四十三話
「それでなんだけどさ、具体的に僕はどうすればいいんだろう?」
本題に入ったはずがまたそれた話をしていたのだけど、ようやくというか僕は本質的な話題を口にできた…………話題を変えたかったとも言う。
ノワールさんを篭絡するために僕が彼女のことを本気で好きになる…………それはいいにしてもじゃあ好きになりましたとできるわけでもない。
相手に好きになって貰う事が簡単ではないように、相手を好きになるのだって簡単な話ではないのだ。
「まずは彼女に対する意識を変えることだと思うわ」
「意識を?」
「つまるところアキはノワールのことを自分の保護者として見てるのよね?」
「…………まあ、そうだね」
最初にこの世界における僕の保護者として紹介されたのもあってずっとその印象だ。ノワールさんの方も僕に対しては保護者として接していたから最近までその印象は覆らなかった…………彼女に告白されてからすらもだ。それはノワールさんの方も僕に負担をかけないようにとそれまで通り接してきたせいもあるだろう。
「つまりその意識を変えないと駄目なの」
基本的に保護者は恋愛対象になりえない。それは保護者に対して被保護者は家族的な愛情を抱くからだろう。家族が恋愛対象ならないのは当然だ。
「でもそれはどうやって?」
僕とノワールさんの関係はこの十年かけて育まれたものだ…………つまり根深く、僕の彼女に対する印象はほとんど固定されてしまっているといっていい。それを変えるのは簡単なことではないだろう。
「手っ取り早いのは家族とはやらないような行為をすることね」
「家族とはやらない行為…………っていうと?」
「…………つまりあれよ、キスとかそれ以上の行為とか」
恥ずかしそうにマナカが口にする…………少し聞き方を考えるべきだったかもしれない。悪いことをしたような気分になる。
存外というか生真面目そうな雰囲気だったことからも、彼女はうぶなのかもしれない。
「キス…………」
そういえばノワールさんとキスはしたっけ? それ以上のことはしてしまったのだけど、その最中にキスしたかどうかは定かじゃない…………あの夜は今思い出しても夢現のような状態で現実味がない。
「なに、もしかしてキスはしてるの?」
無意識に唇に手をやっていた僕を睨むようにマナカが見る…………果たして本当に彼女は感情を固定して抑えることができているのだろうか。
「えと、キスはしてない、かな」
してない、してないはずだ。
「キスはってことは他のことはした心当たりがあるわけね」
どうしてそんなに察しがいいのか。
「答えなさい、これは今後の方針を立てるためにも必要なことよ」
問い詰めるその表情にはまるで尋問されているような憎悪が感じられる。果たしてそれは本当に今後の方針のためなのかと疑問に思えるが…………答えないという選択肢はその圧の前にはない。
「えっとその…………一回だけだけど、体の関係に」
「なっ!?」
仕方なしに僕が答えるとマナカは驚愕の表情を浮かべる。まさか僕とノワールさんが一足飛びに体の関係を結んでいたとは思わなかったのだろう。
「いつっ!」
「えっと…………ほんの数日前、かな」
マナカがやって来るほんの少し前だ。
「なんでそんな関係になってるのよ!」
「それはなんというか…………成り行きで」
僕も正直なんであんなことになったのかよくわかっていない。
「どんな成り行きよ!」
「それはその…………ノワールさんに夜這いされて」
「夜這い!?」
「その、ふと目を覚ましたらノワールさんが僕の上に跨っていて」
「自分から襲ってんじゃないのあのクソ女!」
取り繕いようが無くなったようにマナカが叫ぶ。
「というかなんでそれで関係進展してないのよ!」
「それは、その…………」
言われて見るとその通りなのだけど、一応理由がないでもない。その大きな要因としてノワールさんたち長命種と僕らの貞操観念に対する認識の差があるだろう。そのあたりをかいつまんで僕はマナカに説明する。
「…………彼女の方はそういう理由だとして、あなたの方の認識に変化がないのはなんでなの?」
「それはその…………正直あんまり現実味を感じていないというか」
夢ではなく現実であったのは理解しているのだけど、どうにも実感がわかない。ノワールさんの側に変化がないこともあって、やっぱり実は夢だったのではと思ってしまうことも少なくなかった。
「…………とりあえず、アキは騙されてるわよ」
「騙されて…………えっ、誰に!?」
「ノワールに決まってるでしょうが」
マナカは断言するが僕にはまるで心当たりがない。
「騙すって何を?」
「長命種の貞操観念の話よ」
「え、でも騙すも何も理屈は」
「確かに理屈は合ってるわね」
マナカもそれは認める。
「でもそれって長命種の間だけの話よね?」
「…………えっと?」
「つまりその話が通用するのは長命種だけって話よ。実際に私たちは違うわけだし、ノワールもそのことは理解しているはずでしょ?」
「…………そうなる、かな」
最初に試しに体を重ねてみるかと尋ねられた時に僕は断っている。それをノワールさんがすんなり受け入れたのは、自分と僕の貞操観念に差があることを理解していたからだろう。
「それなのに自分から夜這いをかけておいて気にしないでいいっていうのはおかしいでしょって話。同じ長命種ならともかく、人種の貞操観念を持つアキが気にするなんてことはわかっているはずなんだから」
実際に僕は全く気にせずに済んでいたわけではない。確かにノワールさんに対する印象に変化こそそれほどなかったが、責任を取らなくてはと思いはしたのだ。いくら貞操観念に対する認識の差があるとはいえ、やってしまったからには責任を取らなくてはいけないのだからと。
「つまりあの女は長命種の貞操観念は薄いということを言い訳にあなたを襲って、まんまとあなたにその責任という罪悪感を植え付けて自分を意識させたわけなのよ」
「…………なるほど?」
納得できるような納得できないような。
「あなたねえ、そんなんだとあの女にいいようにされちゃうわよ」
そんな僕の様子を煮え切れないようにマナカが咎める。
「いやでも考えてみたらそんなに気にすることでもないような?」
「どこがよ!」
「いやだって…………つまるところノワールさんは僕に意識させたくてああいうことをしたってことだよね?」
「…………そうなるわね」
迂遠ではあるし代償が大きい気もするけど、そこはそれこそ貞操観念に対する認識の差なのだろうと思う。
「それで僕がノワールさんを意識するならむしろ好都合では?」
なにせ今どうしたら僕がノワールさんを恋愛的な意味で意識できるかの話をしていたのだから…………むしろノワールさんの思惑を明らかにしてしまったのは逆効果になってしまっているように思える。
「…………その通りね」
マナカはそれを認める。
もしかしてこの話し合い、全然進まないのでは?
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