分への評価をすんなりと受け取れないタイプなのだろう。
「マナカのその生真面目さというか…………何事にもきっちりとあたりたいという姿勢には好感が持てるよ。それにこんな言い方は気に障るかもしれないけど、多分その生き方にマナカの本質は合ってないんだと思う。だから色々失敗してるんだろうけど、そのギャップが何というか…………可愛らしいと思う」
恐らくだけどマナカは本来感情が強い人間なんだと思う。しかし真面目であるということはほとんどの場合感情を抑える必要があって、しかしそれを抑えきれないから時折大きなポカをやらかしてしまう。
それは彼女からすれば笑い話ではないのだろうけど、僕からすると微笑ましいというか、ただ真面目過ぎて取り付く島もないよりも全然親しみが持てる。
マナカのことを僕が恋愛的な意味で好きになれるかどうかはわからないけれど、そうなっても悪くないかなと思えるくらいに好意は抱いているのは確かだった。
「あなた…………私が言うのもなんだけど、そういうところなんだと思うわよ」
「えっ」
「あんまり誰にでもいい顔しない方がいいわ」
「…………誰にでもってわけじゃないと思うけど」
咎めるような視線に僕は困った表情を浮かべる。僕だって選り好みはある。もちろんそりゃストレートには伝えないだろうけど、マナカが完全に僕の好みから外れていたならやんわりとそれを伝えていただろう。
「だから…………まあ、いいわ。私自身に限って言えば悪い気はしないし」
そんな僕の様子にマナカはさらに咎めようとしたようだけど、諦めたように息を吐いて少し顔を赤らめる。よくわからないけれど納得してくれたようだった。
「じゃあ今度こそ具体的な方針の話し合いに入りましょうか」
「…………え、いいの?」
「ええ、おかげで気分はすっかり落ち着いたわ」
まだ僕がマナカに何か行動したわけではないのだけど、確かに彼女の表情はすっきりとしている様子だった。
「もちろんちゃんと後で私にも構ってもらうけど、優先すべきはノワールとのことだからね。我慢できるうちは自重するわ」
とりあえず今は落ち着いている、ということらしい。それで今は感情よりも生真面目さの方が勝っているから話を進めようということなのだろう…………後で僕は彼女に対してどうすればいいんだろうか。
「それで、あなたとノワールの関係はずいぶんと順番が前後しているような感じだけど…………だからこそ私には攻略法が見えたわ」
「えっ」
話が戻ったかと思えばいきなりマナカは答えを見出してしまったらしい。
「それは、どういう?」
「私が思うにノワールってタイプとしては私に近いと思うのよ…………つまり感情は強いのに理屈が先行しているって感じ? 彼女の場合は私なんかより人生経験も長いし、感情を抑える術をよく心得てるから何事も計画立ててるというか…………自分が必要と思う点だけを抑えている感じがするのよね」
「…………つまり僕を効率よく攻略しているってこと?」
「そういうことね」
ノワールさんからすれば僕の行動や思考なんて手に取るようにわかるものだろう。それであれば僕の感情が大きく揺れるような行動やタイミングだけを狙ってノワールさんは動いているのだとマナカは言いたいらしい…………例えばあの夜這いのように。
確かにあのタイミングは絶妙というか、今思えば僕が拒めないタイミングを狙っていたように思える。
「でもそれって理屈が先行しているせいで見逃してるものというか気づけてないものがあると思うのよね。本人はそうじゃないつもりだろうけどね」
僕と末永い関係を結びたいというのはノワールさんからよく聞く言葉だ。しかしマナカの考えが正しいならノワールさんはそれを効率よく行おうと筋道を立てている…………それだけで矛盾しているように感じる。
末永い関係ってそんな風に結ぶものじゃないだろうと僕には思えるのだ。
「だから案外こういうのが刺さるんじゃないかしら?」
そういってマナカは僕に自分の案を説明していく。
いや何というかそれ、僕の方が恥ずかしいな。
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